聖女があらわれた
ゆるふわ設定です。
聖女があらわれた。
大神官の予言により、王宮内の神殿に集まっていた王族、神官、大臣、高位貴族ら皆の前に突如眩い光があふれ、聖女があらわれた。
そして、わたくしは夫である王太子殿下が運命の恋に落ちたところを目撃した。
光が収まり、聖女の姿がはっきり認識出来るようになったとたん、王太子殿下が吸い寄せられるように彼女の元へ向かった。
そのまま、二人は見つめあいしっかりと抱きしめあった。そして口付けをかわした。何度も何度も。
その口付けはどんどん深いものへと代わり、二人が口を離した時には銀の糸が繋がっていた。
ほんの少しでも離れるのが惜しいとばかりに、お互いに抱きしめあったまま、二人は殿下の寝室へと消えた。二人はそこから出て来なかった。三日間も。
しかも、結界のような物に阻まれ、誰も近づけなかった。必要な時だけ、ベルが鳴りメイドが呼ばれていた。その部屋から出てきたメイドは皆顔を真っ赤にしていた。
殿下の寝室は、つまりわたくし達夫婦の寝室であり、わたくしの寝室でもあり、わたくしの私室の隣にあり繋がっている。
わたくしは自分の部屋へ戻れなくなった。
仕方なく聖女用にと整えた客室で過ごすはめに。
着替えもお化粧品もなにもかもが他人の物。
自分の大切な思い出のつまった物に触れないもどかしさにため息がもれた。
しかし、三日間も過ごせば、他人用の客室もだんだんとわたくしになじんだ。
殿下は寝室から出ては来ないが、政務は止まらない。
王太子として、殿下は既に国政の四割ほどの執務を担っていた。
わたくしだけではどうにも出来ない仕事は陛下や王妃殿下へ協力してもらい、わたくしだけでもなんとか出来る分はどうにかこなす。
周りは腫れ物を扱うように気遣うが、仕事は待ってくれない。
王太子の分と王太子妃の分の執務は正直に言って多い。こなすだけで精一杯だったが、忙しくしていた方が楽だった。
疲れはて気絶するように眠れた。
そんな状態だからか、体調は優れず吐き気すら覚えたが日々は続いている。
今、この国は危機に瀕していた。
魔族に狙われていたのだ。
人間は魔力があるのだが、それを活用し魔法を使う、というのがなかなか出来ないでいる。
一部の特殊な人のみが魔法を操り、魔法使いと呼ばれるが、ほんの極一握りの人数しかいない
対して魔族は魔法の扱いに長けている。
魔法に対する術が圧倒的に少なく、戦争をけしかけられると、あっという間に形成は不利になった。
このままでは国が無くなるのは時間の問題だった。
そんな中で、大神官が「この事態を解決する聖女があらわれる」、とお告げを受け予言したのだ。
皆、聖女に期待をしていた。
事実、聖女があらわれてから、魔族からの侵略がピタリと止まった。
しかし、侵略をあきらめた訳ではなさそうで、常に黙視出来るところでこちらを伺っている。
いつまた、攻撃が始まるのか、ピリピリした状態が続いていて、誰も彼も疲れていた。
わたくしも。
聖女があらわれてから、三日後。
王太子殿下が聖女と部屋にこもってから、三日後。
魔族の侵略が止み、しかしそこに居るという緊迫した状況から、三日後。
魔族から、言葉が発せられた。
「女を寄越せ。」
皆、慌てた。
貴族から民から、自分たちの娘や妻が連れて行かれると恐怖した。
この国から、女が居なくなるのでは?と恐怖した。
大切な家族が居なくなると恐怖した。
この国はどうなるんだ。どうしたら良いんだ。どうしたら、どうしたら、どうしたら…
パニックになる寸前、王太子殿下の寝室が開いた。
若干気まずそうに、しかし幸せそうに、二人は寄り添いあいながら、部屋から出てきた。
なぜか、皆がこれで解決出来ると安心した。
聖女は魔族と直接交渉を始めた。
今までこちらの言葉には耳を傾ける事をしなかった魔族と。
一方的に攻撃をしてきた魔族と。
聖女曰く、
魔族は女を求めこの国を襲ったそうだ。
しかし、全国民の全ての女を寄越せと要求している訳ではなく、人数は30人ほどで良いとの事。
女を寄越せばこれ以上の侵略はしない、と。
また、女は殺したりせずに丁重に扱う、とも。
陛下は魔族側へ向かう女性を募った。
魔族からの要求は、なるべく若い女、だ。
若いとは、いわゆる妙齢の女性のことだろうと、この国の成人である16歳から35歳ぐらいで、と募った。
わたくしは真っ先に立候補した。
王太子殿下との婚姻は破綻だろう。
わたくし達は結婚して二年経つがまだ子供はいない。
年齢も18歳だ。
また、高位貴族からの立候補者も居なければ後に続く女性も居ないのでは?という懸念もある。
全国民に知れている、高位貴族の女性であるし。
わたくしはちょうど良い。
わたくし的にも、ちょうど良い。
もう、仲睦まじい二人の姿を見るのも、嫉妬でぐるぐるするのも、しっかりしないとと気をはるのも、疲れた。
幸い、魔族は向こうに行った女性を丁重に扱うと言っているのだ。
魔族の「丁重」とは、どんな風に扱われるのか正直わからないが、この国に居て同情と憐れみで針のむしろになるより、ましだと感じてしまった。
夫は反対しなかった。
「王太子として、そなたの英断をありがたく受けとめる。」
涙すら、出なかった。
わたくしが立候補した事により、候補者の女性はすんなり集まった。
聖女があらわれてから、五日後。
魔族からの侵略は幕を降ろした。
わたくしは立候補した女性達、35人と共に故郷と決別し、魔族の国へと旅だった。
魔族の国では、本当に丁重に扱われた。
今まで王宮で過ごした時と同じように、いや、むしろそれ以上に丁重に扱われた。
魔族の国では、なぜか、女性が産まれないのだそうだ。
その為、人間の国から女性を招きたい。
招いた女性は結婚相手として、丁重に扱う。
女性は敬うべきだし、大切だ。
しかし、今まで「言葉」が通じなかった。
その為に仕方なく戦争を仕掛け女性は拐っていたのだそうだ。
拐ってきた女性とも「言葉」が通じず、なかなか打ち解ける事ができず苦労してきた歴史がある。その為か女性の扱いは非常に丁重だ。
しかし、今回、その「言葉」が急に理解出来るようになって、話せるようになったそうだ。
聖女があらわれたから、なのだろう。
「言葉」が通じるので、招いた女性ともいとも簡単にやり取りが出来て本当に嬉しいと、侵略者と思えないほどに気さくで、なにより優しい彼ら魔族に、わたくし達もすぐになじんでしまった。
最初は騙されているのでは、と警戒していたが、こちらがびっくりするほど彼らは優しい。
侵略され、人質に立候補するようなわたくし達35人は、結局あの国で虐げられていたりと、辛い環境で居た者が多く、あっさりと魔族の優しさに絆されてしまった。
わたくしもしかり。
魔族の国に来て数ヶ月。
一緒にこちらに来た女性達はどんどんと結婚し、日々幸せそうに過ごしている。
わたくしがこちらに来た事で、絶対に付いていく、とわたくしの昔からの侍女も来ていた。
侍女は元々、結婚はしないで一生わたくしに仕える、と言っていて、また、王太子殿下のあの行いを間近で見て、ひどい男性恐怖症になっていた。
男性に対しては常に睨み付けていた。
そんな侍女があんなに可愛く笑いかける結婚相手を見つけるとは。
姉のように感じていた侍女の幸せそうな様子に、心から安堵を覚える。
しかし、わたくしは結婚となると躊躇してしまった。
殿下との二年間の結婚生活はわたくしなりに心地よく、信頼し、助け合い、愛しあっていた、はずだった。
あんな一瞬で崩れ去るとは…
まだ、胸にツキンと痛みが残る…
魔族はわたくし達の気持ちにも真摯に寄り添ってくれた。
結婚相手としてこちらに迎え入れたはずだが、必ずしも結婚しなければならない、とはならなかった。
わたくしのように結婚に戸惑う者や、心に傷を負う者などにも、優しく接してくれた。
仕事をしたいと申し入れると選択肢はどんどんあふれた。
わたくしは執務のお手伝いを申し入れた。
あの、怒涛の五日間の経験は、皮肉な事にわたくしに良い経験も与えていた。
今回、こちらにきた女性達の中で、わたくしが一番身分が高い。
魔族は皆優しく、女性達も居心地良く過ごしてはいるが、それでもなんらかの支障は生じる。
その時に、支える場所が欲しい。
女性にしかわからない事、女性だから出来る事もたくさんある。
わたくしは女性達の支援をしたり、魔族との交渉の窓口となる部署を取り仕切る事となった。
そのうちに自然と魔族側の窓口となってくれた王弟がわたくしに心を寄せてくれるようになった。わたくしも彼には信頼し、頼るようになっていた。
何もかも、順調に進んでいた。
ただ、わたくしには彼に言えない秘密があった。
隠していてもいずればれるのだ。
今日打ち明けよう。彼ならきっと激昂したりせずに良いように計らってくれる。
と思いながらもなかなか言い出せずに日々が過ぎていった。
この秘密をあかした時に彼がわたくしから離れてしまうのが、怖かった。
わたくしはまた、一人になってしまう…
わたくしはこんなにも彼を…
だけど、わたくしは強くならなければ…!
一緒にこの国に来た女性達の為にも、なにより、わたくしの為にも…
「お話があります。」
「実は、わたくしのお腹には赤子がいるようです。」
「この子はわたくし一人の子です。この国には迷惑をかけるような事は致しません!どうかこの子を産み育てる許可を陛下に許してもらえるよう取り計らってもらえませんか?」
その瞬間、わたくしは彼に抱きしめられていた。
「私と結婚してください。」
彼の言葉はわたくしが予想していたどの言葉とも違い、すぐには理解が出来なかった。
「何故?」
「身重のあなたを一番近くで助けたいからです。あなたが愛しいのです。どうか私にあなたと共に生き助け合う資格を与えてください。」
彼の真剣な眼差しに、優しい言葉に、あの日から凍っていた心が溶け出した気がした。
いつのまにか涙が溢れていた。
聖女があらわれたあの日から、どんなに辛くても、どんなに悲しくても一滴も流れなかったのに…
わたくし達はその後すぐに結婚した。
陛下も赤子の事も含め、非常に喜んでくださり、わたくしは過分なぐらいに守られ、赤子を出産した。
わたくしの赤子は女児だった。
魔族には女児は産まれない。
わたくしの子は魔族初の女児としてとても盛大にお祝いされた。
魔族も一緒に来た女性達も皆、心から祝福してくれた。
わたくしは彼と助け合い支え合い生きて行く、と改めて心にも、彼にも誓ったのだった。
何故か陛下がわたくしの赤子を蕩けた目で見つめていた。
「我が番…」
何か聞こえたような?
ありがとうございました。




