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2話「第三王子ヴォルフリック。推しの悲劇のイケメン王子を救いたい!」



 



日が当たらない場所に目立たないように作られた建物。


この地下にヴォルフリックはいる。


「何者だ!」


眠り(シュラーフ)


僕は魔法で建物の外にいた牢番を眠らせ、彼の懐から鍵を盗み取った。


鉄製の輪にいくつかの鍵が付いていた。


建物の中に入る鍵と、牢屋の鍵だろう。


「ごめんね、少しの間眠っていて」


ぐーぐーと寝息を立てる牢番にそう言ってから、僕は建物の中に入った。


建物の中は昼間なのに薄暗くて不気味だった。


僕は地下に続く道を探し、階段を降りていく。


慌てていたから裸足で部屋を飛び出してきてしまった。


石で出来た床の冷たさをダイレクトに感じる。


こんなとこで怯んではいられない!


今、彼を救えるのは僕だけなんだから!


しばらく進んだ先に、明かりが見えた。


鉄製の牢屋の中に黒髪の若い男の姿が見えた。


「兄様……! ヴォルフリック兄様ですよね!?」


十畳ほどの部屋の奥に、小さなろうそくがゆらめいていた。


部屋の中にあるのは質素な作りの椅子とテーブルと、簡易のベッドのみ。


ここからは見えないけど、ちゃんとトイレもある。


お風呂はないけど、ヴォルフリックは体を清潔に保つ魔法を使える。


体を清潔に保つ魔法は服や体についた汚れを落としてくれて、髪型をセットして、ヒゲまでそってくれる非常に便利な魔法だ。


ヴォルフリックファンから「ヴォルフリックは地下牢にいる間、歯磨きやお風呂はどうしてたんですか?」という質問を受けて、制作者が「体を清潔に保つ魔法があるので、彼は地下牢でも清潔に過ごしてました」と答えていた。


いかにもファンタジーな設定だけど、ファンとしては、薄汚れたヒーローなど見たくないから仕方ない。


この世界でもヴォルフリックはその魔法を使っていたようだ。


その証拠に地下牢からは悪臭はしない。


悪臭どころか、シトラスミントの爽やかな香りがする。


僕としても推しが清潔な姿でいてくれて嬉しい。


……って、今はそんな場合ではなかった!


一刻も早くヴォルフリックをここから逃さないと!


僕は地下牢の鍵を開けて中に入った。


彼はベッドの縁に力なく腰掛けていた。


「…………っ!」


夜のような漆黒の髪、黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔、均整の取れた体つき……!


どうしよう!


生で見た推しがかっこよすぎる!!


「ヴォルフリック兄様!」


だんだんエアネストの精神と統合してきたので、ヴォルフリックのことを自然に「兄様」と呼んでしまう。


僕が近づくと、ヴォルフリック兄様は鋭い目で僕を見た。


氷のような冷たい目……。


そんな視線を放つ彼もクールで素敵だ!


「誰だ……?」


彼は温度のない声を発した。


どうしよう!


生で聞くと声までかっこいい!!


彼が一言発しただけで全身がゾワゾワしてる!


って、今はミーハーなファン心理とか出してる場合じゃない!


「兄様の弟のエアネストです!

 お忘れですか!?」


推しの弟ってなんて良いポジションなのだろう!?


神様、この世界に転生させてくれてありがとう!!


「知らん」


ヴォルフリック兄様は、冷たい声で短く言い切った。


推しに冷たい事を言われるのは、想像以上にダメージを受ける。


涙がこみ上げてきたけど、僕はこんなことで負けない!


「兄様、ここは危険です!

 僕と一緒に……」


「邪魔だ。

 出ていけ」


ヴォルフリック兄様に鋭い目で睨まれ、冷たい言葉を浴びせられ、僕の心臓が凍りついた。


「兄様……」


ヴォルフリック兄様の立場に立って考えてみよう。


彼は黒髪になってからずっと周囲に傷つけられてきた。


幼い頃は精霊のハーフだと持ち上げられ、髪が黒くなったら実の父親だと思っていた国王に地下牢に幽閉された。


こんな所に何年も放っておかれ、何年も会っていなかった弟に「助けに来た」と言われても、受け入れられないだろう。


「嫌です!

 僕がここを出ていく時は兄様も一緒です!

 ここは危険です!

 僕と一緒に逃げましょう……!」


僕が彼に手を伸ばすと……。


「私に触るな」


彼に手を叩かれてしまった。


「ヴォルフリック兄様……」


どうしよう……?


彼の心がここまで頑なだとは想像していなかった。


そのとき大勢が近づいてくる足音と話し声が聞こえた。 


大変だ!


民衆がすぐそこまで来ている!


一刻も早く兄様をここから連れ出さないと……!


「ヴォルフリック兄様、聞いて下さい!

 もうすぐここに民衆が押し寄せてきます!

 彼らは雨が降らないのを兄様のせいにして、兄様を袋叩きにする気です!

 今なら間に合います!

 僕と一緒にここから……」


「構わん」


「えっ……?」


「もう、どうでもよい。

 民衆が私を袋叩きにすると言うのなら好きにすればいい」


「兄……様」 


どうしよう……。


この人は生きることを諦めている。


こんなに冷たい目をした彼を、僕はどう説得すればいいんだろう……?


だめ……なのか?


僕では彼を助けられないのか……?


ソフィアなら……彼女ならヴォルフリック兄様を助けられたのか?


ヒロインではない僕には何も出来ないのか?


兄様が民衆に袋叩きにされるのを、黙って見ているしかないの?


「ここだ! 地下室への入口があるぞ!」


「闇の色の髪を持つ忌み子を探せ!」


「半年も雨が降らないのはやつの呪いだ!」


民衆の声が地下に響く。


彼らはもうすぐそこまで来ている。


ここは地下だし入口は一つしかない。


今から兄様を連れて逃げるのは無理だ!


いきり立った民衆が、第四王子である僕の静止を聞いてくれるとも思えないし……。


例え民衆が僕の静止を聞いてくれたとしても、ヴォルフリック兄様は僕に心を閉ざしているから、一緒に逃げてくれるとは思えない。


でも……それでも僕はこの人を助けたい!


推しだからってのもあるけど、エアネストにとっては血がつながってなくても、五歳まで一緒に暮らした家族だ!


見捨てられない!


目の前にいるこの人を闇落ちさせたくない! 


例えそれが……僕のわがままでも!


もしかしたらあの方法なら彼を救えるかも知れない。


僕は彼の前に立ち、彼の目を真っ直ぐに見据えた。


「それでも僕はヴォルフリック兄様を助けたいです……!」


ヒロインじゃないからうまくいかないかもしれない……。


失敗したら二人共袋叩きにされるかもしれない。


だけどそれでも僕は、何もせずにはいられなかった。


僕はヴォルフリック兄様の首に自身の手を回し、彼の唇に自分の唇を押し当てた。


僕もヒロインのソフィアと同じ王家の血を引き、彼女と同じプラチナブロンドの髪と濃い青の瞳を持ち、強い光属性の魔力を持っている。


僕の光属性の魔力を、全部ヴォルフリック兄様に与えることが出来れば、もしかしたら兄様を闇属性の呪縛から解放出来るかもしれない!


唇を通して、僕の魔力がヴォルフリック兄様に流れていくのが分かる。


兄様、お願いです。


僕のキスを拒否しないでください。


僕は彼に唇に自分の唇を強く押し付け、自分の魔力がなくなるまで、彼に光属性の魔力を送り続けた。


僕の体から魔力が抜けていく……だんだん力が入らなくなってきた……。


やがて僕の魔力が底をついたとき、くらりと視界が揺れ、僕は兄様の体から手を離していた。


民衆の足音がすぐそこまで近づいている。


兄様……。


ヴォルフリック兄様の髪と瞳の色は……どうなった?


ゲームでソフィアがしたように、ちゃんと銀色の髪と紫の瞳に戻せたかな?


駄目だ……視界がボヤけて何も見えない。


僕はそこで意識を手放した。





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