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紫陽花の咲くころに君と  作者: くろいゆに
6/13

6話

  19時44分

 スーパーの駐車場を後にした二人は、ドライブスルーでハンバーガーセットを購入するとあてもなくドライブを再開していた。


「これからどうするんですか?」

「どうすっかなぁ」

「「……」」

「俺の家に来ますか? 俺ん家ならまだあいつらに知られてないと思いますし」

「そーだな、場所は? どこら辺なんだ?」

「……岬市(みさきし)曽根山(そねやま)ってところなんですけど……」

「どこだよ……」


 叶向はスマホのナビで自宅の住所を入力する。現在地からの到着時間は二時間と画面に映し出される。


「遠くね?」

「……ちょっと遠いかもですね。俺も一時間半かけて学校に通ってますし」

「今から二時間かけて行ったとしても、明日の朝がきちいな……」

「……それなら、どこかに泊まりますか?」

「どこかって……」

「格安ホテル、とか……?」

「…………はあ、ナビ頼むわ」

 


      *  *  *

      


「どこでも良いとは言ったけどよ……」

「はい?」

「……なんっでここなんだよ!!」


 秀が愛車を停めたのは煌びやかなネオンが輝くラブホテルだった。


「近くのホテルは当日予約が満員で……ここなら予約も要らないじゃないですか」

「そーだけど……部屋空いてるとも限らねぇじゃん」

「まあ、それは行って見てみましょうよ」


 叶向に言われるまま、渋々車から降りた秀は辺りを警戒する。知り合いの少ない秀だったが、誰かに見られる心配をするのは人間の本能である。

 ポケットからスマホを取り出し時間を確認する。

 


  20時37分

 これから他のホテルに移動するのも面倒と感じた秀は、腹を括ってホテルの自動ドアをくぐる。


「あ、空室結構ありますよ! 秀さんはどの部屋がいいですか?」


 無人のフロントには部屋の写真と番号が記されたネオン版が用意されており、満室はライトが消え、空室はライトが付くといった形で空室の確認が取れるようになっていた。


「……どこでもいい」


 ネオン版を見ずに、忙しなくフロントを見渡しながら秀は答える。


「じゃあ、この部屋にしますね」


 叶向は慣れた手つきで部屋を取ると、エレベーターへと秀を手招きする。


「ワクワクしますね!」


 狭いエレベーター内で叶向が楽しそうにはしゃぐ。その手には途中で寄ったコンビニの袋が握られていた。


「……しねーよ」

「そーですか? 俺、憧れだったんですよ、お泊まり会ってやつ! 男子会ですね!」

「楽しそーだな、お前……」

「はい! 楽しいですよ……秀さんは楽しくないんですか?」

「……っ、つまんなくはねぇかな……」


 不安そうに見上げる叶向に毒気を抜かれて、不服にもこの状況に少し順応しかけている自分に秀は気づく。正直なことを言えば、友人と呼べる存在のいない秀にとっては、叶向といる時間は悪くないと思わせる時間に変わっていた。


「さあ、俺らの部屋です!」


 勢いよくドアを開ける叶向。


「わぁー、広いベッドだぁ」


 ベッドに向かって駆け寄ると、勢いよくダイブする。


「……だよなぁ」


 ホテルの使用上、分かっていることだったが、キングサイズのベッドを見ると秀は何とも言えない気持ちにさせられる。


「買ったもの冷蔵庫に入れておきますね。秀さん先にお風呂どうぞ」

「……おう、悪りぃな」


 平静を装うが、叶向との出会いが出会いなだけに、秀は変に意識してしまっていた。

 チラリと叶向を盗み見るが、嬉しそうな表情で買ってきたペットボトルのお茶を冷蔵庫に入れている。男子会を心から楽しんでいるようだった。

 秀はコンビニで購入した換えの下着を手に、脱衣所へと向かう。無駄に広い脱衣所でシャワーを済ませると、やる気の感じられないドライヤーで髪を乾かす。


「やっぱ、これ着るんだよな……?」


 脱衣所に用意されたバスローブを凝視する。いくら叶向が男とはいえ、パンツだけで部屋を彷徨くわけにはいかないと分かっていても、言いようのない恥ずかしさが()()にはあった。


「男同士だぞ? 隠す必要なんてあるのか? いや、普通は着るもんなのか? ダメだ、経験値が少なすぎて想像がつかねえ。とりあえずネットで検索して——」

 


 着た————

 


「……風呂いいぞ」

「はーい」


 秀は冷蔵庫からコーラを取り出すと、一気に半分ほど飲み干す。疲れた体に炭酸が染み渡る。

 ベッドに横になると、何の通知もないスマホのロックを解除しネット内をうろつく。

 


  21時12分

 横になると疲労で眠気に襲われる。危うく寝落ちしかけた秀は体制を起こしてベッドの背にもたれるように腰掛ける。

 面白くもないネット記事を指でなぞる。それにも飽きて、漫画アプリで毎日更新のお気に入り漫画を読み漁る。


「おせぇな……」

 


  21時48分

 買ってきたスナック菓子の袋を開けると、割り箸を使って秀は頬張る。本当は叶向が上がってきたら一緒に食べる予定だったが、待ちきれずに袋を開けてしまったのだ。

 テレビを付けると、お菓子を食べながらぼんやり眺める。


「お待たせしまし——あ、秀さんお菓子食べてる!」


 脱衣所から出てきたバスローブ姿の叶向に秀は安堵する。どうやら自分の選択は正しかったようだ。


「オメーがおせえんだよ」


 頬を膨らませながら叶向は冷蔵庫からお茶を出すと秀の隣に腰掛ける。


「秀さんってテレビ見るんですね」

「普段は見ない、暇だったから付けた」


 しばらく二人は、テレビを見ながらたわいもない会話を楽しんだ。バラエティを見て笑って、CMに出てくる有名人を見て好みを語り、大いに男子会を楽しんだ。

 悪くなかった。中学を卒業してからというもの、歳の近い同性と話す機会の少なかった秀は心からこの時間を楽しんだ。


「やべー、もうこんな時間じゃん」

 


  6月11日(金) 0時31分

 放置していたスマホを覗くと、日付が変わっていた。


「ほんとだ、もうこんな時間ですね」

「お前も明日学校だろ? 送ってってやるから寝るか……やべー」

「どうしたんですか?」

「コンタクトの入れもんと液買ってくんの忘れた……」

「秀さんコンタクトなんですか?」

「まぁな……しゃあねえ、そのまま寝るか……」

「……あ! フロントに電話すれば、持ってきてくれるかもしれませんよ」


 叶向はベッドから降りると、テーブルに用意されたルームメニューを確認する。


「やっぱり! コンタクトレンズ保存液・容器付きってサービスありますよ!」

「ありがてー」

「受話器をとって、3番でフロントに繋がるみたいです」

「りょーかい」


 枕元にある受話器に手をかけると、叶向に言われた通りの手順に連絡し、秀は無事に保存液を確保することができた。


「すげぇな、顔を合わせることなくボックスに入れて持ってきてくれるんだな」

「……まぁ、()()()()ホテルですし、顔を合わせるのは気まずいですよね……」


 珍しそうに容器に保存液を入れると、叶向はそれを受話器の横に置くとそのまま秀に馬乗りになる。


「なっ……」


 驚く秀に無言で唇を重ねる。

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