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第1話⑦ モテる女にも悩みはある

 俺は店員が運んできた梅酒のロックグラスをハナさんに渡す。彼女は苦笑を浮かべ、「ありがとうございます」と控えめに答えた。

 俺は自分のコークハイボールを口に含む。うん、甘い。甘いものは好きだ。人生は苦いからな。酒とコーヒーと菓子くらいは甘くていい。


「……どういうこと、でしょうか」


 俺は中断された彼女の話を再び促す。ロックグラスの氷がカランと透明な音を立てた。


「あ、いや、聞いてもいいなら、ですけど。はは……」


 自分で聞いたはずなのに、彼女がまだYesともNoとも答えていないのに、勝手に予防線を張ってしまった。他人の内側に入り込むのは苦手だ。


 彼女の独り言のようにも聞こえる自嘲気味の言葉も、話を聞いてほしいというフリなのか、これ以上踏み込んでくるなという警告なのか、モテない俺では判別できない。


 今の俺の言い訳めいた言動、女の人から見るとウザいだろうな。

 でも、こうして前もって身を守らずにはいられない。隙を見せすぎて安易に傷つきたくないから。

 しかし、ハナさんはバツが悪そうにこう言った。


「はい。いいですよ。というか、聞いてほしいくらいです。こういうこと、親しい友達とかにはかえって言えませんし。ここで出会ったのも何かの縁、ということで」


 俺はホッと胸をなでおろす。どうやらフリのほうだったようだ。


「そういうことなら。でも俺、きちんしたアドバイスどころか、ちゃんと共感してあげられるかも自信ないですけど」

「構いませんよ。むしろ男性目線の忌憚のない意見を聞いてみたいです。利害関係がない一時の出会いだからこそ、恥はかき捨て世は情けって感じで。あとは酔った勢いもあるかも」


 一時、か。まあそうだよな。

 ……いや、待て。なぜそんなことを考える? 俺。


「はは。まあ、アルコール入らないと気軽に本音言えないですよね。大人になると」


 まあ、俺はアルコール入れてもほとんど誰にも本心なんて明かせないけど。友達少ねえし。


「そう! そうなんです! それで……」


 ハナさんは勢い込み、


「それでアオさん、さっきの続きというか……ぶっちゃけ聞いちゃうんですけど……」

「は、はい……?」


 え、何聞かれるの?

 そして、一つ区切ってから言った。

 ……どこか居心地悪そうに。


「えっと、その…そもそも私の事、いやーな女だとか思ってませんか?『あ、この女、さっきから男を勝手に上から目線で品定めしてるー』、とか……」

「え」


 ……うわ、本当に結構ぶっこんできたな。


「え、そ、そんなことないですよ」


 こうとしか言えないだろ。俺も一応社会人を10年近くやってて、最低限の空気は読めるんだ。


「……本当ですか? ホントにホント? 今は無礼講です、無礼講。いや、意味違いますけど」


 ハナさんは重ねて尋ねてくる。め、めんどくさい……。

 俺は仕方なく、正直に白状する。


「じ、実を言うとほんのちょっとだけ……」


 いや、言い訳っぽくなるが、最初の印象の通り、彼女に性格の面で悪い印象はほとんどない。こう答えはしたが、個人的には別に全然許容できる範囲だ。


 ただ、ここまで正直に答えてほしいというのならしょうがない。耳が痛いことを指摘するのもやむをえまい。どうせ後腐れのない一時の出会いだし。仮にめんどくさいことになってもこれっきりだ。

 そう割り切ることにした。


「まあ、あなたが会った男どもはみんなひどいんでそれは別なんですけど……聞いてる限り、少しジャッジが厳しそうというか……稼ぎにしても、顔にしても、常識にしても。そもそも全部そろってるような男は普通に彼女いたり結婚したりしてるわけですし。もう少し寛容でもいいんじゃないかなーって。あ、あはは……」 


 ……あれ。思ったよりもずっとお気持ち表明がスルスル出てきてしまった。

 やば。怒ったかな? 俺も俺で大概だ。

 おそるおそるハナさんを見る。

 しかし、


「ですよねー。自分でもそう思っちゃうときありますもん」


 彼女にへそを曲げた様子はなく、やれやれとアンニュイな吐息を漏らした。


「でも私だって、元からこうだったわけじゃないんですよ? 昔は……というより、アプリ始めるまでは。別にお金をすごく稼いでいない人も、イケメンじゃない人も好きになったことだってありますし。むしろ、カッコよすぎる人って苦手なくらいだったんです」

「……それが今は違うと?」


「……はい。結婚を考えているからシビアになっているのか、たくさんの人にアプローチを受けるから自然と選り好みをしているのか、自分でもまだよくわかっていないんですけど。気がつくと年収とか職業とか好みの顔とかで一方的に相手の方を弾いている自分がいるんです。それで、ふと思うんです。『私って性格悪いなー』って。『こんなんだからうまくいかないんだろうなー』って」


「…………」

「あ、あはは……。すみません、重いですよね、いきなりこんな話。なんか自慢しているみたいにんなっちゃってますし。……ごめんなさい」

「……いいえ」


 確かに、聞きようによっては『私モテすぎちゃって困っちゃうー』と受取れなくもない。

 だが、こんな俺でも、彼女の奥底にある懊悩をほんのわずかだけは読み取れた。


 でも、今の話でこんな俺から言えるのは。


「……傷ついているんですね、ハナさんは」

「……え?」

「そんな『性格の悪い』自分に」


 このくらいだった。


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