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将来を約束した指輪

空間の裂け目へ飛び込むと、離宮にあるニクスの執務室だった。

ここには、仮眠室も併設してある。

だから、すぐにアルトそちらへ運び込んだ。

ゆっくり、なるべく刺激を与えないように気をつけながら、ベッドへ下ろす。


アルトは煽情的な目をして、ニクスを見た。

ニクスはその瞳の中に、怯えがあるのを知る。


「ここは外に声が漏れないから、安心して。

時間が経てば、残ってる薬の効果も消えるはずだ」


ニクスが言うと、アルトから怯えた色が消えた。


「……え」


「僕は隣の部屋にいるから、辛いだろうけど、時間経過を待つか、自分で処理をしてほしい」


「……あ、の」


「うん?」


「ありが、とう、ござい、ます」


「いいよ、気にしないで」


そう言って、本当に出ていこうとするニクスへ思わずアルトは手を伸ばして、服を掴んで引っ張った。


「いかないで」


「無理」


「こわいんだ。

そばにいてほしい」


どうしてこんなことを口走ったのか、アルト自身も戸惑っていた。


「え、いや、それは」


ニクスが本当に困った反応をする。

媚薬の効果が残っているだろうアルトと一緒になどいられない。

ましてや、マントに包まれてるとはいえ、あられもない姿であるのは変わらない。

こんなアルトにまかりまちがって何かをするわけにはいかなかった。


「おねがい、そばにいて」


ニクスは悩んだ。

悩んで、そして、了承した。

ニクスはアルトの願いを無下にできないし、したくないのである。


「……わかった」


ニクスはベッドへ腰掛けた。

でも、手は出さない。

アルトがそれでも怯えているのがわかるから。

彼には触れない。

荒く乱れていた呼吸を整えつつ、アルトは言ってくる。

少しずつ、効果も薄れてきていた。


「……友達」


「ん?」


「どこで俺たち友達になったの?」


「……あー、うん、ちょっとね。

君は覚えてないだろうけど、助けてもらったんだ」


「だから、俺を助けたの??」


「……声が、聞こえたんだ。

君の声が。

君は助けてって、言ったよね?」


「たぶん」


「それで、魔眼保持者、さっき一緒にいた魔法使いが頑張ってくれてね。

君の所へ行くことができた」


「……そう、なんだ」


話していると、不思議と落ち着いてきた。


「ごめんね」


「へ?」


「本当はもっとはやく探し出して、助けるつもりだったんだ」


「そんな、謝ることなんて」


「君は、彼、セナのことを信じていたでしょ?」


そんなことまで知っているのか。

けれど、彼のことをアルトは欠片も知らなかった。


「俺は記憶喪失なのか??」


「似たようなものかな」


ズリズリ、とベッドの上を移動する。

ニクスに近づく。

やっぱりそうだ、とアルトは確信する。

ニクスの傍は落ち着くのだ。

解毒のおかげで、もうほとんど効果も消えていた。

こうして動けるのが、その証拠だ。


「……あの」


「うん?」


「抱きしめてもらいたいんだけど」


「だめ」


「なんで?」


「なんででも、だめ」


「答えになってない」


「……君、さっきまで自分が何をされそうになってたのか、忘れたの??。

それなのに、もう抱きしめてほしいとか、ダメだよ。

できない」


「わかった」


それなら、とアルトはニクスの横まで移動すると、座り直して、ぴとっとくっついた。


「っ?!

なに、いったい」


「落ち着くから。

もうちょっと、こうしてて、ほしい」


言いつつ、うつらうつらとアルトは舟を漕ぎ出した。

やがて、ガクッと頭をニクスの胸へもたれさせる。


「ち、ちょっと」


そのままスースーと寝息をたてはじめた。

ニクスは一晩、己の忍耐と理性を試され、大勝利をおさめることとなった。


※※※


翌日。

魔眼保持者が戻ってきた。


「あ、これ拾ったんで」


と言いながら、魔眼保持者は指輪を渡してきた。

ニクスとアルトの婚約指輪だ。


「やっぱり、全部を全部書き換えた訳じゃないみたいですねぇ」


「そうなのか」


「負担が大き過ぎるんで、当たり前と言えばそうなんですけど。

だから、細々したところで前の世界のものが残ってる。

この執務室に施された防音魔法、この指輪、あとアルトの経歴。

それでも絶妙なバランスで、成り立ってる」


ニクスは、婚約指輪を複雑な表情で見る。

と、そこで仮眠室のドアが開いた。


「あ、の、出来たらでいいから、その、着替えを、かしてほしいな、と」


アルトが控えめに言ってくる。

アルトはマントにくるまったままである。

その姿を見て、


「ついでに体も流してきた方がいいな」


と、ニクスが提案した。


※※※


離宮には、ニクス用と従業員用の浴室がそれぞれ用意してある。

ニクス用の方へ、アルトは連れていかれた。

あらかじめ、そこに向かう通路も人払いをしておいた。

だから、誰もいない。

とはいえ、執務室からそう離れていないのであっという間に着いてしまう。


アルトは一人で入浴出来るということだったので、着替えを渡すと、浴室の前でニクスは待つことにした。

魔眼保持者はセナの動向をさぐるべく、すでに離宮を出ている。


しばらく待っていると、アルトが入浴をすませて出てきた。

着ているのは、ニクスがお忍び時に着る私服である。

まさか、こんなことになるとは思っていなかったので、これしか用意出来なかったのだ。

サイズが大きいので、アルトが着るとダボッとして見える。


それから、今度はかつて二人で過ごしていた部屋へ向かう。

アルトのために用意した部屋へ向かう。

たまに戻って使うかもしれないから、とそのままにしてあった。


ほとんど書庫となっていたそこへ入る。

掃除は行き届いていて、すぐに使えるようになっている。

簡素なテーブルがあり、テーブルを挟んで椅子が二つ置いてある。

あとは、それらとは別にしっかりしたが机が設置されていた。

壁は本棚となっている。

そこには専門的な魔法関連の書籍がぎゅうぎゅう詰めになっている。


「君の部屋だったんだ」


ぼんやりと、アルトは部屋を見回した。

なるほど、たしかに自分の部屋だ、と感じた。

かつて、実家で研究に明け暮れていた頃の部屋、そっくりである。


現実を忘れて、魔法のことだけ考えていれば救われて、癒されていた自分の、狭いけれど確かに存在したたったひとつの居場所だ。


「あの、どうして俺をここに?」


「友達だって信じてもらえるかなって思って」


言葉だけではなく、ちゃんと知り合いであるということを示したかったらしい。


「…………」


アルトは部屋の中をもう一度見回し、一番存在感を放っている執務机へ近づいた。


「引き出しを、開けてみてもいい?」


「好きにしていいよ。ここは君の部屋なんだし。

その机は君のものなんだから」


そうは言っても、やはり躊躇いはあった。

けれど、アルトは引き出しを全て開けてみる。

中には、研究のメモ書きが入っていた。

他ならない、自分の字で書かれたメモだ。

それも、大量にある。

たぶん、記憶を無くす前のアルトはこの部屋を間借りしていたのだろうとわかった。

でも、わからないことがある。


「すごく、今更なことを聞いていいかな?」


アルトはニクスを見て、きいた。


「ここはどこで、貴方はだれ??」


名前は知っている。

魔眼保持者との会話も少しだけ聞こえていたから、彼が王族ということも知っている。

そして、魔族ということも知っている。


「ここは僕の使っている離宮だよ。

そして、」


そこまで言って、ニクスは思わず言葉に詰まった。

【友達】だと繰り返すべきか、それとも本当の関係を話すべきか。


と、そこでずっと握っていた指輪の感触に気づく。

手のひらを広げて、それを見る。

アルトも指輪に気づいた。


「あ、それ」


アルトは、トコトコと執務机からニクスの方へ寄ってくる。


「俺のだ」


「へ?」


「それ、俺の」


と言って、アルトは右手を出してくる。

返してくれ、言ってくる。


「あ、はい」


ニクスはそこで実に自然な動作で、出された手とは反対の左の手を取る。

アルトはきょとんと、されるがままになっていた。

ニクスはさもそうするのが当然であるかのように、アルトの左手薬指へそれをはめた。


「え、え??」


アルトはその意味を知っていた。

だからこそ、戸惑う。

しかし、ニクスはそれに気づかない。


「あ、良かった。

ちゃんと、サイズ合ってた」


と、あの日、続くはずだった言葉を口にした。

そして、アルトを見て、自分がなにをしたのか気づく。


アルトは顔を真っ赤にして、ニクスを見ていた。


「あ、えと、その、俺たちってもしかして……」


落ち着いてから話そう、説明しようと思っていたけれど、早々にバレてしまった。




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― 新着の感想 ―
王子様、どっか抜けてますねぇ。このうっかりさん! だから記憶改竄前の世界で暗殺されちゃったんでしょうね、そこでアルトに救われた、と。 なんかどっちもどっちでアルトとニクス、お似合いですな。
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