20話「山賊の襲来」
二日目、王都から離れたこともあり、一日目より大分道が悪くなった。
馬車のガタガタという振動から守るように、兄様が僕の腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめてくれた。
兄様からシトラスミントの爽やかな香りがする。
僕の匂いはどんなだろう?
以前兄様は、僕はフローラルな香りがするっていってた。
今日も僕の体から、そんな香りがしてたらいいなぁ。
昨日はお風呂に入らずに、兄様に体を清潔に保つ魔法をかけてもらって休んだ。
お風呂とかトイレは、刺客に狙われやすくて危ないんだって。
兄様にお風呂はシュタイン侯爵領に着くまで、我慢しなさいって言われちゃった。
侯爵領の屋敷に着いたら、ゆっくり湯船に浸かって、旅の疲れを癒やしたいな。
兄様は潔癖症らしく、ベッドや部屋の家具や、提供された食器に清潔に保つ魔法をかけていた。
「エアネストの高貴な血を、ダニやノミが吸うなど我慢ならない!」
と言っていたので、兄様は虫が苦手なのかもしれない。
馬車がガタガタと揺れるから、昨日のようにキスはできない。
不意に兄様と目が合った。兄様は僕の唇に指で触れ、同じ指を自身の唇に当てた。
「今日は馬車の揺れが酷いからこれで我慢」
兄様のそんな仕草も妖艶で……思わず見惚れてしまう。
……その時、馬車がぐらりと大きく揺れた。
そして馬車は大きく傾いたまま停車した。
外で何かあったのかな?
「ヴォルフリック様、エアネスト様、大変です!」
ハンクがいつになく落ち着きのない声で叫んだ。
「何事だ?」
ヴォルフリック兄様がハンクに尋ねる。
「山賊です! 二十人はいます!
やつら道に穴を掘り、馬車を動けなくする罠を張っておりました!!」
ハンクの話を聞き、ヴォルフリック兄様がバスタードソードを手にした。
僕も傍にあったロングソードを手に取った。
山賊の襲撃!?
アデリーノはなるべく地味な馬車を用意したと言っていたけど、それでもやはり地方では目立つようだ。
僕の足元には貴重品の入った鞄がある。
山賊にお金を全部あげれば助かるかな?
いやそれは駄目だ!
エアネストはクリスマスや誕生日に家族や親戚からもらった宝石や金貨などを、宝石箱に入れて保管していた。
彼は第三王子で、欲しいものは国王や王妃が買ってくれた。
だから彼はお金の使い道がなかったのだ。
僕はそれらの宝石や金貨を、鞄に詰めてお城から持ち出した。
このお金はシュタイン侯爵領の復興の為、増税に苦しむ民の為に遣うと決めている。
そんな大事なお金を、山賊に渡すわけにはいかない。
なら選択肢は一つ。
山賊と戦うしかない。
だけど、ヴォルフリック兄様とハンクを危険な目に合わせるわけにはいかない。
「ヴォルフリック兄様、僕が囮になります!
兄様はハンクと共にこの貴重品の入った鞄を持って逃げて下さい!」
僕は兄様とハンクを侯爵領行きに巻き込んでしまった。
彼らのことは僕が守らなければならない。
光魔法が使えない今の僕でも、囮くらいなれるはずだ。
「馬鹿を言うな!
そなたは馬車の中にいろ!
私が山賊を片付ける!」
「兄様、一人では危険です!
僕も一緒に戦います!」
僕も一応王族として剣術の稽古は受けている。
兄様のようにバスタードソードは扱えないけど、アデリーノからもらったロングソードがある。
「エアネスト、そなたがいたのでは足手まといだ。
だからそなたは馬車の中にいろ」
兄様にはっきりと足手まといだと言われてしまった。
確かに多数の山賊相手に、実践経験のない僕は頼りにならないかもしれない。
光魔法が使えない僕は兄様を守るどころか、一緒に戦うことすらできない……。
僕は……足手まといでしかないのか。
「すまない、エアネスト。
そなたを危険な目に合わせなくないのだ。
そなたのことを守らせてくれ」
へしょげている僕の頭を、兄様がやさしい手付きで撫でてくれた。
「分かりました、僕は馬車の中にいます。
助けが必要になったらいつでも呼んで下さい」
僕は兄様に言われた通り馬車の中で待つことにした。
「エアネスト、私が外に出たら百数えろ。
それまでに終わらせる。
そなたは百数え終える間、目を閉じ、耳を塞いでいろ。
私が扉を開けるまで、外に出てきてはならぬぞ。
約束できるな?」
「はい、兄様」
「良い子だ」
「兄様のご武運をお祈りしております」
兄様は馬車から飛び出していった。
◇◇◇◇◇◇◇
僕は兄様に言われた通り、目を閉じ、両手で耳を塞ぎ、ゆっくりと数を数えた。
「一、二、三、四……」
ヴォルフリック兄様、どうかご無事でいて下さ。
「十一、十二、十三……」
ゲームのヴォルフリックは、闇魔法とバスタードソードの使い手だった。
魔王城で彼に全滅させられたプレイヤーは数しれず。
「二十五、二十六、二十七……」
今の兄様は僕が光の魔力を譲渡したことにより、銀色の髪と紫の眼に戻ったから、もう闇魔法を使えない。
だけど、兄様が剣の名手であることに違いはない。
きっと盗賊なんて、あっという間にやっつけてくれるはずだ。
それでもやっぱり……不安はある。
「五十一、五十二、五十三……」
今の兄様は闇魔法を失った代わりに、水魔法が使える。
もしかしたら風魔法も使えるかもしれない。
攻略本にヴォルフリックは闇属性になる前は、水魔法と風魔法が使えたと書かれていた気がする。
「七十六、七十七、七十八……」
大丈夫だと思うけれど……不安でたまらない。
兄様、どうかご無事でいてください!
「九十八、九十九、百……!」
百まで数え終えた僕は、そっと目を開けた。
耳を覆っていた手を離し、車外の様子に耳をそばだてる。
だが馬車の外からは何も聞こえない。
剣と剣がぶつかり合う音も、盗賊の怒号、呪文を詠唱する声も何も聞こえない。
どうやら戦いは終わったようだ。
兄様はご無事でしょうか?
「ヴォルフリック兄様……?
ハンク……?」
二人共どうか無事でいて……!
その時馬車の扉が外から開いた。
僕はロングソードを握りしめ、ドアを開けた人物を見据える。
ドアを開けたのは御者のハンクだった。
ハンクの人の良さそうな顔が見えて、僕はホッと息を吐いた。
「ハンク無事でよかった!
ヴォルフリック兄様はどこ?」
ハンクはしわの多い顔を、さらにくしゃくしゃにしてにこりと笑う。
「ご安心ください、エアネスト様!
ヴォルフリック様はご無事ですよ!
いや〜〜、ヴォルフリック様はお強いのなんの!
あっという間に山賊を蹴散らしてしまいました!!」
ハンクが興奮した様子で話す。
僕はハンクの話を聞き、馬車から飛び出した。
ハンクから兄様は無事だと聞かされても、自分の目で確認するまでは安心出来なかったからだ。
馬車から降りると山賊達が倒れているのが見えた。
木々がなぎ倒され、山賊たちが草の上に転がっている。
状況から想像するに、彼らは風魔法で一掃されたようだ。
兄様はやはり水魔法の他に風魔法も使えたようだ。
街道に一人だけ立っている人物が見えた。
銀色の長髪を靡かせたその人は、剣を鞘に収めたところだった。
「ヴォルフリック兄様!」
僕はそう叫び、彼の元に走った。
「兄様!
無事で良かった!」
僕は兄様の胸に飛び込んだ。
「エアネスト……!?
私が戻るまで馬車から降りるなと言っただろ?」
「ごめんなさい!
でも兄様が心配だったのです!」
しゅんとうなだれる僕の頭を兄様が優しく撫でてくれた。
「案ずることはない。
これぐらいの人数なら私ひとりで対処できる」
兄様がそう言って微笑む。
彼の穏やかな表情を見て、兄様が無事であることをようやく実感した。
ハンクから聞かされても、実際に彼の姿を目にするまでは不安が拭えなかったのだ。
「ヴォルフリック兄様、お怪我はありませんでしたか?」
「心配いらない」
「良かった……!
兄様が無事で本当によかった……!」
僕の頬を涙が伝う。
「すまない。
そなたを不安にさせてしまった」
彼の指が僕の涙を優しく拭う。
兄様の生存が確認できたのが嬉しくて、僕は彼にしばらく抱き着いていた。
彼は僕が落ち着くまで、僕の頭を優しく撫でてくれた。
◇◇◇◇◇◇
僕と兄様が抱き合ってる間に、ハンクが山賊たちに縄をかけていた。
ハンクはとても機転が利くようだ。
「山賊の手をしっかりと縛り、彼らを馬車につなぎ、馬車の後ろを歩かせましょう。
次の街に着いたら、彼らを自警団に引き渡します」
山賊をここに放置すると、山賊の仲間が助けに来る可能性が高い。
馬車に繋いで街まで連行した方が良さそうだ。
「しばらくは徐行運転することになります」
「やむを得んな」
「王都から離れ、道も悪くなって参りました。
これからどんどん道が悪くなり、山賊が襲ってくる確率も増えるでしょう。
ヴォルフリック殿下も、エアネスト閣下もどうか油断なされませんように」
ハンクの言葉に胸がドキリとした。
ここはもう安全な王都ではない……そんな事はわかっていたはずなのに。
心のどこかに油断があったことを、認識させられた。
これから向かうシュタイン侯爵領は、エーデルシュタイン国で一番貧しい土地だ。
馬車に護衛もつけずに走らせていたら、襲われても文句は言えない。
鴨がねぎを背負って歩いているようなものだ。
これからはますます気を引き締めなくてはいけない。
「案ずるな。
この先何が出てもエアネストに指一本触れさせない」
兄様が優しく微笑み、僕の肩に手を置いた。
「及ばずながら、わしも力になります」
「はい。二人共頼りにしています」
僕には兄様もハンクもいてくれる。
彼らを信じ、旅を続けよう。
◇◇◇◇◇◇
兄様が力の魔法をハンクにかける。
魔法の補助を受けたハンクが馬車を軽々と持ち上げ、車輪を穴から出した。
兄様が水魔法をかけて山賊を叩き起こした。
彼らには次の街まで歩いてもらわないといけない。
兄様は山賊を見張る為に馬車の外を歩くそうだ。
少しの間でも彼と離れるのは寂しい。
でも泣き言は言ってられない。
僕はこれから向かうシュタイン侯爵領の当主なのだから、もっとしっかりしなくては!
「さあ、気を取り直してシュタイン領を目指して出立いたしましょう」
ハンクの掛け声と共に、馬車は再び動き出した。
幸い、馬車を二時間ほど走らせたところに次の街があった。
その間、山賊が仲間を取り返す為に襲って来ることもなかった。
僕たちは無事、自警団に山賊を引き渡すことに成功した。
思わぬところで寄り道をくってしまった。
でも悪者を捕らえることが出来て良かった。




