裏切りの光景
月明かりの下、その音は響いていた。
土を掘り返す音だ。
ざく、ざく、と音が響いている。
墓石にはそこで眠る者の名前が刻まれている。
【アルトゥス・アリステア】
アリステア家始まって以来の天才と呼ばれた、少年の墓だ。
墓を掘り返している者は、アルトたちを襲撃した男である。
今は覆面を外しているので、その容姿がよく見えた。
十代後半から二十代前半ほどの青年である。
やがて、彼は棺を掘り当てた。
かつて野垂れ死に寸前だった彼を救い、傍に置いてくれた少年が眠る棺だ。
ごくり、と唾をのむ。
そんなわけない、という思いと、でも、という考えがぐちゃまぜになった緊張から、口の中はすでにカラカラと乾いている。
――セナ――
脳裏に、青年の名前を呼ぶアルトゥスの声と顔がよみがえる。
生きているはずがない。
「そう。死んだんだ。
死んだはずなんだ」
信じたかった。
もう、どこにもアルトゥスはいないのだと。
運命に抗わず、受け入れ、そして死んだのだと信じたかった。
しかし、セナの頭に先日の光景がフラッシュバックする。
仕事で殺すよう指示されたターゲット。
そのターゲットの、おそらく護衛だろう冒険者の少年。
あの少年は、アルトゥスに瓜二つだった。
信じたかった。
アルトゥスの死を。
死んで欲しくなんてなかった。
代われるものならかわりたかった。
それが出来ないのなら、せめて最後まで共にありたかった。
けれど、それは叶わなかった。
セナを道ずれにすることを、アルトゥスは望まなかった。
セナは優秀な護衛だった。
けれど、アルトゥスの死後、次の主となったテナーには反抗的だった。
テナーの中にアルトゥスの魔核があると考えるだけで吐き気を覚えた。
奪うだけ奪って、用済みになったらまさにゴミのように廃棄された、かつての主、アルトゥス。
その主の魔力を嫌々ながらも己の身に宿している、テナー。
何度テナーを、この手で殺そうとしたかわからない。
テナーを殺して、彼の中に移植されているアルトゥスの魔核を奪い返そうとなんど考えたか。
アルトゥスが死んでから、今までの事を思い返す。
思い返しながら、棺の蓋を打ち付けてある釘を抜いていく。
やがて、すべての釘を抜き終えてセナは棺の蓋を開けた。
数瞬の間。
「は、はははは」
やがて乾いた小さな笑いが、セナの口から漏れ出る。
それは次第に大きくなっていく。
「アハハハハハハ!!!!」
月が、暴かれた棺を照らし出す。
棺の中には、ぎっしりと石が敷き詰められていた。
それを見て、視界が歪んだ。
セナは哄笑した。
同時に涙が溢れ、流れた。
セナの目が嬉しさとともに狂気に染まっていく。
彼の中で、信じていた何かが粉々に砕け散ってしまったのだ。
「生きてるんじゃないか。
生きてたんじゃないか。
アルト!!」
怒りも混じっていた。
裏切られ、欺かれ、騙され続けていたことに対する怒りだ。
セナは、暴いた墓はそのままにして歩き出した。
あの少年を見つけなければ。
アルトゥスだろう、あの少年を見つけて、そして――。
「今度は、さいごまで、ずっと一緒にいてやるよ」
閉じ込めるのだ。
大切に閉じ込めて、今度は誰にも奪わせない。
ぜったいに、奪わせてなるものか。