女学生を見つけたかもしれない話 あとプロポーズしたよ
さっそく、件の冒険者について調べた。
わかったのは、独りで冒険者活動をしていること。
稀に頼まれて冒険者パーティに加わっていること。
先天的の魔力無しで、魔法が使えないこと。
これくらいだった。
あとは一人暮らしであり、天涯孤独ということだった。
「この冒険者は、違うのではないでしょうか?」
ディーが、報告書に目を通しながら言う。
彼の言いたいことはわかる。
【先天的に魔力が無い】ということは、魔法は使えないということになる。
つまり、僕を蘇生させた魔法すら使えないということだ。
「…………」
普通なら違うと考えるところだ。
けれど、ここまでなんの手がかりもなかった。
そこに来て、この冒険者が浮かび上がってきた。
「ダメで元々だ。
顔だけでも見てこよう」
報告書には、なぜか似顔絵はついていなかった。
文字情報だけでは、顔まではわからない。
想像するしかないからだ。
「見てこようって」
ディーは呆れていた。
「冒険者ギルドに行って、仲間を探してるとか言えば教えてくれるだろ。
あそこなら顔も確認できるし。
幸い、今日の分の仕事は終えてある」
冒険者ギルドでは、魔法技術で冒険者たちの顔が登録されているのだ。
仲間を探している等と、口実さえあれば見せてくれるのである。
僕はさっそく、いつもの冒険者の服に着替え街に繰り出した。
冒険者ギルドの受付で、適当な口実を吐いて目的の人物の顔を確認する。
驚いたことに、彼女と瓜二つの顔だった。
「…………」
「どうかされましたか?」
絶句している僕へ、受付嬢が首を傾げて不思議そうに聞いてくる。
「あ、その。
この冒険者なんだけど」
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
まだ決まったわけじゃない。
このアルトという少年が、彼女と同一人物だと決まったわけじゃない。
天涯孤独だから、血縁者ではないだろう。
いや、万が一、億が一の確率で生き別れの家族ということもありうる。
「あぁ、その方にパーティ申請するんですね?」
「えと、その。
この子、魔力が皆無でSランク冒険者ってすごいね」
「そうですね。
すごいと思いますよ。
なんでも、自家製の特別ポーションがあるとかで。
販売資格が無いんで売ることはできないらしいですが。
それを使って身体能力をあげてるとか。
ドラゴンを殴って討伐できるのは彼だけでしょうね」
ドラゴンを殴って討伐したことがあるらしい。
それも独りで。
しかし、ソロ活動に拘っているわけでもないらしい。
パーティに欠員が出た場合、補充メンバーとして活動することもあるとか。
「たしか、あ、いた。
あそこに座ってる方ですよ」
併設されている酒場。
その客席を、受付嬢は指し示す。
そこに、彼がいた。
彼はなにやら楽しそうに、空中に指を滑らせている。
魔法陣を描いているようにも見えたが、しかし術式は展開していなかった。
「彼の、アレは何をしているんだ?」
「さぁ?
でも、最近多いんですよね。
ああやって、まるで空中に絵を描いてるような人」
他にもいるらしい。
と、彼が視線に気づいたのかこちらをちらりと見た。
目が合う。
心臓の鼓動が、早鐘のように響く。
落ち着け落ち着け。
まだ、わからない。
まだ、決まったわけじゃない。
僕はなんだか気まずくなって、受付嬢へ視線を戻す。
「んー、パーティ申請に関しては、とりあえずもう少し考えてみるよ。
あ、彼の分も含めて何人かリストを持って帰りたいんだけど」
怪しまれないために、ほかの冒険者たちの分の情報をまとめてもらい、受け取る。
それからもう一度、彼の座っていた場所を見る。
彼の姿はとうに無かった。
僕は受け取った彼の情報がまとめられた用紙へ、視線を落とした。
【アルト・ライアル 16歳】
名前と年齢のあとに、彼の自己申告した特技などが記されていた。
ポーション作成の資格は持っているが、販売資格が無いことも記載されている。
「…………」
得た情報をもとに、彼の経歴を調べた。
3年前に、どこからともなく流れてきた旅人で、それ以前のことは不明。
それは、よくある話だった。
なにかしら事情があり、この国へ流れてくる旅人は多い。
そして
「問題は、あの日の彼の行動だ」
あの日、僕が殺された日の彼の行動をくわしく調べてもらった。
とうぜん、あの森にクエストで向かったのはわかっている。
問題はそのあとだ。
報告書に目を通していると、知りたかったことが書かれていた。
「見つけた」
彼と彼女が繋がった。
報告書には、彼がクエスト受注後にとある指名手配犯を見つけ、こちらも退治し、その報奨金を得た旨が書かれていたのだ。
あの日、僕を襲った殺し屋はなぜか姿を消していた。
指名手配犯と殺し屋が繋がらなかったのは、あの時僕を殺した者は覆面をして顔を隠していたからだ。
だから、便宜上【殺し屋】と呼んでいたに過ぎない。
あの日、ほかの指名手配犯は捕まっていなかった。
たまたま、と言ってしまえばそれまでだ。
けれど、本当にこんな偶然が重なるものだろうか?
たまたま、僕と同じクエストを受注していて。
たまたま、同じ日にほかの魔族すら殺せる実力のあった指名手配犯を倒し、その報奨金を得ていた。
そして、あの日見た彼女と瓜二つの顔を持っている。
たまたま、偶然、それらが三つも重なることなど、どれほどの確率だろう?
はやる気持ちはあった。
今すぐに彼を保護しなければ、と。
けれど、物事には順序がある。
僕は後日、彼を離宮に招待した。
なるべく警戒心を抱かれないように、それでも彼が助けてくれたことに対して知っていることを伝えた。
その上で、仕事の話がしたいのだ、と嘘でも本当でもないことを伝えて、離宮に来てもらったのだ。
そうして、いま、目の前に彼がいた。
「あの時は助けてくれてありがとう」
僕が礼を口にすると、最初はとぼけていた彼だったが、こちらが調べあげたことを説明すると、やがて観念した。
「はい。俺がやりました。
すみません」
「なんで謝るの?」
「いや、えっと、まぁ」
「あぁ、僕にキスしたこと??」
途端に、アルトの顔になんとも言えない乾いた笑みが張り付く。
「……覚えてますか、そーですよねー」
「その事についても聞きたかったんだ。
あの時、君は僕に何をしたの??」
「ぽ、ポーションを口移しで飲ませました」
彼はちらちらと、壁側にたっている護衛として控えている側近たちを見ている。
「はい、嘘」
そんな彼へ僕は断言した。
「う、嘘なんかじゃ」
言いつつ、やはり視線は僕ではなく他のものたちに向けられていた。
僕は苦笑して、人払いを命じる。
側近たち含め、全員が戸惑っているのがわかる。
「彼が正直に話してくれるようにするためだ。
大丈夫、彼は僕の命の恩人だから。
なにかするとは思えない」
そう強く言って、二人だけにしてもらった。
なんなら、声が聞こえないように魔法をかける。
「はい、じゃあこれで腹を割って話せるね。
話を聞かれないようにしたから。
あらためて、助けてくれてありがとう。
それで、あの時君は僕に何をしたの?
君は魔力が無いから、蘇生魔法を使ったわけじゃないよね?
調べたら、君の魂の欠片、残滓が僕の中に混じってることがわかった。
蘇生魔法じゃこんなことは起こらない。
さて、それじゃ君が行ったのはいったいなんだったのか?
教えてくれないか?」
「……――た」
「え?」
「知的好奇心を満たしたくて、つい実験台にしちゃいました!!」
……はい?
「じ、じっけんだい??」
思わず聞き返してしまった。
アルトの話を要約すると、こういうことだった。
アルトは魔力無しでも使える魔法を研究しているらしい。
その成果の一つが、僕の命を救った魔法だという。
実験する機会を、アルトはずっと待っていたらしい。
つまり、死体が手に入るのを待っていたというのだ。
「程よく傷ついてて、回復力も確認できるなって、色々ちょうど良くって」
「いろいろ、ちょうどよかった」
彼の言葉を繰り返してみる。
なんだろう、物凄くしょっぱい気持ちになってきた。
「えっと、詳しい術式とかは教えられません。
ただ、知り合いの吸血鬼や夢魔の人達の同族化や食事方法からヒントを得て、開発しました」
簡単に言ってくれるなぁ。
いくら、ヒントを得たからってそこから新しい魔法開発までには本来莫大な資金と時間がかかるはずだ。
通常、資金は国から援助を受けなければ生活すらままならないはずだ。
冒険者ギルドで最高ランクのクエストを受け、その成功報酬を使うとしても、全て研究費に突っ込める訳では無い。
諸経費と税金である程度消えてしまう。
そこからさらに生活費諸々がかかってくるからだ。
うまく切り詰めて研究費に充てているのだろうが、しかしそれでもこうも簡単に口にされると苦笑しか出てこない。
僕は気になっていることについて質問した。
「ちなみに口移しだったのは、なんで??」
「へ??」
アルトは心底意外そうに僕を見た。
「いや、だって傷口舐めるわけにはいかないじゃないですか。
感染症とか怖いですし」
そっちかー。
いや、うん、特別な意味なんてないとは薄々わかってたけど。
怖いしね、感染症。
理論上は傷口を舐めても同じことができるらしい。
と、アルトは続けた。
僕はさらに質問を重ねる。
「今まで、この魔法を使ったことは?」
「無いですよ。
今回が初めてです」
その言葉をきいて、僕はホッと胸を撫で下ろす。
「この魔法は、己の寿命を削り取って他者に譲渡するものだ。
君自身に体調不良は出てないのかい?」
「少しダルいくらいでしたね。
今は回復しましたよ」
それでも僕を背負って開拓村まで行ったのだ。
……体力お化けかな、この子。
「それなら良かった」
本当によかった。
たとえ実験台にされたと知っても、彼の命を、寿命を削ってしまったことに変わりはなかったから。
そこからは、彼への礼のひとつとして用意していた食事となった。
意外なことに、彼はテーブルマナーを知っていた。
それだけではない。
この国だけではなく、他国の文化についてもくわしく教養もあるらしいことがわかった。
そのことを訊ねると、
「あちこち旅をしてきたので」
見識を広めるために、ほんとうにあちこち行ってきたのだ、と楽しげに話してくれた。
魔力無しでも使える魔法も、遠い異国でそのヒントを得たと語った。
その語る様が、本当に楽しそうでいつまでも聞いていたいと思った。
食事と会話でアルトの気も少し緩んだらしかった。
頃合を見て、僕は本題を切り出した。
「それで、今日ここへ君を呼んだ理由だけど、」
「……へ?」
「命を救ってくれた礼も兼ねてはいる。
でも、本題は別なんだ」
「あぁ、お仕事の話ですか?」
「良かった、覚えててくれて」
「それで、お仕事って?」
純粋な疑問をぶつけられる。
僕はニコニコと笑みを浮かべながら、言った。
「僕と結婚してほしい」
アルトの目が点になった。