一緒にクエストを受けた話1
この作品はBL作品です。
ボーイズラブ作品です。
かなり軽めではありますが、同性同士のそういった描写が出てきます。
苦手な方は注意願います。
「残念ですが、仕方ないですね」
アルトは本当に残念そうにしている。
彼と、お友達として付き合うようになってからすでに1ヶ月が経過した。
お友達というよりは、気の合う冒険者パーティの仲間といったところだろう。
さて、アルトがなぜ残念がっているかと言うと、次一緒に受けるはずだったクエストに、僕が参加出来なくなってしまったためだ。
少しでも彼との仲を進展させたくて、公務をちょびっとだけサボっていたのだが、それが積もりに積もってとうとう見過ごせない山となってしまったのだ。
「仕事しろ、色恋にうつつを抜かすなボケ王子」
と言うようなことを、さすがにディー含めた側近たちに言われてしまっては仕方ない。
そして、ディーはアルトにも根回ししていたらしく、残念そうにしているのはそうなのだが、やけにあっさりと納得したのだ。
「じゃあ、また今度ということで」
「せ、せめて、お菓子でも食べていかない??」
ちなみにアルトは甘いものが好きらしい。
とくにチョコレートが好きだということを、この1ヶ月で知れた。
少しでも彼と過ごす時間を確保したくて、そう提案すると、
「あ、ディーさん達がお土産につつんでくれたんで、大丈夫です」
僕が大丈夫じゃないんだけどなぁ。
僕は、部屋の隅で控えているディーを睨んだ。
ディーは何処吹く風で、飄々としている。
「それじゃ、また来ますね。
ディーさん、お菓子ありがとうございました」
アルトはディーへニコニコと笑顔を向けて帰っていった。
その笑顔を僕にも向けてほしいものだ。
いや、笑顔を向けられることはある。
たとえば、彼好みのお菓子を渡した時とか、クエストを無事終わらせた時とか、そのあとに食事を奢った時だとか。
主に食べ物関連でしかいい笑顔を向けてくれないのだ。
……あ、普通に笑顔を向けられてた。
「さて、王子。
仕事しますよ」
アルトの姿が消えると同時に、僕は首根っこをつかまれ、執務室へと連行されてしまった。
「終わればアルトさんとはまた遊べますから」
遊ぶのは学校の宿題が終わってから、という下町の子供たちが母親に言われるのと同じことを、側近に言われてしまった。
どうして自分は、王子なのだろう。
アルトのように、ある意味自由な身分だったなら、ずっと一緒にいられたのに。
泣く泣く僕は仕事を開始した。
とにかく早く終わらせて、アルトとの交流時間を増やすのだ。
まだ1ヶ月、いや、もう1ヶ月だ。
せめてもうちょっと仲を進展させたい。
そして、ゆくゆくは……。
そこまで考えた時、
「王子」
仕事を開始したというのに、ディーが半眼で言葉をかけてきた。
なんだなんだ、ちゃんと仕事はしているだろうに。
「気持ち悪い妄想はやめてください。顔に出てます」
幸せなアルトとの未来を妄想するくらい、いいじゃないか。
※※※
ニクスさんとクエストを一緒に出来ないのは、残念だ。
なんだかんだ、この1ヶ月相方としては申し分ない関係を気づいてこれたからだ。
今のところ、多少意見の対立はあったものの仲良くやれていると思う。
このまま四年後を迎えることになるのだろうか。
そうなると、
「いつか、伝えなきゃだよなぁ」
なにせ、相手は王子だ。
それも、こちらのことを調べることができる。
そうなると、俺自身のこともいつか知ることになるだろう。
出来ることなら、自分の口で伝えたいけれど。
「まだ、無理かなぁ」
今は友達、関係が進展していくならいずれは恋人、もしかしたらそれをすっ飛ばす可能性もある。
それまでに、どこかで言わなきゃいけないかなと考えてしまう。
でも、少なくともそれは今日明日の話ではない。
俺は、彼に対して嘘をついているのだから。
まぁ、それはスレ民に対しても同じだけど。
けど、スレ民だって掲示板を見ているものに対しては多かれ少なかれ嘘をついている。
だから、特に気にはしていない。
嘘をついている相手として、俺が気にしているのはニクスさんである。
あの人は普通にいい人だ。
俺の話を聞いてくれるし、優しいし、なによりも……。
そこまで考えた時、実に嫌な記憶がよみがえってきた。
脳裏に物心ついた時から吐かれ続けてきた言葉が、繰り返される。
――我慢しろ――
――譲れ――
――どうせ要らないだろ――
他にも罵詈雑言が、頭の中で繰り返される。
それをブンブンと頭を振って、ふりはらう。
我慢して、譲って、譲り続けて、最後には一番大切なものまで差し出せと言われ、そうさせられてしまった。
そうして、最後には邪魔者扱いされて追い出された。
けれど、自分にとって命の次に大事だったものを差し出すことになったかわりに、俺は自由を手に入れた。
その自由を満喫していた先でであったのが、ニクスさんなのだ。
ニクスさんは、俺からなにも奪おうとしなかった。
むしろ、与えられてばかりで申し訳ないくらいだ。
今日、ディーさんからお土産で持たされたお菓子もそうだ。
ディーさんがこっそり教えてくれた。
どうやら、わざわざ俺好みのものを吟味して用意してくれているらしい。
こんなこと、今までなかったから驚いている。
けれど、それ以上にうれしくもあった。
「……血の繋がりのない人の方が優しいってこともあるんだな」
個包装されたチョコレートをひとつ、包装を取っ払って口の中に入れてみた。
甘く、でも俺好みの少し苦味のある味が口の中に広がる。
今までの経験から、誰かと食事をすることすら苦手だったけれど、その苦手も少しずついい方向に変化してきていると思う。
ニクスさんや、時折ディーさん含めた側近さんたちと一緒に食事をするようになって、はじめて誰かと一緒に食べるご飯は美味しいと感じるようになった。
だからだろう、最初に抱いたニクスさんへの拒絶感は気づいたら消えていた。
我ながら、餌付けされている自覚はある。
それから1週間くらい、俺はソロ活動を満喫していた。
ニクスさんの仕事の邪魔をしてはいけないので、離宮にも近寄らなかった。
そしたら、ニクスさんから手紙が届いた。
手紙を持ってきたのは、ニクスさんの側近の一人であるアンさんだ。
側近の中では紅一点の人である。
手紙の内容は、次のようなことが書かれていた。
もう少しである程度仕事が片付くので、そしたら、また一緒にクエストに行こうと書かれていた。
「これ、返事をした方がいいですか??」
俺はアンさんへ訊いた。
「返事をもらえたら、王子は物凄く喜ぶと思いますよ」
喜ぶなら書いた方がいいだろう。
俺はすぐに、雑貨店へ走り便箋と封筒を買ってきた。
アンさんも着いてきた。
「あの、別に着いてこなくても」
「暇なので」
「……いや、そうじゃなくて」
俺はそれとなく周囲を見る。
上手く紛れてはいるが、この1週間ほど俺を監視しているもの達がちらほらと目についた。
そんな俺の様子から、アンさんは色々察したらしい。
「あー、気づいてたんですね」
「えぇ、まぁ」
「いつからか、わかりますか?」
「ニクスさんと、最後にお茶をした時からです。
離宮から帰る時に尾行されてました。
殺気が無かったので、そのまま放置してました」
「度胸ありますねぇ。
さすが、王子の命を救ってくれた方です」
「それで、あの人たちは何なんですか?」
「んー、次期魔王候補の方々がそれぞれ送り込んだ密偵、といったところです。
ほら、アルトさんは王子を殺した殺し屋を退治した上、王子の命を救ってますし。
さらにさらに、王子とお付き合いまでされてます。
しかも、魔族の間じゃ王子のアルトさんへの熱愛はそりゃもう有名ですよ。
そりゃ、なんだあの子はって感じで注目くらいされます」
「お友達なのに?」
「外野は本当のところなんてどうでもいいんですよ」
「それで護衛というか牽制も兼ねて、アンさんはこの買い物に着いてきた??」
「ま、そんなところです。
でも、アルトさん強いから正直私なんて要らないでしょうしねぇ」
アハハハ、と彼女は笑ってみせた。
でも俺は、彼女が口にした【要らない】、という言葉につい反応してしまう。
「そんなことないです!!」
「へ?」
「あ、いや、その。
こういうことはじめてなので、とても心強いです」
しどろもどろになってしまう。
しかし、アンさんは気にした風もなくニコニコと笑顔を向けてきた。
「必要とされてるなら嬉しい限りです」
買い物を済ませ、俺はニクスさんへ返事を書いた。
そういえば、仕事以外でこうして誰かと他愛のない手紙のやりとりをするのも初めてだ。
「それでは、私はこれにて失礼します。
一応、王子が私兵の【隠密部隊】を護衛代わりに配置しました。
今後は、彼らが貴方のことを護りますので」
その言葉と同時に、気配が増えたのがわかった。
大袈裟すぎる。
「そんなことしてもらわなくても」
「それだけ、貴方を大切に思ってるんですよ。
むしろ、1週間前に気づけなかったことを死ぬほど後悔すると思うので、どうか王子の想いを組んでやってください」
そう言われてしまっては、断れない。
「わかりました」
「あ、冒険者活動には手を出すなと指示されているので、アルトさんは普段通りに過ごしてもらって構わないですよ」
「……わかりました」
まだニクスさんと知り合って1ヶ月だというのに、彼は俺の事をよく理解してくれている。
本当にはじめてだ、こんなこと。
「アンさん。
ニクスさんに伝えてもらっていいですか?」
俺はアンさんに彼への伝言を頼んだ。
手紙には書いていない言葉である。
※※※
山のようにあった仕事を終わらせ、ぐったりしているところにアンが戻ってきた。
一通り報告を受け、疲れもあるのだろうが気持ちが沈んだ。
「アルトは気づいていたか。それも僕たちよりも早く」
「えぇ」
深いため息が出る。
なにもかもが、とまではいかないが後手にまわっている。
けれど、なにかあってもアルトなら自分でなんとかできてしまう強さを持っている。
それは理解している。
護衛は、アルトなら余計なお世話だと感じるだろうと思った。
最悪嫌われてしまうとも、考えなかったわけではない。
それでも、やはり心配だったのだ。
アルトなら自分でなんとかできるだろう。
けれど、この1ヶ月一緒にいてわかったことがある。
アルトは、とても危ういのだ。
たとえば、僕を助けてくれた方法もそうだ。
自分の命を軽々しく削るなんて、ふつうはしない。
でも、彼はそれをやってのけた。
それ以外にも、一緒に冒険者活動をして思い知らされたことがある。
自由に生きて、そして死ねるなら、それ以上の幸福なんてない、と考えている節がある。
己のことをとても軽く扱っているのだ。
アレはよくない。
とてもよくない。
嫌われてもいいから、最低限やれる範囲で守りたいと思ったのだ。
アンからの報告を聞き終える。
続いて、アルトから預かった返事の手紙を受け取る。
さっそく開封して読んでみる。
監視のこと諸々、心配するなと書いてあった。
嫌われてはいない、と思う。
文面からはその辺のことは読み取れない。
「あぁ、そうだ。
アルトさんから伝言です」
アンが唐突に言ってきた。
「伝言?」
「護衛の件ありがとうございます」
なんだ、社交辞令か。
それでも愛しいものからのメッセージは嬉しい。
そう思っていたら、まだ伝言には続きがあった。
「心遣い、とてもありがたいです。
ニクスさんのそういうところ、大好きです。
お仕事頑張ってください。
とのことです」
天にも昇る気持ちというものを、僕はいま、はじめて理解した。
とにかく、早く仕事を終わらせて彼に会いに行こうと決意した。