友人の異母兄をそうと知らず助けた話4
そこからは、ギルドマスターは席を外した。
詳しい内容は俺たち二人で詰めてくれ、ということだろう。
「お仕事の依頼、ですか」
なんとなく察していたことだ。
「えぇ。
国境の関所までの護衛をお願いしたいのです」
そこで、エレヴォスさんは探るように俺を見てくる。
うーん、ニクスさんの肉親と、腹の探り合いするのはなぁ。
「その前に、確認してもいいですか?」
間怠っこしい話は時間の無駄だ。
俺は、エレヴォスさんがニクスさんの兄であるということ、それも仲のいい関係だったのだろうと信じてたずねた。
「エレヴォスさんは、魔王候補のひとりであるニクスさんのお兄さんで間違いないですか?」
エレヴォスさんの表情が苦笑に変わる。
彼は頷いてみせた。
「えぇ、そうですよ。
それではこちらからも聞きますが、貴方が弟の連れ合いの方、ですか?」
連れ合いとは、また古風な言い方だ。
まぁ、間違いではないとおもう。
まだ、友人関係だけど。
「……友人です」
「え?!」
なに、なんでそんなに驚くの??
「すみません。
いや、その、てっきり」
「てっきり??」
「もう既に結婚してるものとばかり」
「挙式どころか、書類も出してないですよ」
内縁関係だと言ってしまえばそれまでだが。
もしかして、そう誤解されてる??
「え。ええ??」
嘘だろ、とでも言いたそうだ。
なんなんだ、この反応。
「なんでそんなに、驚いてるんですか??」
エレヴォスさんが、ものすごく気まずそうにまた視線を逸らした。
「いや、えっと、そのぉ。
弟の気配が」
気配?
「マーキングの話ですか??」
口に出して、少し俺も気まずくなる。
「ま、まぁ、あの。
そのマーキングの気配が……。
君の、その……――からも感じると言うか、滲みでているというか」
ゴニョニョ、とエレヴォスさんが説明する。
とくに、いっとう声を抑えた部分。
そこもしっかり聞こえていた。
俺の体内、それも下腹部からとくに、滲み出ているという事だった。
あの人は、もう!!
ほんとに、もう!!
「……な、なんか、すみません」
義兄(予定)の人に思わず謝ってしまった。
「い、いえ、こちらも弟がお世話になって、いえ無体を働いてるようですみません」
エレヴォスさんも、とても申し訳なさそうに謝ってくる。
なんだこの空間……。
とりあえず、仕事だ。
仕事の話を進めよう。
俺たちは気を取り直して、現状の確認を行った。
つい先程の、ニクスさんとアンさんのやり取りのことも伝える。
ニクスさんという、存在のお陰でエレヴォスさんは彼の置かれている状況を話してくれた。
それによると、エレヴォスさんは王位継承争い、つまりは次期魔王候補達の潰し合いには興味がなく。
巻き込まれたくなかったので、国外に逃げようとしていたらしい。
国外には、学生時代の友人がおり、その人が脱出後の手助けをしてくれるという手筈になっているのだという。
「俺は、弟たちとは母親が違うんだ」
エレヴォスさんはそう語ってくれた。
エレヴォスさんの母親は、彼を産んですぐ亡くなったらしい。
ニクスさん達の母親は、後妻として嫁いできたのだという。
今、次期魔王候補として争っているのはこの後妻の子供たちらしい。
「弟達と違って、俺は弱くてねぇ。
それに、俺は継母に嫌われてたから」
まぁ、色々事情があって、彼は今の俺の歳くらいのときに王宮を出たらしい。
それ以来、亡くなった実母の親戚を頼って地方の山奥に移住した。
そこでのんびりと暮らしていたのだが、ニクスさんを除く異母兄弟、異母姉妹たちの刺客がやってくるようになった。
それで、この国から逃げ出すことにしたのだという。
「大変ですねぇ」
思わずそんな言葉が漏れ出た。
さて現状や、依頼内容の確認をする。
俺がもたらした情報により、おそらくエレヴォスさんの切り取られた左手首が王宮に届けられ、死亡扱いになったのだろうという予想が立てられた。
「でも、死体が見つからないんじゃ死んだことにならないんじゃ??」
俺は疑問をぶつけてみる。
「これまた、ただの予想だけれど。
どうせ、黒幕の息のかかった鑑定眼保持者が左手首を鑑定して、死亡したって自信満々に告げたんだと思うよ」
あ、なるほど。
たしかにそれなら、死亡扱いされても不思議では無い。
俺が助けた時点で、エレヴォスさんは即死していた。
本来なら、その死体は身元不明のものとして扱われることだろう。
鑑定眼保持者に鑑定を依頼するとしても、時間がかかる。
エレヴォスさんだとわかったとしても、それだけだ。
魔王候補がひとり、暴漢に襲われて死亡したという結果は変わらない。
「でも、やっぱり死体が無いってなると大騒ぎになりません?」
「俺を殺した連中は、身元不明の死体として回収されただけって判断するだけだよ」
まぁ、そこに行き着くか。
そのとき、ふと疑問に思って俺はエレヴォスさんに聞いてみた。
「そういえば、聞かないんですね」
「?」
「昨日、貴方を助けるためにつかった方法」
「……いいポーションをありがとう。
おかげで切り取られた左手も元通りになった」
「…………」
「でも、一応君にはパートナーがいるんだから。
口移しでポーションを飲ますのは、出来るなら避けた方がいい」
「えぇ、そうですね。
今後、気をつけます」
彼はおそらく、俺の使った魔法に気づいている。
そのうえで、聞かないことを選んだのだ。
いい人だな、この人。
ニクスさんと仲が良かった理由が、わかる気がする。