奇跡の種明かしと、いま考えられる最悪なこと
考察厨の書き込みを見て、魔眼保持者はイラッとした。
そんな都合よく奇跡なんておこらない。
起こるとすれば、それは様々な積み重ねによるものだ。
「なにが奇跡だ」
魔眼保持者は吐き捨てた。
おそらく、考察厨はこうなることも見越してニクスにそうと気づかれることなく、保険を掛けておいたのだろう。
だから、ニクスは覚えている。
それだけのことだ。
不思議なことにはタネも仕掛けもある。
奇跡なんかじゃない。
「クソが」
スレに書き込んだものと同じ言葉を繰り返す。
それから、さてどうしたものか、と考える。
思い出すのは、世界が書き換わるより前のことだ。
考察厨が旅立つ直前。
アルト、魔眼保持者、そして考察厨の3人で話す機会があった。
その時のことを思い出す。
アルトの元護衛が、今後動くとしたらどういった行動に出るか、という話をしたのだ。
考察厨と魔眼保持者は、アルトを攫いに来て無理心中をする可能性が高いと踏んでいた。
アルトから、元護衛のセナがどういう人物なのか聞いたためだ。
くわえて、アルトの弟、テナーから内密に手紙をもらったのだ。
テナーは、密偵を使ってアルトの置かれている状況を把握していた。
だから、話を聞いてくれるだろう魔眼保持者へ手紙を寄越したのだ。
アルトには、無理やり攫ったことで警戒されている。
考察厨とは繋がりがない。
しかし、魔眼保持者は違った。
魔眼保持者は、魔法研究の界隈ではそこそこ知られた人物なのだ。
テナーとも論文発表の場などで、雑談程度だが話をしたことがあった。
そんな彼がアルトのことに関わっていることを知って、手紙を寄越してきたのである。
手紙の内容は、セナが行方不明となったこと。
時を同じくして、かつてアルトが住んでいた研究所に何者かが忍び込んだこと。
おそらくそれがセナであること。
テナーから見た、彼のアルトに対する態度と想い。
それらから、今後起こるだろう、出来事について書いてあった。
その手紙を魔眼保持者は、アルトと考察厨に見せた。
アルトだけは、手紙に書かれたことを本気にすることはなかった。
笑って済ませたのだ。
と言うのも、アルトはセナがそんなことをしないと、信じていたのだ。
まさかアルトが趣味で研究していた魔法を使って、世界を書き換えるという、大それたことなどするわけないと。
それくらいの常識は持っている、と信じていたのだ。
けれど、考察厨の考えは違った。
だからこそ、考察厨は魔眼保持者に保険をかけた。
「……頭おかしい連中ばっかりで、ほんとヤダ」
ちなみに、保険をかけられたあとに、アルトのお目付け役諸々を丸投げされていたことを知った。
毒くらい吐きたくなるというものだ。
「はぁ」
寮の自室にて、盛大に息を吐き出す。
その時だ。
ニクス王子からの遣いがやってきた。
意外でもなんでもない。
スレに王子と思わしき人物の書き込みがあったのだから、魔眼保持者へ接触してくるのは当たり前のことだ。
魔眼保持者は、痛む頭をおさえ部屋を出て、離宮に向かった。
説明するのがめんどい。
こんな事に巻き込まれたのが、めんどい。
逃げたい。
そんなことを考えているうちに、離宮に着いてしまう。
「あー、くっそめんどい」
※※※
「それで、なにがどうなってるのか改めて説明してくるかな?」
ニクスの僅かな怒気を含んだ言葉に、呼び出された魔眼保持者は顔を引き攣らせた。
ニクスの執務室である。
側近達はいない。
ニクスが下がらせたのだ。
魔眼保持者はキョロキョロと執務室を見渡す。
魔眼を使って、視る。
(なるほどねぇ……)
世界の書き換えは、どうやら完全完璧というわけでは無いらしい。
この離宮は、世界が書き換わるずっとまえに、アルトがわざわざ防音の魔法を施した場所だ。
てっきりお互いの部屋と寝室のみだとおもっていたが、違った。
ニクスとアルトが執務室でも、イチャついてたのがわかってしまって、魔眼保持者は別の意味でダメージを受けたし、顔を引き攣らせた。
「執務室でも、よほど仲良くしていたようですね、王子」
言いつつ、魔眼保持者は指を滑らせる動作をする。
アルトが施した防音魔法に少しだけ手を加える。
万が一にもほかの者に会話を聞かれている場合、ほかの会話に聞こえるようにしたのだ。
「さて、これでよし、と。
話しますよ、王子」
酷く疲れた様子で、魔眼保持者は説明した。
世界の書き換えのこと、それを仕組んだのがアルトの元護衛だろうということ。
そして、それらを考察厨は予想していて魔眼保持者に保険として、書き換えの影響を受けないよう別の魔法をかけていたこと。
そして、その保険をニクスにもそうと知らず施していただろうこと。
説明し終えると、ニクスは苦々しい顔で魔眼保持者を見ていた。
「なぜ、それを報告しなかった?」
今にも胸ぐら掴んで殴ってきそうだなぁ、と感じながら魔眼保持者は答える。
「可能性が低すぎたんです。
セナがその魔法を使う可能性自体は高かった。
でも、理論と技術が確立されていたからといって、成功するのはまた別の話です。
成功の可能性が低かった、というのが理由の一つです」
「ほかにも理由があるのか」
「えぇ、あなたの婚約者曰く、元護衛のセナはそんなことしない、と信じていましたから」
「…………」
「だから、あなたの婚約者、アルトには保険をかけなかった」
無駄な希望は持つな、という意味で魔眼保持者は事実を淡々と告げる。
つまり、アルトはニクスのことを綺麗さっぱり忘れている可能性がある。
それどころか、セナにとって都合のいい記憶を刷り込まれている可能性が高いのだ。
「なにが、言いたい?」
「セナのアルトに対する感情は、おそらく貴方が彼に向けているものと同じです。
貴方のことも、セナはおそらく調べあげているはずです。
そのうえで、今回のことを行ったとするなら、貴方がいた立ち位置にセナが成り代わっていると考えた方がいい」
ニクスは必死に怒りを押さえ込んでいる。
魔眼保持者の言葉の意味を正確に理解しているからこそ、必死に感情を押さえ込もうとしているのだ。
アルトの横にいたのは、ニクスだった。
けれどそこに今はセナが立っているらしい。
つまり、それは、そういう関係になっているかもしれない、ということだ。
魔眼保持者はニクスの逆鱗に触れるべきかどうか、少し悩んだ。
これ以上、事実と想像出来る限りのことを言えば魔眼保持者はその怒りで殺されてしまうかもしれない。
「はっきり言え」
ニクスの言葉を受けて、魔眼保持者は答える。
「アルトが趣味で研究していた魔法には、人の感情を操作する物もあったらしいです。
アルトは、それらを使って逃げる算段を企てていたらしいです」
趣味と実益を兼ねた研究だった。
けれども、どちらも副作用や不安要素が残ったため使わなかったのだ。
「もしも、世界の書き換えに加えて、感情を操作する魔法をセナがアルトに使っているとしたら、厄介です」
世界が書き換わって記憶も変わってしまった。
さらに、感情を操作する魔法まで使われていては、アルトの心からニクスはすでに消えているだろう。
そんなアルトへセナが体の関係を迫らないと、どうして言えるだろうか。
そして、アルトはそれを拒む理由が無いのだ。
なにしろ、元々親しかった間柄だ。
アルトからは、ただの護衛以上の感情はなかった。
でも、憎からず思っていたはずだ。
だから、わざわざセナの将来のことを考えて、書き換わる前の世界では実家に残していったのだ。
これは、なにかの折に雑談で聞いたらアルトが話してくれたことだった。
「厄介、というのは?」
「アルトが王子を拒絶する可能性がある、ということなので」
「そんなことは」
ない、と断言しようとするがそれを魔眼保持者は遮った。
「なにしろ、他ならないあの天才が創った術式ですから。
副作用もですが、出来が良すぎるんですよ。
記憶を上書きされ、感情も上書きされているなら、無理やり元に戻そうとしても廃人になるでしょうね。
それくらい難しい術式が編んである」
まさか本人も自分に使われることは想定していなかっただろう。
そもそも、趣味で創ったものだし。
「だから、王子。
記憶を消しませんか?」
「は?」
「俺が、全部終わらせますから。
一旦、この件から手を引いてください」
「お前、逃げる気か?」
「あぁ、それもアリですね。
というのは冗談です。
まぁ、掲示板にはああ書き込みしましたけど。
でも、こうして話してて気が変わったんですよ」
「気が変わった?」
「えぇ、まぁ、これは俺個人の考えというかそういうのなんで、気にしないでください」
「それで僕が納得するとでも?」
「おもってませんよ。
ただ、王子、このままだとちょっと危なそうなんですもん。
今度は王子が、セナと同じことしそうだなっておもって。
それは、アルトが嫌がることですし。
だから、この件のことは一旦忘れて……」
「無理だ」
「…………」
「アルトは、僕の婚約者だ。
婚約者をほかの男に奪われて、それを忘れる?
笑えない冗談だ」
「なら聞きますけど。
アルトとセナが深い関係になっていたらどうするんですか??
王子はセナを傷つけないと、殺さないといえますか?
少なくとも、アルトにとってセナは、かつて家族に近い情はあった存在ですよ。
王子は、アルトのそんな存在に危害を加えないと、言えますか??」
「……あの子の嫌がることは、しない自信だけはある」
それに、とニクスは続ける。
「最初はお互い知らない者同士だったんだ。
アルトが僕のことを忘れてるなら、思い出させればいい。
それが無理なら、また最初から、友人として関係を築いていけばいいだけだ」
(わかってないなぁ)
と、魔眼保持者は冷めていた。
そもそも、前提条件が違っていたらどうするのだろう?
そう、たとえば、アルトのことを魔法を使わずにセナが籠絡していたら、ということだ。
世界こそ書き換えた、記憶もリセットされている。
けれど、セナがアルトのことを自力で惚れさせていたら、どうするのだろう。
テナーとは手紙が届いてから、何度かやり取りをしていた。
家を出る前の、アルトのセナへの想いはどうだったのか?
これによって、話はかなり変わってくる。
アルトはセナの将来のことも考えて、置いていった。
少なくとも嫌ってはいなかったはずだ。
恋愛感情があったかはわからない。
けれど、魔眼保持者は知っている。
アルトは丁寧に、そして時折熱烈に押せば、堕ちる人間だということを。
それを証明した者が目の前にいる。
だから、可能性としては残っているのだ。
アルトが純粋にセナへ好意を抱いている、という可能性が。
(まぁ、こればかりは本人に確認してみないとだけど)