友人の異母兄に雇われた件
情報が錯綜している今のうちに、さっさと関所に向かう事にした。
エレヴォスさんの護衛は、俺一人である。
せめて回復魔法を使える魔法使いと、もう1人剣士が居てくれたらな、間の悪いことにエレヴォスさんの要望にかなう冒険者がいなかった。
こればかりは仕方ない。
そのため、準備だけは万全に、そして手早く済ませた。
「弟に仕事のこと伝えなくて大丈夫??」
エレヴォスさんはそう聞いてきた。
いつの間にか口調が砕けている。
「冒険者ギルドの受付さんに伝言残しておいたんで、そのうち聞くと思いますよ」
「いや、そうだけどそうじゃなくて。
せめて置き手紙とか」
「大丈夫ですよ。
今までも、俺だけ数日家を留守にすることって多かったですから」
帰っていなければ、冒険者ギルドの仕事で留守にしているだろうことはすぐに察しがつくはずだ。
「それなら、いいけど」
なんかものすごく微妙な顔をされる。
「それじゃ、出発しましょう」
そうして俺たちは乗り合い馬車の停留所へ向かった。
目的の関所まで、馬車を乗り継いでも数日かかる。
道中、なにも起こらないことを祈るしかない。
でも、無理だろうなぁ。
情報って基本漏れるものだし。
途中でなにか対策しないとなー。
※※※
王宮で、僕は慕っていた兄の左手首と対面した。
それは僕たちの母親のもとに届けられ、彼女によってこのことが公表された。
一番邪魔な継子が死んで喜んでいたのは、母親だ。
反吐が出る。
おそらく、彼女が兄上を……。
そう考えたくもなる。
母は兄上のことを心底嫌っていた。
父が母に想いを寄せないから。
父は、亡くなった先妻のことを、今でも深く深く愛しているのだ。
母が父に嫁いだのは、次の魔王候補をとにかくたくさん産むためだった。
子供の数は多ければ多いほど、強い者が産まれてくるからだ。
そしてさらにその子供たちを争わせ、真に強い魔王を決めるのだ。
左手首を見る。
魔法で処理をしているので、腐敗こそしていないが見て気持ちのいいものではない。
冒険者として活動しているから、見慣れてはいる。
しかし、見慣れているということと、切り取られた人体の1部を見て、なにも感じないということはないのだ。
「これは、本当に兄上のものなのか??」
もしかしたら、別の誰かのものという、淡い可能性にすがりたくなる。
でも、それは有り得ないとわかっている。
これは王宮に仕える鑑定眼保持者達が鑑定したのだ。
そして、全員が全員、これは長兄であり、地方に追いやられてしまったエレヴォス兄上のものだと断言したのである。
兄弟の誰よりも王の器があるだろう、兄上。
けれど、僕たちの母親に嫌われ、ついには王宮を追放されてしまった兄上。
兄上自身はそのことを喜んでいたが。
追放が決定した日、お忍びで街に繰り出して、訪れた酒場。
そこにたまたま居合わせた者達にも、お祝いだからと奢りまくるくらい浮かれていたくらいだ。
本当に追放を喜んでいたのだ。
変わり者だった。
鑑定眼保持者の中には、僕の部下でもある魔眼保持者も含まれていた。
彼は、この左手首が切り取られた前後の記憶を視ることが出来る。
それによると、たしかにエレヴォス兄上は殺害されたというのだ。
それも、この王都で。
「左手首を切り取られたあと、心臓を剣で一突きにされてました。
だいぶ抵抗したようですが、多勢に無勢で為す術がなかったようです」
離宮に場所を変え、魔眼保持者を呼び出して直に話を聞くことにした。
「それじゃ、遺体は?
ほかの部分はどこにある??」
「わかりません。
ただ、暗殺者達が立ち去る寸前に、騒ぎを聞きつけたのか遠くでランタンを持った人物がやってくるのが視えました。
でも、暗がりで顔までは」
「なるほど」
おそらく、兄上の遺体は身元不明者として回収されたはずだ。
それに兄上は一般人と同じ格好をしていたらしい。
ただの強盗事件となると、詳しい捜査はされないだろう。
とにかく、兄上の遺体を見つけださなければ。
見つけて、墓をつくってやらなければ。
このような末路、あの人にはふさわしくない。
しかし何故、兄上は王都にいたのだろう??
追放された身だ。
近寄ることはできないはず。
でも、いた。
詳しい記憶を視ることはできなかったらしいが、最後にたしかに王都にいた、ということはわかった。
お忍びで王都に戻っていた?
でも、何故??
その疑問は、その日の夜に解消した。
他国の密偵が、僕に接触してきたのだ。
それは兄上と懇意にしていた人物からの使者でもあった。
密偵は、手紙を運んできたのだ。
手紙の内容は、兄上が他国へ脱出することと、その手伝いとして手紙の送り主が関わっていることが書かれていた。
おそらく、僕のことを気遣ってこの手紙の主はわざわざ知らせてくれたのだろう。
密偵は、兄上の現状についてはすでに調べていた。
しかし、彼らでも兄上の遺体がどこにあるのか、まだ見つけられていなかった。
見つけ次第、手紙の主のもとへ届け、埋葬するらしい。
手紙の主は、最悪の結果も織り込み済みで動いている様だ。
「奇妙なことだが、いまのところ身元不明の遺体がどこにも運びこまれた形跡がない」
密偵に、こちらが把握してる情報を伝える。
こういった場合、遺体安置所に運びこまれるはずだ。
しかし、遺体安置所はおろか教会や病院にもそれらしい遺体は運びこまれたという報告は受けていない。
忽然と消えてしまったのだ。
しかし、そんなことはありえない。
野ざらしになったまま、モンスターか野犬に食われた?
いや、それでも食べカスがのこるはずだ。
魔眼保持者がそれらしい遺体を手当り次第探しては、調べているが見つからない。
そもそも、カンテラを持った人物がいたはずだ。
その人物が兄上の遺体を持ち去った?
でも、なぜ??
わからないことばかりで、頭が痛くなってくる。
ふと、そういえば昨夜はもう一人兄弟の誰かが暗殺されかけていたことを思い出した。
偶然にも昨夜、同じことが起こっていたのだ。
そっちは、不本意だがアルトによって助けられ、もう一方の兄上は命を落としてしまった。
不公平この上ない。
もしも、アルトが助けたのが兄上だったのなら。
そしたら、気配のことも許せただろう。
何よりも、アルトのことを兄上に紹介できたかもしれない。
そうしたら、兄上はどんな反応をしただろうか。
夢想する。
そんなもしもを夢想してしまう。
兄上は、アルトのことを気に入ってくれただろうか。
そこまで考えた時、妙な引っかかりを覚えた。
アルトが助けたのは、一体誰だ??
もしも、兄弟たちが僕と同じように助けられたのなら、かつての僕がそうだったように、アルトを探すんじゃないか??
そもそも、襲撃されたことが噂になっていそうなものだ。
噂になっていなくても、挙動が変わっているはずである。
でも、兄弟たちにそんな素振りはない。
あったらその情報が入ってきているはずだ。
同じ日に同じような襲撃事件が多発した。
偶然か??
偶然だと、考えるのが自然だ。
けれど、なんだろう?
この胸騒ぎは……。
勘、とでも言えばいいのか。
無視できなかった。
「アン、少しお使いを頼まれてくれ」
僕はアンに、アルトから昨夜の顛末について聞いてくるよう指示を出した。