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21話「フェルスの町。シュタイン邸。若き侯爵閣下の挨拶」




「ヴォルフリック様、エアネスト様、見えましたよ!

 あれがシュタイン侯爵領の中心、シュタイン邸のあるフェルスの町です!」


御者席のハンクが叫ぶ。


馬車の窓から外を見ると、遠くに山が見えた。


山々の峰には夏だというのに雪が残っていた。


その手前に石造りの家々が並ぶ小さな町が見える。


高台にある大きな建物が、きっとシュタイン邸だろう。




◇◇◇◇◇



シュタイン侯爵領の中心にあるフェルスの町に着いたのは、王都を出て三日目の昼過ぎのこと。


溝にはまった馬車を、(クラフト)の魔法の補助を受けたハンクが、持ち上げたり。


襲ってきた山賊を兄様が撃退したり。


宿屋で、兄様が部屋中に清潔に保つ魔法をかけまくったり。


馬車の中で兄様とキスしたり……色々なことがあった。


その旅も今日で終わるのかと思うと、名残惜しさがこみ上げてくる。


馬車がゆっくりとフェルスの町の中を進んでいく。


僕は馬車の窓から町の様子を眺めた。


古い建物が多い。


多くの建物のレンガにヒビが入ってる。


雨風にさらされてできたと思われる穴を、木の板で塞いでいる建物もあった。


道に敷き詰められたレンガを直す予算がないのか、街に入ってから馬車がゴトゴトと揺れている。


シュタイン侯爵領については地理の授業で学んだ。


王都を立つ前に、シュタイン侯爵領について書かれた本を読んだ。


僕はシュタイン侯爵領について、それなりに知った気になっていた。


けれど馬車の窓から見える町は、本の挿絵よりはるかに貧しかった。


王都の民は、街の景観や、建物のデザイン性や、流行の服に絶えず気を配っていた。


だけどフェルスの町の人たちは、今日住む家と食べるものがあれば良い。


着る服があるだけまし……という感じに見受けられる。


建物や洋服のデザインや、料理の質にこだわるほど、この町の人たちには余裕がないのだ。


シュタイン侯爵領は冬の期間が長い。


夏でも涼しく、九月になると肌寒い。


十一月には黒く厚い雲に覆われそれは三月まで続く。


乾燥した地域なので、寒くても雪はそれほど降らない。


三月には冬が終わるが、本格的に暖かくなるのは五月を過ぎてからだ。


畑で農作物を作れる期間は五月から十一月までの間。


石灰岩を含む痩せた土地が多いので、作物の収入はあまりあてにできない。


特産品もなく、観光客を呼べる名所や遺跡もない。


加えて今年は作物の育つ時期に日照りが続いた。


なので秋の収穫は思わしくないだろう。


シュタイン侯爵領の気候と風土を生かし、特産品を作りたい。


だけど……今のところ全くアイデアが思い浮かばない。


それでも僕は諦めない!


僕は国王よりシュタイン侯爵領の領主を任された。


これからシュタイン侯爵領の事をよく知り、民の生活に寄り添い、民の生活を向上させるために力を尽くそう!


僕がそう意気込んだとき……兄様の手が僕の手に触れた。


彼は僕の手をそっと包み込んだ。


「ヴォルフリック兄様?」


彼が僕の拳を優しく開く。


僕はいつの間にか拳を強く握り締めていたようだ。


「エアネスト、あまり力をいれるな。

 何事も少しずつだ。

 少しずつしか前には進まない」


兄様は僕の考えていることが全てわかっているみたい。


「そなたの傍には私がいる。

 だから気負いすぎるな」


「はい、兄様」


僕は彼の手をそっと握った。


ゆっくりとシュタイン侯爵領の事を知っていこう。


民の暮らしが豊かになるように、少しずつ努力していこう。


だけどこのあと、そんな悠長な事を言っていられない出来事が起こる。


そのことを僕も兄様もまだ知らない。



◇◇◇◇◇◇




フェルスの町を通り過ぎ、僕達を乗せた馬車は高台の屋敷を目指していく。


屋敷の門をくぐると、馬車はゆっくりとしたスピードでシュタイン邸の庭を進んでいった。


庭の奥に三階建ての建物が見える。


白い壁に青い屋根の美しい建物、あれがシュタイン邸だろう。


国王の住むお城に比べると小さく感じる。


それでもシュタイン邸はフェルスの町の中では飛び抜けて大きいし、一番豪華な建物だろう。


今日からここが僕と兄様の家になるんだ。


ハンクが屋敷の前に馬車を停め、扉を開けた。


「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、長旅お疲れ様でした。

 シュイン邸に到着しました」


「ここまでありがとう、ハンク」


僕はハンクにお礼を伝えた。


「どうやら新しい侯爵閣下の出迎えに、使用人が屋敷から出てきたようですね」


王都を出る前にアデリーノが先触れを出してくれた。


今日当たり僕らが着くことは、彼らも予想していたのだろう。


ハンクに言われ窓から外を見る。ポーチに続々と人が集まっていた。


左側にメイド、右側に執事が一列に並んだ。


彼らは僕とヴォルフリック兄様の出迎えに集まったんだよね。


なんて挨拶しよう?


その人の印象は最初の五秒で決まるって言うし、最初が肝心だよね。


色々と考えてたら緊張してきた。


僕はキャビンの中で何度か深呼吸した。


「エアネスト、心の準備は出来たか」


兄様が先に馬車を降りていた。


彼は僕が緊張しているのに気づいたようだ。


「はい」


僕は心を落ち着かせ、兄様が差し出してくれた手を掴んだ。


第一印象が大事だ。


失敗しないように、威厳があり、かつ優しそうな印象も与えて……。


そんなことを考えていたら、馬車から降りるとき、足がもつれて転んでしまった。


重力に従って落ちる僕を、兄様がしっかりと受け止めてくれた。


辺りを静寂が包む。


足がもつれて転ぶとか、かっこ悪すぎる……!


し、使用人が見ている前で……い、いきなり失敗してしまった!


あわわ……どうしよう?! どじな主だって思われたよね?


これからみんなの前で自己紹介しなくちゃいけないのに……どんな顔して話せばいいんだ……!?


僕の顔に熱が集まる。


今の僕はきっと耳まで赤い。


「エアネスト、落ち着いて私の声を聞くんだ。

 まだ大丈夫だ。

 挽回できる。

 そなたの傍には私がついている」


兄様が僕の耳元でそう囁く。


そうだ僕は一人じゃない。


兄様がついていて下さる。


それにハンクもいる。


「はい、兄様。

 僕はもう大丈夫です」


僕は深く息を吐き、使用人達がいる方向を向いた。


執事達の視線を感じたので、そちらに向かってにこりと微笑みかける。


こういう時は笑顔が大事だよね。


僕と目が合うと、執事達の頬が赤く色付いた。


新しい主が来たから、彼らも緊張しているのだろう。


兄様が執事達を睨みつけると、彼らは顔を青ざめさせさっと視線を逸らした。


顔を赤くしたり青くしたり、忙しい人達だな。


気が付くとメイド達の視線が兄様に集中していた。


彼女達は兄様を見て頬を染め、目をハートにしている。


兄様は背が高く、細マッチョで、顔立ちもギリシャ彫刻のように整っている。


彼の長く美しい髪は神秘的な銀色、涼やかな瞳は貴重な紫。


メイド達が兄様に夢中になるのもわかる。


わかるんだけど……兄様に好意を寄せる女の子がいるのは……何故か嫌だった。


僕は兄様が女性に人気があることに僕は嫉妬しているのかな?


だとしたら僕ってめちゃくちゃ心が狭くないかな?


いけない。


今はそんなことを考えている場合ではない。


使用人たちは僕達の為に集まってくれたんだ。


彼らにも仕事があるし、いつまでもここに止めてはおけない。


速やかに挨拶を済ませよう。


僕は使用人達の前まで歩を進めた。


「僕の名はエアネスト・エーデル……」


エーデルシュタインと言いそうになり慌てて口をつむぐ。


僕はもう宝石(エーデルシュタイン)ではない。


ただの石ころ(シュタイン)なんだ。


「エアネスト・シュタインだ。

 この度、シュタイン侯爵領の領主に任命された。

 まだ年若い僕がこの地を治めることに不安もあるだろう。

 至らないところもあると思うが、シュタイン侯爵領をより良くするために力を尽くすつもりだ。

 この地の事は、ここに住まう君たちの方が詳しいだろう。

 どうか未熟な僕に知恵と力を貸してほしい」


緊張したけど、なんとか噛まずに最後まで歩を言うことができた。


今の挨拶、新任の侯爵っぽかったよね?


「「「もちろんです、閣下。我々使用人一同、真心を込めて閣下にお仕え致します」」」


使用人達はそう言って、深く頭を下げた。


なんかこういうのこそばゆいな。


前世は普通の日本人だった僕は、人に頭を下げられるのには慣れていないのだ。


「上出来だ」


兄様が僕の頭を優しく撫でてくださった。


よかった。


今の挨拶は、兄様が聞いても変じゃなかったみたい。


「私は第三王子、ヴォルフリック・エーデルシュタインだ。

 エアネストと共にこの地に滞在することとなった。

 彼に用がある場合は、まず私を通すように。

 エアネストに害をなす者には、私が容赦しない。

 皆、そのことを肝に銘じておくように」


兄様が堂々とした態度で口上をのべた。


さすが兄様! 僕と違って威厳がある。


でも、ちょっと物騒な言葉が混じってなかった?


そんなことを言ったら使用人が萎縮しちゃうよ?


「「「かしこまりました。ヴォルフリック殿下!!」」」


使用人が兄様に向かってうやうやしく頭を下げた。


僕達の挨拶が終わると、男性使用人の一人が僕らの前に進み出た。


「お初にお目にかかります。

 わたくしの名はカール・ハーマン。

 シュタイン邸の家令を務めております。

 本日より、ヴォルフリック殿下とエアネスト閣下を主としてお仕えいたします。

 よろしくお願い申し上げます」


カールと名乗ったのは、長身で痩せ形の男だった。


彼は亜麻色の髪に、濃い茶色の目をしていて、黒縁の丸いメガネをかけていた。


年の頃は三十代後半から、四十代前半といったところだろうか?


落ち着いた雰囲気で、いかにも仕事ができそうな人だった。


「わたくしのことはカールとお呼びください。

 ご不明な点やご要望がございましたら、なんなりとお申し付けください」


「初めまして、カール。

 これから共にシュタイン侯爵領の発展の為に力を尽くしていこう」


これからシュタイン侯爵領のことを知っていきたい。


彼は領地のことに詳しそうだし、色々と教えて貰おう。


「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、長旅でお疲れでございましょう。お部屋にご案内いたします」


「ありがとうカール。

 アデリーノからの手紙で知っていると思うけど、僕と兄様は同室にしてね。

 兄様と共寝(ともね)をする約束なんだ」


僕が発言した瞬間、使用人からざわめきが起こった。


僕なにか変なこと言ったかな?


あれ? 兄様と約束したのは共寝(ともね)じゃなくて、添い寝だったかな?


どっちも同じ意味だから、問題ないよね。


もしかして兄弟とはいえ、王族や貴族が一つの部屋を二人で使うのは珍しいのかな?


彼らは王族や貴族は一人一室使うのが普通だと思っているのだろう。


僕が兄様と同室を望む理由は二つ。


一つは節約のため。


二人で一つの部屋を使えば、ランプ代とか節約出来ると思うんだ。


シュタイン侯爵領は貧しいから、小さなところから節約していかないとね。


二つ目は身の安全を守るため。


兄様はとっても心配性なんだよね。


僕が賊に襲われるのはもちろん、ノミやダニに襲われることも許さない。


だから僕と兄様が一緒の部屋なら、兄様も安心できると思うんだ。


「兄様、使用人がざわめいているのですが、僕何か変なことを言ったでしょうか?」


僕、また何かやっちゃったのかな?


「いや、そなたは何もおかしなことは言っていない」


兄様が僕の腰に手を回し、僕の頭にキスをした。


その光景を見ていたメイドたちがキャーと黄色い悲鳴をあげ、執事達がひどく落胆した顔でため息をついた。


「私とエアネストはそういう関係だ。

 わかったらエアネストに邪な考えなど抱くな」


兄様はそう言って執事達を睨みつけた。兄様は執事に対して当たりが強い。


「エアネスト、疲れただろう?

 私が部屋まで運ぶ」


兄様が僕をお姫様だっこした。


それを見ていたメイドから、黄色い悲鳴が上がる。


執事の一人が「ひと目惚れした瞬間に失恋した!」と言って泣いていた。


この屋敷の使用人は賑やかだな。


彼らは仲の良い兄弟がそんなに珍しいのかな?



それとも王族や貴族は、兄弟仲が悪いと思っているのかな?


確かに僕もワルフリート兄様や、ティオ兄様とは、仲良くない。


だから彼らがそういう認識を持つのもわかる。


でも僕とヴォルフリック兄様のように、仲の良い兄弟もいるんだよ。


だけど人前でお姫様抱っこされるのは恥ずかしい。


「兄様……! 僕、自分で歩けますから……!」


僕は足をバタバタさせたが、兄様は離してくれそうにない。


「そなたは遠慮せずに、私に甘えればいい」


兄様が優しい笑顔で僕に囁く。


彼の笑顔を見たメイド達から、また黄色い悲鳴が上がった。


兄様の女性人気はとどまるところを知らない。


僕は抵抗するのを諦めて、兄様の肩に腕を回した。




読んで下さりありがとうございます。

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