友人の異母兄をそうと知らず助けた話2
※※※
翌日。
「え、兄弟?」
「そう」
朝食を食べながら、アルトにまとわりついていた気配について僕は説明した。
「……もしかして、昨日ニクスさんの様子がおかしかったのって」
「誰だって、好きな人が他の男の臭いをまとわせてたら嫌でしょ」
見ず知らずの他人だったなら、きっと僕もあそこまでアルトに無理をさせなかったと思う。
「他の男の臭いとか言わないでください!!」
真っ赤になってアルトが言い返してくる。
「そうならそうと言ってくれれば良かったのに。
ニクスさん、すげぇ不安そうな顔してたから何があったのか心配したんですよ」
無表情を作るのは得意だったはずなのに。
まさか、そんな顔をしていたとは我ながら驚いてしまう。
「つまり、俺が助けた人にマーキングされた上、取られたように感じてた、とそういうことでいいですか?
で、ニクスさんはマーキングしなおした、と」
マーキング、と言葉にした時、アルトは少しだけ恥ずかしそうにした。
犬猫と変わらないなぁ、と我ながら思う。
「だ、だって、君は僕のことは特別として扱ってはくれてるけど。
僕たちは、その、まだ友達だろ?
だから、不安だったんだ」
僕たちの関係はあくまで友達だった。
友達。
一緒に暮らして、一般的に言うところの【愛をたしかめあう行為】を何度もしているのに、僕たちは友達なのだ。
「…………」
アルトは僕の言葉を受けて考え込む。
やがて、まっすぐ僕を見た。
「じゃあ、恋人になります?」
ちょっとミルク買ってくる、みたいな軽いノリでアルトは言った。
「へ?」
軽すぎて、最初なにを言われたのか僕は理解ができなかった。
「ニクスさん、俺と結婚を前提に付き合ってください」
ん、んんん????
初対面のとき、友達から始めようと言ってきたのは、彼だった。
その後、僕からの求婚を断れないなら、と自分が変わる起源として四年を設定したのも彼だったはずだ。
「え、い、いいの?!」
「ニクスさん、その方が安心するかなぁって」
安心。
勿論、安心はする。
「でも、君はいいの?」
「いいですよ」
「婚約を前提、じゃなくて結婚を前提としたお付き合いってことで本当にいいの??」
こくん、とアルトは頷いてみせた。
「いいですよ。
ニクスさん、本当に俺の嫌がることしてこなかったし。
話聞いてくれたし。
それに、俺に命をわけてくれて助けてくれましたから。
そんな人を、いつまでも俺のわがままに付き合わせるやけにはいきませんもん。」
そこで一度言葉を切って、アルトは少しなにか考え込む。
やがて、ちょいちょい、と手を振る。
「???」
「耳、貸してください」
言われるまま、僕は身を乗り出す。
二人用の少し小さいテーブル越しに、僕は言われた通り彼へ顔を、否、耳を近づける。
「貴方と同じ気持ちになりました。
俺は貴方を愛しています。
だから、安心してください」
愛してる。
初めて、アルトからそう言われた。
僕からは、何度も彼に囁いた言葉だ。
それが返ってきた。
たまらなく嬉しい。
「そ、それじゃ、婚約指輪作らないとね」
嬉しすぎて動揺してしまった。
「そう、ですね」
アルトも気恥ずかしそうにしている。
そんな感じで、近々婚約指輪をつくることになった
※※※
一方、その頃。
冒険者ギルドの一室で、その青年は目を覚ました。
ゆるゆると体を起こす。
「ここは、どこだ??」
記憶を思い出そうとする。
そう、たしか。
「俺は、殺されたはずだ」
水面下で過激になりつつある、次期魔王候補者同士の潰し合い。
それに巻き込まれたはずだった。
だというのに、彼は生きている。
「なぜ、生きてる??」
すぐに疑問は解消された。
思い出したのだ。
重なる唇。
見たことの無い術式。
それによって、自分の中へ他者の命が流れ込んでくる光景。
おとぎ話の姫が、王子のキスによって呪いから解放され、目覚める。
そんな場面が思い出された。
同時にほかの記憶も引っぱりだされる。
時期魔王候補筆頭の、異母弟が最近蘇生魔法を使える者を手に入れた、という話。
その者を溺愛しているという話。
ゆくゆくは、伴侶として迎えようとしている、などと言う話があったはずだ。
それを思い出す。
「いや、まさかな」
夢でも見たのだろう。
そう考えなおす。
けれど、それにしては……。
青年は己の唇に触れた。
あの感触は本物だった。
そして、口付けを施した者が自分に見せた笑みも、夢と言うにはあまりにも現実的だった。
「…………」
嫌悪感、いや罪悪感に心が押しつぶされそうになる。
助けてくれた、あの少女には申し訳ないが。
考え込んでいると、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは、若い女性と中年ほどの男性だ。
二人は青年が起きていることに気づくと、驚きつつも説明してくれた。
どうやらここは冒険者ギルドで、女性はその受付、男性の方はギルドマスターだという。
二人の説明によると、彼は昨夜暴漢に襲われ倒れているところを、帰宅途中の冒険者に助けられたという。
一通り説明を受けて、やがて青年は訊ねた。
「その冒険者の名前って?」
アルト、という名前だと二人は教えてくれた。
それが記憶の中にある少女の名前だとわかった。
しかし、直ぐに受付嬢に訂正される。
「アルトさんは男性ですよ」
青年――エレヴォスはその名前に聞き覚えがあった気がした。
でも、この時は思い出すことができなかった。