友人の異母兄と旅してる件
アンは、すぐに戻ってきた。
「留守だった??」
アンの報告によると、アルトはあの部屋にいなかったそうだ。
どこかで外食しているのだろうか?
それで帰りが遅くなってる?
少なくとも、今日は一日休みにすると言っていた。
それなのに……。
冒険者ギルドから急ぎの仕事でも頼まれたのだろうか?
その可能性は大いにあった。
以前にもこういうことはあったからだ。
冒険者ギルドの方へ確認してみようか、と考えた時だった。
こちらの兄上の遺体の搜索を命じていた隠密部隊が、戻ってきた。
「無い?」
思わず、声に出てしまう。
どこの安置所、教会、病院にも兄上のものらしき遺体は無かったとのことだ。
ここにさらに、他国の密偵からの報告が入った。
どうやら密偵の雇い主は、僕にも報告をするよう義務付けているらしい。
それによると、兄上の生存が確認されたというのだ。
「本当か?」
密偵の報告によれば、どうやらとある冒険者が彼を助けた、ということだった。
そして、その冒険者とは報告を聞く限り、アルトらしいことがわかった。
今はアルトを護衛に雇って、旅立ったらしい。
兄上は死を偽装していた、というのが密偵の解釈であった。
たしかにそう考えるのが普通だ。
死んだ後に蘇生できる技術は、現代では研究されてはいるものの誰も開発に成功していない。
そんなものは、夢物語の技術なのだ。
けれど僕は知っている。
その魔法が存在することを。
たしかにその魔法で、僕は蘇生させられたのだから。
いまだに側近たちや、部下の魔眼保持者ですらアルトが使ったあの魔法を、蘇生魔法だとは信じていない。
瀕死だった僕に、命を分け与えることで回復させた、回復魔法、あるいは治癒魔法だと考えているのだ。
己の命を削ることを厭わなかった勇気と強さを、魔眼保持者が保証したからこそ、側近達はアルトを受け入れた。
本当なら、囲って閉じ込めておくのが正しいのだろう。
でも、彼はそれを望まないから。
無理やりにでも、それをすることは可能だ。
けれどそんなことをしてしまったら、彼は僕を嫌うだろう。
それだけは避けたい。
僕は彼に嫌われたくはないのだ。
「その冒険者のことは、よく知っている。
Sランク冒険者だ。
腕はたしかだよ」
密偵にアルトの実力について説明する。
魔力の有無については、どうせ調べて知っているだろう。
僕の時もアルトは暗殺者を倒している。
だから、なにも心配することはない。
アルトは兄上をしっかり護衛して、そしてここに、僕のところに帰ってきてくれる。
その時に、色々話を聞こうと、そうおもった。
※※※
「あのさ、悪いことは言わないから。
弟とは、別れな?」
「またその話ですか」
乗りあい馬車を降り、次の停留所がある街まで徒歩で移動している途中。
もう何度目かの話題を振られ、俺はあきれていた。
「いやいやだって、やっぱり良くないよ。
君みたいないい子が、そうやって利用されるのはさ」
「利用されているとはおもってませんよ」
そう答える度に、エレヴォスさんはなんとも言えない表情になる。
「いや、でもさー、あの凄いポーションのこともあるし」
凄いポーションのこと、というのはあの蘇生魔法の隠語だ。
いつの間にか、俺とエレヴォスさんの間ではそういう隠語になっていた。
俺は周囲を見る。
街道には俺たちしかいなかった。
ほかに人の気配もない。
「……腹割って話しましょうか、エレヴォスさん?」
俺は、そう切り出した。
「なんでニクスさんと俺を、そんなに別れさせたいんですか??」
「君が可哀想だから」
「はい??」
「君はさ、自分のことも顧みず俺を助けてくれただろう。
そのことには感謝してる。
で、色々ここまで話してきた内容から察するに、弟にも同じことをして助けてくれた。
そして、それが切っ掛けになって弟は君に好意を抱いて、結果的にいまの関係となったわけだ。
その弟の好意が、君を心から好いているものだと断言できるかい?」
「そうなんじゃないですか」
抱かれる度に、俺は彼から愛を囁かれる。
なんなら先日はマーキングから、暴走染みた抱かれ方をされた。
けれど乱暴にされたことは一度もない。
「君は君が思っているより、価値がある。
弟はその価値の方に惚れ込んでいる、とは考えたことはない??」
「ありますよ」
俺自身にではなく、俺が持ってる魔法技術の方に彼が価値を置き、それ故に体の関係をもって、愛を囁いている可能性。
そんなこと、とうに考えた。
そして、それでいいとも思っている。
首に触れる。
今は包帯で隠したそこには、彼のつけた印がある。
「だったら、なんで??」
何故、割り切っているのか。
何故、弟と一緒にいるのか。
そんな疑問を含んだ問い。
「ほら、よく言うじゃないですか。
惚れた方が負けだって」
たしかに好意を持ったのはニクスさんが先だった。
その好意を、彼はそこまで押し付けてこなかった。
今にして思えばかなり我慢していたのだと思う。
人間の俺に合わせていたのだと、今ならわかる。
――それに。
初めて彼に抱かれた日のことを思い出す
俺が術式の欠陥によって死にかけた、あの日。
あの時ニクスさんは、本当に俺が欲しいんだな、とわかった。
改良して安全性は高まったとはいっても、それでも自分の命を削るということは変わり無かった。
それでも俺を助けたい、とニクスさんは懇願した。
『君を失いたくない。だから、お願いだ。
僕に君を救わせてくれ』
彼はそう懇願して、その様は縋りついてくるようだった。
でも俺は、それを最初突っぱねた。
『貴方がほしいのは俺じゃなくて、あの魔法でしょう?
改良したものを手に入れたんです。
もう、俺は用済みでしょう。
放っておいて下さい』
もちろん、死にたくはなかった。
でも、これ以上誰かに縛られて生きるのは嫌だった。
彼はいい人だ。
善人だ。
だから、彼が本当に欲しがっているだろう物を、現代ではまだ誰も開発に成功していないあの魔法を教えるから、このまま終わらせてほしいと頼んだ。
そしたら、怒られた。
『魔法なんかどうでもいい!!
僕は君が好きなんだ。
君を愛してしまったんだ。
頼むから、生きてくれ。
これで君が生きてくれるなら、それでいい。
金輪際、僕は君とは関わらない。
指一本触れたりしない。
君に嫌われてもいい。
それでいいから、僕は君に生きていてほしいんだ』
小さな駄々っ子みたいに泣いて、抱きしめられた。
『逝かないでくれ、頼む』
こんなに、面と向かって生きててほしいと、死なないでほしいと、そう言われたのは初めてだった。
そこに絆された。
そして、抱かれたのだ。
はじめて、愛されたのだ。
あんなに人肌が温かいのだと、初めて知った。
「君は、弟のことが好きなのか?」
「ええ」
「……弟がどう思っていても、かい?」
「えぇ、はい。
彼が俺に対して飽きるまでは、一緒にいようとおもってます」
まぁ、あの調子だと一緒の墓に入ることになりそうだけど。
「それに、エレヴォスさんが思うほど、貴方の弟は冷たくないですよ」
「……わかった。
それなら尚更、関係をちゃんとしないとダメだ」
「こだわりますねぇ」
「だって君、指輪すら貰ってないんだろう??」
あぁ、そういえば、世の中の恋人たちは自分には相手がいるという目印も兼ねて指輪をつけているんだったか。
そういや昔、冗談まじりでくれると言った奴がいたっけ。
こっちも断ったけど。
そういや、あいつどうしてるかなぁ。
「打診されましたけど、ことわりました。
落としたら嫌だし、戦闘になったとき人でもモンスターでもぶん殴るので。
邪魔だし汚したくなかったので」
これは本当だ。
指輪については、実は何度か打診されたし、なんならそういう店に連れていかれそうになった。
本気で嫌がってから、先日までその話は出なかった。
そういえば、まだこの人には言ってなかったな。
「でも、今度婚約指輪買ってくれるみたいなので」
「へ?」
「あー、たしかに友達関係ではあったんですけど。
えーと、まぁ、色々ありまして。
婚約することになったんです」
その切っ掛けが目の前にいるが、さすがに言えなかった。
「え、じゃあ、え??
俺の心配って??」
「取り越し苦労ってやつですね。
大丈夫ですよ、エレヴォスさんが思ってるより、俺たち仲はいいですから」
それを聞いて、エレヴォスさんは目に見えて安心したようだった。
そこから俺たちはさらに打ち解けた。
で、話の流れでクソどうでもいい衝撃的なことが判明する。
「え?」
「え??」
「「スレ民??!!」」
お互いがお互いを指さして、叫ぶ。
打ち解けるどころの騒ぎじゃなく、盛り上がってしまった。