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女学生に助けられた話

僕は、死んだ。

バッサリと身体を剣で叩き切られて、死んだ。

殺されたのだ。

兄弟姉妹か、従兄弟か。

はたまたそれ以外の身内が差し向けた殺し屋によって殺された。

意識が遠のいて、暗転。

そうして、死んだはずだった。


覚醒。

意識が浮上したことに気づく。


そして、なにか柔らかいものが口にあてられていることにも気づいた。

呻いて、重い瞼を開けようとする。

しかし、なかなか思うように開いてくれなかった。


それでものろのろと、瞼を開く。


映ったのは見知らぬ女学生だ。

真っ黒い、短く少し乱雑に切られた髪。

海兵隊が着ている服。

それを模した学生服。

その女学生が、僕と唇を重ねていた。

途端に気づく。

女学生がいったいなにをしているのか?

それに気づいてしまった。


彼女は、僕に命を分け与えていた。


やめろ、と言おうとする。

けれど体は、動いてくれない。


しかし、この瞬間にも彼女の命が僕の中に流れ込んでくる。


誰だ。

この子は、誰だ??

なぜ、こんなことをしている?


なぜ、彼女は自身の生命力を削ってまで僕に与えているのだ?


見知らぬ少女だ。


やがて、彼女は僕から唇を離す。

その時、彼女と目が合った。

彼女の真っ黒な瞳に僕が映る。


肩から斬られたはずの傷が消えている。


驚いて体を動かそうとする。

けれども、全く動かせなかった。


「……っうぅ」


呻き声しか出ない。

彼女は、そんな僕の呻き声に微笑んだ。

まるで救いの女神のように、その微笑みが美しく見えた。


――君は、だれだ?――


そう問いたいのに、声が出ない。

代わりに出たのはやはり呻き声だった。

情けない。

本当に、情けない。


これでも、次期魔王候補筆頭といわれているというのに、このザマである。


彼女は気にした様子もなく、今度は器用に僕を背負う。

あれだけの生命力を僕に渡してなお動けるなんて。

彼女は、歩きだした。

軽い足取りで、ちっともふらつかない。

その歩みによる揺れと、彼女の体温が心地いい。

やがて、また僕の意識は沈んでいった。


目を覚ますと、とある開拓村の村長の家で寝かされていた。

あの女学生の姿はなかった。


僕が目覚めたことに気づいた村長が、色々説明してくれた。

説明によると、僕は森で死にかけており、そこをたまたま通りがかった冒険者に助けられたらしい。

詳しくたずねると、何故か女学生のような格好をしていたことがわかった。


どうやら、僕は彼女に助けられたらしい。

それも、彼女は自分の生命力を魔力に変換するという、理論上の方法を使って、僕の命を救ってくれたのだ。


彼女がどこにいるか、さらに訊ねる。

しかし、すでに彼女は村を去っていた。


すぐに彼女を捜した。


けれども、八方手を尽くしても彼女は見つからなかった。



「捜し方が悪いのか?」


執務室で、ポツリと呟く。

それに応えたのは、幼なじみであり側近の青年だ。


「ニクス王子」


どこか呆れを含んだ声で、彼――ディーは僕の名前を口にした。


「これだけ捜しても見つからないんです。

貴方の見た幻覚だったのでは??」


「そんなことはない」


「でも、考えてごらんなさい。

どこの世界に学生服のままクエストを受ける冒険者がいるんですか。

加えて、自分の命を魔力に変換して助けるような、そんなもの好きなんていませんよ。

仮に、死にかけていたのが恋人とか親とかならわかりますよ?

でも、王子とその少女はその時が初対面だったのでしょう?」


初対面、つまり見ず知らずの相手に命を分け与えるなど普通はしない。

そもそも、そんな魔法技術など開発されていない。

夢物語の技術だ。


わかっている。

そんなことは、十分にわかっている。

けれど、あの時寝かされていた家の主も、僕を助けたのは制服を着た女学生だったと言っているのだ。

そのことを口にすると、ディーは頭痛を抑えるように返してくる。


「百歩譲って、制服姿の女学生がいたのは認めます。

王子以外にも目撃証言があるのですから。

けれど、さすがに口づけをされて生き返った、というのは信じられません」


「なら、なんで僕は生きている?」


「ポーションで運良く回復したんだと思いますよ」


たしかに、そう考えるのが普通だ。

しかし……。


思い出すのは、あの柔らかい感触と僕を背負った時の少女の体温だ。

アレが幻覚だった?

とてもそうは思えない。


「なにもその女学生の存在を、王子を助けてくれた者の存在まで否定はしていません。

事実、王子を襲った者は見つかっていませんが、あの時、貴方が着ていた衣服、装備は破損していましたから。

けれども、その女学生が行った方法はあまりに現実離れしすぎてます。

おとぎ話じゃあるまいし」


まさに、接吻して死者を蘇生させるなどふ、おとぎ話だ。


「だけど魔核の移植方法はあるだろ」


「アレはまた方法が異なります」


魔核。

生き物ならほぼ全ての者がその体に宿す、魔力の源である。

死亡すると、水晶のような形として遺る。

それを先天的、あるいは後天的に魔力を失った者に移植する技術なら存在する。

最近は生きている者から魔核を取り出し、移植する方法も開発されたという。

しかし、その方法とあの少女がおこなった方法は全くの別物である。

そんなことはわかっている。


少女がやったのは、魔核の移植ではない。

己の生命力、命、寿命と呼ばれるものを譲渡したのだ。

魔核ありきの移植方法とは違う。


「……その少女は王子の命の恩人です。

私としても、是非ともお礼を言いたいですが、見つからないのではどうにも。

それに、蘇生のことが本当なら王子の伴侶としても申し分ないとはおもいます。

ですが、やはり信じられないですよ」


魔族の王族の結婚相手は、同等かそれ以上の強さを持つ者を選ぶのが暗黙の了解である。

魔族を引っ張っていくためにも、そして強い次世代を産むためにも、伴侶となるものは相応の者を選ぶことになる。


幸か不幸か、僕にはまだそんな相手はいなかった。

だからだろう。

側近たちは、僕にもそろそろ伴侶候補となる恋人を作ってほしいらしい。


名前も声も知らない、僕の命の恩人の顔が浮かぶ。

気づけば彼女のことばかり考えてしまう。

彼女とそういう関係になれたら幸せだろうに。


「……いっそのこと、今回のことを公表すべきだろうか」


ディーが顔色を変えた。

公表に反対なのだ。

なぜなら、僕は魔族の王子で、その中でも次期魔王候補筆頭とされてしまっている。

つまりそれだけの強さがある、と認識されているのだ。


魔族にとって強さとはとても大事なものだ。


しかし、ここで何処の馬の骨ともしらない殺し屋に殺されかけた、ということが知られれば信用諸々が地に落ちる。

しかし、それでもいいかな、と考える自分がいた。


僕はあの時、たしかに1度死んだのだ。

けれど僕に命を吹き込んでくれた存在がいる。

それだけはたしかだ。

ディーをはじめ、どんなに他の人から否定されようと、それは紛れもない事実である。

せめて彼女の行ったことが証明出来れば、とつい考えてしまう。


それが出来れば


その時だった。

ある考えが脳内で閃いた。


「……あ、そうか、調べればいいんだ」


なんでこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。


――――――――




――――




――……


「あー、はいはい、なるほどなるほど」


と、城で働いている魔眼保持者は呟くように言葉を漏らす。

事情を説明した上で、僕を鑑定して貰っている最中である。

魔眼とは鑑定眼の一種で、上位に位置するものだ。


「うん、たしかに他の人の気配、いや、魂が混じっちゃってるねぇ。

残滓だけど。

動物や魔物の肉を食べるとこういうことはよくあるけど。

王子様、まさか人肉なんて食べたりしてませんよね?」


悪い冗談である。

僕は頬を引き攣らせつつも、なんとか笑うことが出来た。


「まさか」


「じゃあ、性的接触はしました?」


わりと明け透けにあれこれと聞かれる。

性的接触に関しては、避妊具を使用せずに行為をした場合にも同じように少しだけだが魂の残滓を取り込むことがあるのだという。

初めて知った。


僕は顔を左右に振る。

思い出すのは、あの接吻くらいしかない。

しかし、まさかキスをしたら子供ができるなどということはない。

キスはキスでしかなく、性行為とは違う。

けれども、気になったので聞いてみた。


「キスは性的接触になるのかな?」


「それ、本気で聞いてます?」


「ちょっと気になったから」


「そうですねぇ」


魔眼保持者は、難しそうにしている。

やがて、答えてくれた。


「そういう行為をする時に、口を使った場合は魂が混ざることもありますよ。

でも、王子が言っているのは普通のキスのことですよね?

愛情表現のひとつ。

ただ唇を重ねたり、頬にするだけのキスですよね?」


僕は頷いた。

意味合いとしては、前者を想定して聞いたのだ。


「なら、ありえないですね。

それで、魂の残滓が混ざるなんて見たことないです」


「でも、僕の体には他の誰かの魂が混じってる、と」


「えぇ。

王子としては、その魂の残滓と己が生き返ったことになにか繋がりがあるのでは、ということが聞きたいんですよね?」


もう一度、頷いてみせる。


「なら、その予想は大当たりです。

くわしく鑑定してみたところ、その残滓がいまでもお仕事中なんですよ」


「というと?」


「王子は殺された時に、魂と魔核も破壊されました。

その形跡が鑑定でもでました。

本来なら修復不可能なほどに、王子の魂と魔核は壊されていたようなんです。

けれど、王子の中にある魂の残滓はそれを修復しているんです。

修復が終われば消えますね。

凄いですよ、この術式は。

いったい誰がこんなことを思いついたのか。

思いついても、実行するなんてねぇ。

ただただ凄い、としか言えないです」


そこで、魔眼保持者は僕の顔を見据えて続けた。


「だってこれ、命を文字通り削ってますもん。

王子のことを王子として知っていても、二の足は踏むでしょ。

自分の命を文字通り分け与えるなんて、正気の沙汰じゃない。

死期が近づくだけですからね。

勇気ある行動だとおもいますよ」


勇気と、ある種の精神的な強さあってこその行動だろう。


「でも、早いところ恩人の少女は保護した方がいいですね」


魔眼保持者は真剣な声音で言ってくる。


「王子みたいな怪我した冒険者を見つける度にこんなことやってたら、身が持ちませんよ。

10代半ばの女の子ってことでしたけど、もしも頻繁にこんなことをして人を助けてるんだとしたら、どこまで寿命が残っているか」


その言葉に、肝が冷えた。


僕はこの鑑定結果を側近たちに突きつけた。

文句を言わせないためである。

己の命を削ってまで僕の命を救ってくれた者が存在する。

その勇気と強さは、鑑定で証明された。

側近たちは、ディーを含め全員が彼女の存在を認めたのである。

僕は早速、記者会見を行い彼女の情報を募ったのだった。


それでも、彼女を見つけることは出来なかった。

名乗り出てくることすら無いのだ。


「いったいどうなってるんだ」


「冒険者だから、すでに他の国へ冒険の旅へ出かけたとかですかね?」


ディーが首を傾げつつ言ってくる。

その可能性は高い。

しかし、だったらそれっぽい冒険者の情報が入ってきてもいいはずだ。

すでにやれることはやった。

それでも見つからない。


「王子の初動がまちがっていたとか?」


「え?」


「ちゃんと確認してませんでしたけど。

王子は最初、お独りでその少女を捜していましたよね?

どうやって捜しましたか?」


「冒険者ギルドの受付に聞き込みをしたんだ。

あの日、あの森で討伐クエストを受けた女性冒険者を捜している、と説明して」


「受付の方はなんと説明しましたか?」


「森は広いから、何組かのパーティとソロ活動をしている冒険者数人がクエストを受注したと聞いた。

女性冒険者がいたのはパーティの方だけで、ソロ活動をしている冒険者は全員男性ということだった。

だから、そのパーティの方を紹介してもらって実際会ってきた」


「でもその中にはいなかったんですね。

なら、かんがえられるのは二つ。

一つは、少女はクエストを受けずにあの場所にいた。

なぜ居たのかは不明ですが。

二つ目、ソロ活動をしていた男性冒険者たちの中に少女がいた。

この場合、性別を偽っているということになりますが。

なぜ、そのようなことをしているのかはやはり不明ですね」


まぁ、普通に考えられるのはそんなところだろう。


「しかし、男性冒険者が女学生の格好をする、というのも、なんというか考えにくいんですよねぇ」


言葉を選んでいるのが丸わかりである。


「なにかの罰ゲームでそういう遊びをしていた、とも考えられなくはないですが。

場合によっては命を落としかねないクエストで、そんなことをするとも思えないですし」


「…………」


正体を隠しつつ、冒険者としてそれなりに活動してきた。

けれど、女装遊びをする者なんていなかった。


「別方向でさがすとなると、あとは制服がどこの学校のものか調べるくらいしかできませんが」


僕は深いため息を吐き出して、ディーの言葉に応える。


「とっくに調べたよ。

でも、冒険者を育てる学校に確認してみたけれど、どの学校も海兵隊の服を模した制服は採用してなかった」


どん詰まりである。

しかし、ディーは事も無げに言ってきた。


「それなら、もう一度最初から調べ直してみましょう」


「調べなおしか」


どん詰まりなら仕方ない。

気ばかり焦ってしまう。

もしかしたらすでにこの世にいないかもしれない。

そんな最悪なことまで考えてしまう。


そうして、改めて調べ直してみた。

すると一人だけ、性別こそ違うものの捜している少女と同じ年頃の冒険者を見つけることが出来たのである。

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コレは恋落ちやむなし
セーラー服が女学生の服として認識されてる世界なんだ
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