考察厨
テナーはクリスタルの魔法術式を、解析。
そして、解除していく。
魔眼保持者でもなんでもない、元々は先天性の魔力無しだったのに、その手際は熟練者のものである。
(才能、あったんだなぁ)
と、アルトは引きこもったクリスタルの中でぼんやりと考えた。
元々、魔法の才能があったのに努力すらすることも許されなかった弟。
その弟に、自分の一番大事なものを譲らなければならなかったのは、正直屈辱だった。
自分のものなのに、なにもかも、自分のものにならない。
それがたまらなく嫌で、なんとかその未来を避けようとした。
命を削って魔力に変換する方法も、最初は弟のためになんとか魔力無しでも魔法を使えるようにするために開発したものだった。
でも、こんなもの使い物にはならない。
魔法を使うために弟の命を削らせることはできない。
だから、封印した。
別の方法を研究した。
でも、間に合わなかった。
アルトは、大好きな魔法を使うために必要な魔核を、弟に捧げることになってしまった。
そうして、死ぬ運命は避けられなかった。
でも、逆にこれはチャンスだと思った。
新しい人生を始めるチャンスだと、そう考えたのだ。
あの日。
自分の魔核が弟に移植された日。
移植の日は唐突に決まった。
アルトも、弟も、そしてセナすら教えられていなかった。
いきなり、当時の当主、つまり父親からの遣いがアルトのところへやってきて、強引に移植する場へ連行されたのだ。
そこで、一世一代の賭けに出た。
自分の命を削って、幻術を発動。
関係者の記憶を改ざんした。
移植のため、眠っていた弟にはアルト自身が魔核を移植した。
提供者が生きたまま移植する方法でも、それは第三者がいて初めて出来ることとされていた。
しかし、アルトは一人でやってのけた。
そして、逃げたのだ。
もちろん、逃げるのも魔法を使った。
使役魔法と呼ばれる、現代では禁忌とされている魔法を使った。
関係者全員をこれで使役し、自分の簡素な葬式まで手配させた。
そして逃げおおせることに成功した。
まさか、誰も操られているとは微塵も疑わなかった。
そうして、やっと自由を手に入れたのだ。
お陰で一番の宝物を失ってしまったけれど。
けれどその一件で、アルトのタガが外れることとなってしまった。
命さえあれば、魔法は使える、と。
本人はそうと気づいていなかったが、ある種の暴走状態だったアルトを止め、受け入れたのが、そうと知らず彼が助けたニクスである。
(助け、来ないなー)
このままでは、クリスタルは本当に解除されてしまう。
そうなったら、元々これでもかと身動きが取れない状態だったことに加えて、さらに逃げるのが難しくなってしまう。
身の危険を感じたのはそうだった。
テナーに体を触れられ、魔力を流し込まれた時、今まで感じたことの無い嫌悪で全身がぞわりとした。
嘘をついたこと。
死んだフリをしたことに対する、嫌がらせにしてはこれはやり過ぎだろうと思った。
自分のためについた嘘。
そのことに罪悪感は微塵もない。
あるのは、
(ニクスさん)
彼以外に体に触れられた、罪悪感だ。
心底、嫌だと思った。
ニクスのものだという、恥ずかしさすら感じていた印を消されるのも、彼以外に触れられ、体を無理やり暴かれたようになるのも。
なにもかも嫌だと、死ぬ気で抵抗した。
そうして、なんとか時間稼ぎのためにこうしてクリスタルに引きこもることに成功した。
けれど、それもいつまでもつかわからない。
最悪の末路を考えてしまう。
このままニクスのもとに戻れない可能性だ。
ニクスははじめて、居場所をくれた人だった。
奪わず、受け入れ、はじめてアルト自身をみて、存在を尊重してくれた人だった。
(こんなことになるのなら、もっとたくさん、もっとはやく、ニクスさんと仲良くなってたらよかったな)
拒絶することなく、素直にニクスの好意を受け入れていればもっと彼といる時間を、たくさん大切に過ごせたのに。
アルトが生きていてくれるなら、それだけでいい、と生まれてはじめて言葉で伝えてくれた人だった。
けれど、アルトはそれを信じ切ることができなかった。
だから、体は許せても心までは本当に許すことができなかったのだ。
でも、やっとニクスには心までゆるし、ゆだねてもいいかなと思えたのだ。
(もう、会えないんだろうか)
会いたいな、と思った。
ただ、会いたいと思った。
会って、また、抱きしめてほしいなとそう思った。
彼の腕のなかは暖かくて、ほっとするのだ。
彼は、このことを知ったら怒るだろうか。
きっと怒る。
特定班の書き込みから察するに、アルトを閉じ込めるくらいするだろう。
でも、それでもいいと思った。
ニクスになら、なにをされてもいいと、もう覚悟もきまっているのだ。
これが惚れた弱みである。
自由は好きだ。
その自由を、次奪われるならニクスが良かった。
やがて、クリスタルの解除がおわる。
同時に、衝撃が襲ってきた。
破砕音、怒号。
弟と聞いた事のない声の怒鳴り合い。
アルトは自分の体が、シーツかなにかに包まれ、持ち上げられたことがわかった。
うっすら、自分を抱き上げた人物を見た。
知らない人だ。
紺青の髪に、端正な顔立ちをした青年だ。
「はじめまして、僕は考察厨だよ。
たすけにきた、わかるよね?」
優しく、どこかニクスさんに似た雰囲気の青年だ。
アルトは掲示板でのやりとりを思い出し、コクリと頷いてみせる。
「何者だ、お前?!」
テナーの声には、しかし青年は答えず。
さっさとその場からアルトを抱えて、屋根伝いに走り去った。
テナーは、すぐに追いかけようとした。
しかし、魔法無力化の術式が展開していることに気づく。
兄ではない。
あの青年のものだ。
しかも、この効果はしばらく続きそうである。
しかも解除するより、効果が消えるのを待つのが早いときている。
テナーはその場でただ立ち尽くすしかなかった。
そのドタバタ劇を見ている者がいた。
セナである。
彼は、墓を暴いてからは後手にまわっていた。
組織力のあるテナーの方が先にアルトをみつけていたのは、その差だった。
セナは、アルトを連れ去った青年へ憎しみのこもった瞳を向けると、後を追うために走り出した。