表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/40

諦めたけど諦めきれなかったこと

※※※


夜。


セナは、アルトを押し倒し、覆いかぶさっていた。

熱を帯びた、思ったように動いてくれない体に、アルトは舌打ちをしたくなる。

何かを盛られたのだ。

おそらく、媚薬だろう。

それでもなんとか、アルトはセナへそう言葉を投げた。

しかし、セナは黙ったままそんなアルトへ手を伸ばす。

腕を掴んだ途端、


「んんっ……」


感度も高くなっているので、甘い、甲高い声がアルトから漏れる。


「や、め」


やめろ、と言おうとしたが口を塞がれる。

蹂躙される。

そう、ただの蹂躙だった。

口の中を犯され、頭がぼうっとする。

それでも、必死に逃げようとする。


「ふっ、あ、んん」


セナを突き飛ばそうとする。

でも、体に力が入らないから無駄に終わる。

その手をセナはベッドへと縫いとめる。

やがて口をはなして、アルトを見た。


見たことの無い鋭い眼光に、アルトは恐怖を覚える。


「……セ……ナ?」


「お前が悪いんだ」


「なんの、はなし」


「お前が、俺を置いていったから」


いったいなんの話しだろう?

アルトはわからなかった。

当然だ。

書き換えた今の世界では、アルトはセナを置いていかなかった。

でも、かつてのアルトは置いていったのだ。

そのことが、セナの中でずっと燻り続けていた。

気づくとアルトは、セナを置いて行こうとした。

今回の旅行だってそうだ。

最初はお互い別々に休みを過ごそうという考えだった。

それが許せなかった。

離れていくこと、置いていかれることが、セナには我慢できない。

そして、もう我慢したくないと思っていた。


「俺はお前のものだ。

お前は俺のだ。

それでいいだろう?」


眼光こそ鋭いのに、セナは何故か泣きそうな顔に見えた。

迷子のそれ。

母親を探す、それ。

慰めた方がいい。

それこそ、背中でもさすって落ち着かせよう。

けれど、口から出たのは全く別の言葉だった。


「いや、だ」


途端、セナの顔から表情が抜け落ちる。


「あぁ、そうか、わかったよ!!」


瞬間、服を乱暴に剥ぎ取られる。

何が起きたのか。

何が起ころうとしているのか。

それがわからないほど、アルトは子供ではない。

今までとは違う。

セナは酒に酔っていない。

力づくで、アルトの体をこんどこそ暴こうとしている。

抱こうとしている。


アルトの服を取り払い、最初に目に入ったのは、指輪だった。

ペンダントのように、紐で括り、首から下げていた指輪。

いつの間にかアルトのポケットに入っていた、あの指輪だ。

その指輪を見てセナが目を丸くする。

セナはそれがなんの指輪か、知っていた。

調べたから、知っていた。

どうしてそれをアルトが持っているのか。

ここには、無いはずのものだ。

なぜ、その事を隠していたのか。

セナの疑問はすぐに、怒りに変わった。


「お前はどうしたって、手に入らない。

そんなの分かってたのにな。

でも、手に入れたやつがいる。

なんで、アイツは良くて、俺はダメなんだ?」


セナが指輪に触れようとする。


「やだ、さわらない、で」


けれど、セナはあっさりその指輪に触れてしまう。

触れて、グイッと引っ張る。


「俺を拾ったのはお前だろ?

なら、最後まで責任もってくれよ飼い主様!!」


癇癪をおこした子供のように、言葉を叩きつけてくる。

同時に、指輪を括りつけていた紐が切れてしまう。

指輪を投げ捨てられる。

アルトは指輪を拾おうとする。

けれど、できない。

また強引に、セナは唇を重ねてきた。

そして彼の手が、アルトの下半身へと伸びる。


いやだ。

いやだ、イヤだ、イヤだ!!


必死に、文字通り必死に逃げようとする。

自分の命を使って魔法を発動しようとする。

でも、術式を編むことすらできない。


「無駄だ。

魔法は無効化させてる。

お前の大好きな魔法は使えない」


アルトの顔が絶望に染まる。

そして、


「た、たすけ」


誰かに助けを乞おうとして、やめる。

アルトが助けを求められる存在など、今までいなかったから。

生まれてから今まで、誰も助けてくれなかったから。

逃げようとしても無駄だと。

助けを求めても無駄だと。

そんな経験ばかり積んできたから。

だから、アルトを助けてくれる存在などいないのだ。

この世界の、どこにも。


(そんなの、いまに始まったことじゃない)


搾取されることが嫌だった。

逃げようとした事は、沢山あった。

助けを求めたこともあった。

でも、逃げられなかった。

そして、誰も、助けてくれなかった。

自分の運命からは逃れられない。

そのことに絶望して。

それでも希望は捨てなかった。

だから、こうして実家を出られたのに。


それなのに。


今度は、1番信じていた相手に裏切られた。


(あぁ、もう、いいや。

どうだっていい)


逃げることを諦める。

抗うことを諦める。

指輪を拾うことも、諦める。

どんなに嫌だと叫んで、拒否しても、こうなるなら。

自由なんて望まなければ良かった。

虚無の眼差しで、アルトはセナを受け入れることにする。

そうすれば、セナは満足するのだ。

そうすれば、丸く収まるのだ。


それでも、やはり諦めきれなかったのか、アルトは最後に願った。


(たすけて)


誰でもいいから、たすけて、と願った。

願った瞬間、それは起こった。


セナが蹴り飛ばされたのだ。


「王子!!はやく!!」


「わかってる!!」


知らない声が二つ。

ぼんやりとした頭なりに、何が起きているのか理解しようとする。


空間が裂けていた。


そして青年が二人、アルトとセナの間に立っている。

片方は剣士、もう片方は魔法使いだ。

冒険者だろうか。


剣士がこちらを振り向いたかと思うと、泣きそうな顔をしていた。


「やっと、会えた」


剣士の青年は言いつつ、アルトに近づく。


「……っ」


アルトは怯えて逃げようとする。

でも、やはり体は動いてくれない。


「大丈夫、大丈夫だから。

助けにきたんだ」


安心させるように、剣士は言葉をなげる。

そして、あられもない姿のアルトへ自分が纏っていたマントを被せる。

それすら、敏感になっているアルトには刺激が強かった。


「……っひぅ、ん」


声を押し殺す。

こんな声、恥ずかしすぎる。

聞かれたくない。

けれど、剣士は気にした風もない。

むしろ本当に聞こえなかったかのように振舞っている。


「アルト」


優しく、名前を呼ばれた。


「……だれ?」


剣士はアルトを知っているようだった。

でも、アルトは剣士のことを知らない。


「……君の、友達のニクスだよ。

覚えてない?」


知らない。

アルトには友達なんていなかったから、知らない。

知らない、はずなのに。


(どこかで会ったことがある??)


そんな気がした。

アルトの友達だと口にした剣士――ニクスは、マント包まれた彼を優しく抱き上げた。

やはりそれすら体が敏感に反応してしまう。


「ひぁっ……」


声なんて出したくないのに。

剣士は、そんなアルトから視線をセナへ移す。

怒りと憎しみの視線を、セナへ向ける。

と、セナもニクスを睨み返していた。


「そいつに触れるな!!」


静かに、立ち上がりながらセナは言ってくる。

そこに魔眼保持者が割って入る。

アルトの様子を見て、すぐに媚薬を解毒する魔法を展開する。

解毒は出来たが、しばらく効果は続く。


「王子、早く離脱を」


魔眼保持者は、空間の裂け目を顎でクイッと示す。


「なんだ、お前?」


セナが魔眼保持者へ殺気を叩きつけつつ、聞いてくる。


「アルトの護衛」


「はっ、護衛は俺だ」


「うん、元護衛だよな?

知ってるよ。

で、今は色々こじらせてる変態ストーカーだ。

こじらせた挙句、世界まで書き換えるとはねぇ。

お前バカだろ」


そうこうしているうちに、ニクスがアルトを抱えたままま空間の裂け目へ飛び込む。

気配だけで、そのことを把握すると魔眼保持者は指をパチン、と鳴らした。

裂け目が閉じる。


「なんの、つもりだ?」


「これがお仕事だから。

王子は雇用主で上司、アルトは護衛対象。

この2人をここから逃がすのが、俺のお仕事なの」


言いつつ、魔眼保持者は魔法術式を展開する。


「無効化魔法はよく出来てた。

まぁ、性的暴行を働こうってことだから、そりゃ用意周到になるよな。

俺には無駄だったけど。

二重の結界も、オーソドックスだけど良かったぞ?

まぁ、種さえわかればなんてことなかったけど」


「………」


セナも魔法術式を編もうとする。

しかし、出来なかった。

そこで、気づく。

今いる場所が、宿の部屋ではないことに。

空間ごと切り取られていることに、気づく。


「ムダムダ」


魔眼保持者が楽しそうに言う。

魔眼保持者の魔法が編み上がる。


「短気は損気っていうだろ?

ちぃと、頭冷やしなストーカー野郎」


言うと同時に、魔眼保持者の魔法が炸裂した。

氷の魔法だ。

巨大な氷がセナを閉じ込める。

なるほど、派手に魔法をぶちかますために、わざわざ空間を切り取っているのだ。

セナを閉じ込めた氷は、すぐに溶ける。


「おや、まぁ」


魔眼保持者は楽しげに、その光景を見ている。

セナは魔法無効化をさらに無効化したのだ。

攻撃魔法が飛んでくる。


「なるほど、さすが天才の護衛だ。

魔法を教えてた、とは聞いたけど、実戦で使えるレベルだったとはな」


「なんなんだ、お前は?」


世界の書き換えに気づいていることにも驚きだが、アルトと同じレベル、否、下手をするとアルト以上の魔法の使い手である。


「言ったろ?アルトの今の護衛だよ」


と、魔眼保持者の姿が消えた。

かと思ったら、一瞬でセナの目の前に現れる。


「さぁ、耐えてみろよ?

元護衛」


切り取られた異空間のなかで、盛大な爆発が起こった。


爆炎がおさまる。

魔眼保持者は無傷で立っていた。

その視線の先には、切り裂かれた空間の裂け目がある。


「ふむ、逃げたか。

捕まえたかったんだけどなぁ。

すごいな、あいつ」


なかなかどうして、久しぶりにちょっと本気になれた。

こんなことに巻き込まれたストレスを発散できるんじゃないか、という予想は当たっていた。


「しばらく、護衛続けてみるかな」


と、魔眼保持者は声を弾ませた。

完全に新しいおもちゃを与えられて早々に壊す、子供の表情である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ