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19話「シュタイン侯爵領への旅立ち。兄様とのキスはレモン味」



――エアネスト視点――




国王との謁見から二日後の早朝。


僕とヴォルフリック兄様はいくつかの荷物を持って城を出た。


庭の馬車乗り場まで見送りに来たのは執筆のアデリーノのみ。


実は僕の部屋付きのメイドのエリザが、僕がシュタイン侯爵領に行くことを知り、見送りしたいと言ってくれたんだけど。


王妃に疎まれている僕の見送りをして、彼女の出世に響くと困るので、僕が見送りを断ったのだ。


執事のアデリーノは、僕と兄様がシュタイン侯爵領に行くと知り、とても悲しんでくれた。


彼は僕達の荷造りを手伝ってくれた。


アデリーノは優秀で、あっという間に荷造りを終えた。


彼は他にも馬車や御者の手配をしてくれた。


本当に優秀な執事だと思う。


彼がいなければ、僕は今日城を立つことができなかった。


彼には感謝してもしきれない。


アデリーノが用意してくれた馬車は、二頭立ての簡素な作りだった


僕が王子時代に乗っていた四頭立ての馬車に比べると質素というだけで、この馬車も十分立派だ。


「盗賊などに目をつけられないように華美な装飾の少ない馬車を選びました。

 見かけよりも頑丈に作られているので、長旅でも快適に過ごせるはずです。

 馬も足の速さよりも、持久力のあるものを選びました」


アデリーノが説明してくれた。


彼は色々と考えてこの馬車を選んでくれたみたいだ。


とても頼りになる。


「御者をご紹介いたします。

 彼の名はハンク。

 わたくしの古くからの知り合いでございます。

 多少年を重ねておりますが、その腕前は確かです。

 ハンクは王国内の地理にも精通しております。

 彼ならば、シュタイン侯爵領までの旅を任せても安心でしょう」


「ハンクと申します。

 御者に任命していただき光栄です。

 お二人をシュタイン侯爵領まで安全にお連れいたします」


ハンクと呼ばれた初老の男は、帽子を取って丁寧に挨拶をした。


「多少歳を取りましたが、その分経験と知識は誰よりもあるつもりです。体力だってまだまだ若いもんには負けません」


そう言って彼はにっこりと笑った。


人の良さそうなおじいちゃんだ。


彼はアデリーノのお墨付きだし、信頼できるよね。


アデリーノとハンクが荷物を馬車の屋根に乗せ、紐で固定した。


「こちらには貴重品が入っております。ですから屋根の上ではなく、客席にお置きいたしますね」


「うん、お願い」


アデリーノは貴重品の入った荷物を客席に乗せた。


「こちらは、エアネスト様のためにご用意いたしました剣でございます。

 道中において必要にかられましたらお使いください」


「わぁ、ありがとう」


僕はアデリーノから剣を受け取った。


彼が僕にくれたのは、(つば)の部分に綺麗な装飾が施されたロングソードだった。


エアネストはゲームの攻略対象で、ヒロインの選択肢によっては魔王退治の旅に出ることもある。


だから僕も剣術は幼少の頃から習っている。


エアネストはどちらかと言えば魔法攻撃が得意だから、剣術は他キャラと比べると今ひとつなんだけどね。


攻略対象の中で剣術が一番得意なのはヴォルフリック。


彼は剣も魔法もどっちも使えて、加入時のレベルも高い万能キャラだ。

 

僕は魔力を失ったから魔法を使えない。だから頼りになるのは剣の腕だけ。


これからは自分の身は自分で守らないといけない。剣術が苦手だなんて言ってられない。


シュタイン侯爵領に着いたら、ヴォルフリック兄様に剣術を習おう。


「こちらはキャンディです。

 馬車の中でお召し上がりくださいませ」


「ありがとう、嬉しいよ」


アデリーノからリボンのついた小さな袋を手渡された。


中身はキャンディなんだ。今から食べるのが楽しみだな。


彼は本当に気が利くな。城に残していくのがもったいないくらいだ。


「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、どうぞご無事で。また、お目にかかる機会があることを願っております」


「アデリーノは一緒に来ないの?」


僕はダメ元で尋ねてみた。


「エアネスト、わがままを言ってはいけない。

 アデリーノにも城での仕事があるんだ」

 

「そうなんですね」


彼がいたら侯爵領でも快適に過ごせそうなんだけどな。


お仕事があるんじゃ仕方ないよね。


「わたくしもヴォルフリック殿下にお供いたしたく存じました。しかし、それは殿下のご意思に反したようで、その願いは叶いませんでした」


「そう言うなアデリーノ。

 城の中に目と耳があった方が良いと思い、そなたを留めただけだ」


そっか彼がお城に残れば、国王や王妃やワルフリートやティオの動きを報告してもらえるもんね。


「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、どうかシュタイン領でもお元気でお過ごしください」


「うん、アデリーノもね元気で。

 見送りに来てくれてありがとう」


「バスタードソードを大事に使う。

 そなたも達者でな」


そういえば昨日、兄様が部屋に帰ってきた時、剣を一振り手にしていた。


それはゲームでヴォルフリックが使っていた剣とよく似たデザインだった。


兄様はどこで剣を手に入れたんだろうと思ってたけど、アデリーノからもらったものだったんだね。


「ご武運をお祈り申し上げます」


アデリーノに見送られ、僕と兄様は馬車に乗り込んだ。


馬車に乗る時、兄様がエスコートしてくれた。


人前で兄様にエスコートされるのは、少し照れくさい。


でも、それ以上に嬉しかった。


「出立します!」


ハンクがそう掛け声を上げると、馬車が動き出した。


僕は馬車の窓から城を振り返った。


アデリーノがいつまでもこちらに向かって頭を下げていた。


僕は馬車の窓を開け、アデリーノに向かって手を振った。


これから旅が始まる。


シュタイン侯爵領ではどのような出来事が待ち受けているのだろう?


僕は期待と不安に胸を膨らませていた。




◇◇◇◇◇◇



王都から離れ、お城が豆粒みたいに小さくなった。


記憶を取り戻してから城で過ごした時間は数日。


なのであまり、悲しいとか、寂しいという気持ちは込み上げてこなかった。


僕は別れ際にアデリーノからもらった袋を開ける。


中には色とりどりのキャンディが入っていた。


僕は黄色い飴を一つ取り出し自分の口に入れた。


甘酸っぱい味が口の中に広がる。


僕が口に入れたのはレモン味のキャンディだったみたい。


「そうだ。

 僕、シュタイン侯爵領の地図を持ってきたんです。

 今のうちに、予習しておきますね」


アデリーノが速やかに荷造りを終えてくれたから、出立まで時間が余ったんだよね。


「シュタイン侯爵領のことを調べたいから図書室に行ってくるね」僕がそう言ったら……。


「待て! 今のエアネスト閣下が城内を一人で歩くのは危険だ!」兄様がそう言って、僕の部屋に侯爵領に関する資料を持ってきてくれたんだよね。


この地図もその一つ。


僕は地図を膝の上に広げた。


シュタイン侯爵領は王都の北に位置している。


侯爵領は領土は広いのだが、ほとんどの土地が荒野で、特産品もない。


冬の時期は領民が薪にもことかくほどの貧しい土地だ。


どこかの時代劇の主人公みたいに、諸国を漫遊しながら、特産品作りに貢献するみたいなことをしたいな。


特産品がないのも気がかりだけど、一番の問題は北の荒野だ。


シュタイン侯爵領の領地の殆どは、死の荒野(トート・ハイデ)と呼ばれる、寒くて乾燥した大地だ。


死の荒野(トート・ハイデ)には強いモンスターがたくさん住み着いている。


あそこには厄介なデバフをかけてくるモンスターしかいないから、冒険者も寄り付かないんだよね。


僕もゲームをプレイしてたとき、殆ど行かなかったし。


死の荒野(トート・ハイデ)に好んで行くのは、討伐モンスターをコンプリートしたい、やりこみ勢くらいだ。


侯爵領は貧しいから冒険者を雇うお金もないだろうし。


この問題もなんとかしないとな。


特産品もなく貧しい土地だけど一つ良いところがある。


領都であるフェルスの町の東に、精霊が棲む森があることだ。  



◇◇◇◇◇◇



僕は昨日一つ思い出したことがある。


それは精霊についての情報だ。


ヴォルフリック兄様の母レーア様の父親、つまり兄様にとって母方の祖父は精霊だった。


そこまでは前世の記憶を思い出した時に、一緒に思い出した。


兄様の祖父の名前や、特性は忘れていた。


彼はシュタイン侯爵領の精霊の森に住む水の精霊だった。


彼の名前はラグ。


兄様が牢屋から出たとき雨を降らせることが出来たのは、水の精霊である彼の血を引いてるからだろう。


ゲームでのヴォルフリックは闇魔法と、水魔法が得意だったのもそのへんが関係してると思う。


ある時、男爵家の一人娘のエリー様が精霊の森を訪れた。


その時二人は恋に落ち、ラグ様はエリー様と結婚する為に精霊の森から出た。


エリー様はレーア様を産むとすぐに亡くなった。


ラグ様はエリー様の死をたいそう悲しみ、精霊の森に帰ってしまった。


なのでレーア様はエリー様の祖父母に育てられた。


ラグ様は精霊の森に帰ってからも、精霊の森からレーア様を見守っていたと言う。


もしかしたら、精霊の森に行けば、ラグ様に会えるかもしれない。


「兄様見て下さい。

 領都フェルスの東に精霊の森があります」


僕は地図上の精霊の森を指差した。


「兄様は精霊とコンタクトを取れるんですよね?

『今から精霊の森にお邪魔します』と連絡できませんか?」


シュタイン侯爵領の領地改革には精霊の協力が不可欠だと思っている。


兄様は謁見の間で『民衆を速やかに開放して下さい。言っておきますが、私はこの地に加護を与える精霊といつでもコンタクトが取れます』と言っていた。


兄様がいつの間にそんな能力を身に着けたのか、僕にはわからない。


でも便利な能力であることは間違いない。


兄様から連絡をもらったら、ラグ様だってきっと喜ぶはず。


「ああ、そのことか。

 あれは国王にこちらの要件を呑ませる為についた、その場限りのハッタリだ」


「ええ……!」


ま、まさかあの発言がハッタリだったなんて!


兄様ってば、国王相手に大胆なことを!


「いいんですか?

 そんなことをして?」


「バレなければ問題ない。

 国王の子飼いの諜報員に知られたり面倒なことになるが、

 連中も馬車の中の会話までは拾えないだろう」


うっかり、この話をお城でしなくてよかった。


僕は安堵の息を漏らした。


「だから、このことは私とエアネスト、二人だけの秘密だ」


兄様が自分の口に人差し指を当てた。


そんな仕草も色っぽくて……僕の胸は、ドクンと音を立ててしまう。


「はい」


二人だけの秘密……なんかドキドキする響きだな。


「ヴォルフリック兄様……これから向かうシュタイン侯爵領はとても貧しく、寒さの厳しい土地です。

 兄様が共に来てくれることは嬉しく思います。

 でも、僕に着いてきて本当に良かったのでしょうか……?

 兄様には城で暮らす道もあったのですよ……?」


お城でも同じ質問をした。だけど何度も確認してしまう。


精霊とコンタクトが取れるのが嘘でも、兄様は精霊の血を引く神子。


お城にいれば出世できただろうし、美女を侍らせてウハウハな生活もできた。


ヴォルフリック兄様が民衆の前で雨を降らせたことで、精霊の神子として国民からの支持を得ている。


国王も兄様が城を出ることを許可したけど、本当はヴォルフリック兄様を手放したくなかったはずだ。


「今ならまだ王都から離れていません……。

 兄様だけでも……」

 

兄様が僕の唇に指を当てた。


「国王は私の髪が黒くなっただけで牢屋に入れた。

 それだけでなく、奴は民衆を誘導し私を殺そうとした。

 そんな男の元で媚を売って働けと?

 ごめんだな」


十三年の間、牢屋に入れられていたヴォルフリック兄様の心の傷は想像以上に深いようだ。


「それに私は永遠にそなたの傍にいると誓った身だ」


兄様の筋肉質の腕が僕の腰に回る。


彼と僕の体が、ピッタリと密着した。


「そなたは私に幸せになれと言った。

 私が幸せを感じるのはそなたの傍にいるときだけだ。

 だからそなたの傍を片時も離れたりしない。

 そなたも私が傍にいることを、許可してくれたはずだ。

 今さらそなたが嫌だと言っても、私は絶対にそなたのことを離さぬ」


兄様は僕の耳元でそう囁いた。


やっぱり兄様の声って艶っぽくて、とても綺麗だ。


耳元で低音のイケボで囁かれ、僕の胸は破裂しそうだった。


「僕もヴォルフリック兄様が傍にいてくれると、嬉しいです。

 それにとても心強いです」


兄様は家族愛に飢えてるだけ。


だから彼の「傍にいたい」は恋愛的な意味ではない。


勘違いしてはいけないのはわかってる。


だけどめっちゃいい声で、耳元で「そなたの傍を片時も離れたりしない」とか、「絶対にそなたのことを離さぬ」とか囁かれると、心臓がドクンドクンと音を立ててしまう。


いつか兄様は僕との家族ごっこに満足して、僕から離れていくだろう……。


その時は兄様の幸せを願って、笑顔で送り出そう。


だけど……そんな日が来ないでほしいって気持ちもあって……。


どうか精霊様、兄様が一日でも長く僕との家族ごっこを楽しんでくれますように。


「エアネスト、王都から離れるほど道が悪くなる」


「はい?」


いきなり道の話?


「道の整備に金がかかる。

 シュタイン侯爵領は貧しい土地だ。

 道の整備にかける金もないだろう」


今は揺れが少なくて快適だけど、この先馬車の揺れが激しくなるのか……乗り物に酔わないように気をつけよう。


「だから……道が整備されていて、馬車の揺れが少ない今のうちに……」


兄様の端正な顔が、僕のすぐ傍まで迫っていた。


「そなたと思う存分、口づけを交わしたい」


「……?」


僕が返事をするより早く、兄様の唇が僕の唇を塞いでいた。


レモン味のキャンディを舐めた後だから、レモンの味がした。



◇◇◇◇◇◇

 



日が西の山に陰った頃、僕達を乗せた馬車が大きな街に着いた。


街道沿いには大きな街か宿駅しかない。


小さな町や村の住人は、町の周りをよそ者がうろつくのを嫌がるので、街道から離れた所に集落が作られる。


その代わり、近隣の町の住民が街道沿いで宿駅を運営し、旅人をもてなしている。


「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下。

 今日はこの町で休み、明日の朝早く出立いたしましょう」


馬車が止まり御者席にいるハンクが、客席に向かって大声で声をかけてきた。


あの音量で話さないと客席に声は届かないらしい。


馬車の振動音とかもあったし、キャビンでの僕と兄様の会話はハンクには聞こえてなかったはず。


兄様との会話をハンクに聞かれていたら恥ずかしすぎるから、彼に客席での会話が聞こえてなかったことを願う。


「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下?」


客席から返事がないので、ハンクがもう一度尋ねてきた。


僕は返事を出来ずにいた。


ハンクの問いに返事ができないのには理由がある。


兄様に座席シートの上に押し倒されて、彼と口づけを交わしていたからだ。


世間的には僕と兄様は腹違いの兄弟ということになっている。


その兄弟で口づけしてるなんて、おかしいと思われてしまう。


兄様が僕の魔力を奪った罪悪感から僕にキスしてるなんて、他の人には言えないし……。


だから兄様、僕から唇を離して……!


このままだとハンクの問いに答えられないよ!


僕は兄様の肩をバンバンと叩いたが、兄様が解放してくれる気配はない。


兄様の唇が僕の唇から離れたのは、ハンクに声をかけられてから、だいぶたってからだった。


「わかった」


兄様がハンクに返事をする。


ハンクはこの間をどう捉えただろう? おかしな勘ぐりをしてないといいけど……。


ハンクは兄様の返事を聞いて馬車を動かした。


僕達を乗せた馬車が宿屋の敷地の中に入って行く。


「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、道中お疲れ様でした」


ハンクが客席のドアを開ける前に、僕は乱れた髪を整え終えることができた。


だけど……それでも僕は馬車を降りることができなかった。


兄様とのキスで腰が抜けてしまい、立てなかったのだ。


「エアネスト閣下、どうかされました?」


ハンクが不思議そうな顔で尋ねてくる。


僕は俯くことしか出来なかった。


自分の顔が熱い……!


きっと、今の僕は凄く赤い顔をしてるに違いない。


こんな顔で外に出れないよ。


「エアネストに構うな。

 彼は私が部屋まで運ぶ。

 お前は先に宿に入り部屋を二つ取れ。

 ツインルーム一つと、シングルルーム一つだ」


「かしこまりました」


ハンクが馬車を離れていく。


ツインルームとは個人用のシングルベッドが二つ置かれてる部屋のことだ。


シングルルームとは、個人用のシングルベッドが一つ置かれてる部屋だ。


ツインルームは兄様と僕、シングルルートにはハンクが泊まるんだろう。


「エアネスト、フードを被れ」


兄様が僕のフードを引っ張り、頭にかけた。


旅にはフード付きのマントが必要だろうと、旅立つ前にアデリーノが着せてくれたものだ。


僕のフード付きマントは白、兄様のは藍色だ。


「顔まで隠れるよう、もう少しフードを目深に被った方がよいな」


兄様が僕のフードを眉の前まで引っ張った。


「ヴォルフリック兄様が僕にフードを被せるのは、僕の髪と瞳の色がみっともないからですか?」


謁見の間で王妃に、濃い茶色い髪と灰色の瞳を馬鹿にされたことを思い出してしまった。


最初に自分の顔を鏡で見た時は、地味なくらいがちょうどいいと思った。


知らなかったんだ。


魔力なしがこの世界でこんなにも蔑まれているなんて……。


やっぱり街の人も、僕の髪と瞳の色を見て見苦しいと思うのかな?


そんな僕と一緒にいたら、兄様もそのうち……恥ずかしいと思うようになるのかな……?


「そうではない。

 私はエアネストの髪の色も瞳の色も好きだ。

 そなたがどんな髪と瞳の色をしていても、私がそのたへの愛情を失うことはない」


「では、なぜ僕にフードを被れと……」


「そなたが可愛すぎるからだ」


「えっ……?」


「そなたは目鼻立ちが整いすぎている。

 それに顔からも仕草からも育ちの良さが滲み出ている。

 宿屋には多くの客がいる。

 中には質の悪い客も混じっているだろう。

 そのような者たちの注意を引くのは避けたい」


兄様は僕のことを心配して、フードを被るように言ってくれたんだ。


それなのに僕ってば卑屈な捉え方をして……。


自己肯定感が低すぎるよ。


「無論、そなたのことは全力で守る。

 だが、ここは城でも領地の屋敷でもなく旅先の宿だ。

 万全を期していても、万が一ということもある。

 わかってくれるな?」


「はい。

 兄様は僕のことを思ってしてくれたことなのに、わがまま言ってすみません」


「気にするな。

 それと……今のそなたの顔を他の者に見せたくないんだ。

 そなたは自分では気づいていないかもしれないが、そなたの頬は赤く色づき、瞳は艶っぽく輝いている。

 そのような色っぽい顔をしたそなたを、私以外に見せたくない」


今の僕ってそんなだらしない顔をしてるの?


僕は自分の顔を手で覆った。


「エアネスト、私には見せてもいいのだぞ?」


「兄様……意地悪言わないで下さい」


そんなこと言われたら、兄様にだって顔を見せられないよ。


「あまり遅くなるとハンクが心配する。

 そろそろ馬車を降りよう。

 私もフードを被る」


兄様が藍色のフードを目深に被った。


「兄様まで髪を隠す必要がありますか?」


「銀の髪と紫の目は目立つ。

 そんな理由で騒がれたり、人が集まってきては迷惑だ」


僕が尋ねると兄様は、煩わしそうに答えた。


彼の綺麗な髪と目を隠すのはもったいない気もする。


だけど「宿屋に精霊の神子がいるぞ」と噂になり、人が大勢集まってきたら困る。


兄様はフードで髪を隠した方が良いのかもしれない。


「エアネスト、馬車を降りよう」


「兄様……僕、長く馬車に揺られ過ぎたせいで……腰に力が入らなくて……」


兄様とのキスで腰が抜けたとは言えない。


僕がそう伝えると、兄様がお姫様抱っこしてくれた。


兄様は僕の顔を見て、妖艶に笑っていたから……多分僕が歩けない理由を察していたと思う。


兄様にお姫様抱っこされるのはこれで三回目。


何度やってもやっぱり緊張する。


兄様は僕をお姫様抱っこして部屋まで運んでくれた。


彼はフードを目深に被っていたから、宿屋に入っても特に騒がれることはなかった。


その代わり宿屋ですれ違った人に「新婚さんかしら?」「部屋までお姫様抱っこして運ぶなんてラブラブだな」と冷やかされてしまった。




読んで下さりありがとうございます。

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