欺瞞の老獪
ここで冷静に返答を返す馬鹿な真似はしない。
少し怯えたように、緊張と困惑が混じった表情を作り出す。
「あ、あの…。私の精霊は…」
「その件については奥の部屋でじっくりと説明させていただきます」
有無を言わさない圧を持って奥の部屋へと案内される。
「どうぞ、遠慮なさらずお掛けください」
「はい…」
不安そうにチラチラと教皇の顔色をうかがう。
こんな苦い芝居をいつまで続けるんだと早速表情筋が震えてきた。
「そう緊張しないで、今から私の言う話をよく聞いてください。…殿下には魔力が一切感じられません」
「…そ、そんな。それはどういうっ」
「正確には、魔力回路は存在しますが、肝心の魔力が一切流れていないのです。こんな事例は私も初めてでして歴史書にも前例がありません」
「で、ではッ! 私の精霊は…」
身を乗り出す迫真の演技に名女優賞受賞ものだと内心呆れ果てる。
「精霊との契約は魔力があってこそ成り立つもの。残念ながら殿下が精霊と契約を結ぶことは、一生涯できないでしょう」
「そん、な…。どうしても、でしょうか…?」
「はい」
…こんなところだな。
絶望した表情で幕を下ろそう。
そう思い席を立とうと縁に手をかけたその時…。
教皇が被っていた皮を外し滑稽な視線で私を捕らえる。
「しかしながら…、誠に不思議なことですね。魔力回路が存在しながらも魔力は存在しない。人間の器官は極めて優れており不要なものを内部に作り出すことは生命の法則として欠落しています。これは一体、どういうことなのでしょうか?」
…教皇のこの性格は完全に予想外だ。
これは完全にクロだとバレているな。
「…さぁ、それを一番知りたいのは私なのですよ?」
怒りの篭った目で睨みつつもこの状況を回避する打開策を練る。
「大変失礼なのは承知の上。イヴレディア帝国第七皇女メア殿下、貴方様は何者です?」
「質問の意味が解りません。魔力が無いことはそんなにも異質ですか? 私の存在を疑うほど?」
「先ほどお手に触れさせてもらったとき、私は確かに感じたのです。殿下の奥深くに全てのエネルギーという名の力が吸い込まれていく感覚を」
これは失敗した。
ここまでの切れ者では私が切れる切り札は少ない。
いっそ消すか?
いや、それではさらに事を大きくするだけだ。
先ほどから演技も疲れていたところだ。
こんな問答を続けるぐらいなら教皇を抱え込んだ方が早い。
先ほどまでの怒りの面を捨て為政者の顔を被る。
「それで、対価は何を?」
「それが貴方の本性ですか」
「本性とは聞き捨て悪い。貴方も同じ口だろう」
「それこそ心外ですね。貴方の目はよく知っている。上に立つことを当然としている支配者の目だ」
「私も貴方の目をよく知っている。人を価値で判断し善人の面を被りながら裏で人身売買でもやっている目だ」
「お褒めの言葉とお預かりしましょう」
「そうか? 褒めたつもりは全くといってなかったのだが」
お互いを罵りあうのもこれぐらいだろう。
湯気が収まってきた紅茶を口に含む。
「先ほどのお話ですが、私は対価を望みません」
「…賢明な判断だ。そこまで頭が回らない阿呆でなくて良かった。始末するのも一苦労だからな」
「物騒なことを仰るものだ」
そう言いつつ朗らかに笑っている老人ほど滑稽なものはない。