第1話⑤ アオとハナ(@婚活用ネーム)
どうにか状況を立て直したらしいハナさんは、気を取り直しかのように再びハイボールをグイっと飲み始める。まだ飲むんだ……。
彼女はコトリと静かにグラスを置いた。
「……私、婚活始めてからもこんなことばかりなんですよね。……男運ないのかなあ」
ハナさんは俺に言っているのか、それとも独り言なのか、どちらとも取れるような口ぶりでそんなことをつぶやいた。
……えっと、ひょっとしてこれは、長々と自分語りをし始めるパターンだろうか。
いや、俺は女の愚痴を聞いた経験などほとんどないからよくわかんないけど。誰も俺になど心を開いてくれないから。
「たまたまですよ、たまたま。わざわざ約束の場所まで来て姿を確認してから、平気で傷つけるようなメッセージ送ってくる男なんて。男運じゃなくて運が悪いだけですって。出会い頭の事故みたいもんですよ」
……だよ、な? いくらなんでも。当日になって急に風邪をひいたり仕事が入ったりする女はよくいるけど。事務系の公務員なのに急に休日出勤するってなんなの? 災害でもないのに。
俺としては別にサラッと流そうとしたわけでもなく、本心からそう述べたのだが、彼女はかぶりを振った。
「……今回だけじゃないんです。この前は会った人はその日のうちにホテルに誘われたし、その一つ前の人は学歴も職歴も詐称してたし、そのさらに一つ前の人は既婚を隠して近づいてきたし、最初に会った人はサイゼでしかも割り勘だったし……。今度こそ、誠実そうな人だなって思ったのに……」
「へ、へえー……そ、そう……」
今度はわりとガチでドン引きしてしまった。いや、サイゼがダメなことにおこなわけじゃないよ?
というかそれ、婚活アプリじゃなくてただの出会い系と間違えてるんじゃないの? ホッピーメールみたいな。
それに、さっきの愚痴だと甘い言葉連発して、とか言ってなかった? どこが誠実そうなの?
……それとも、女の人の場合はよくあったりすることなんだろうか。ヤリ目や既婚者が混じっているという話自体はよく聞くし。当たり前だが、俺のような毒男よりもそいつらのほうが顔もいいし口だって上手いだろうし。
「つ、ついてなかったですね。そこまで続くとさすがに……」
「ですよね!? なんでなんだろホント……」
そんなの、顔で選んでるからじゃないですかね。
一瞬、そんな皮肉が脳裏に浮かんだ。俺は慌ててそれを頭の中から追い払う。……性格悪いな、俺。いい人なのに。
しかし正直に言ってしまうと、俺のようなモテない男ではこの人に今一つ共感しきれない。確かに気の毒だとは思うが、彼女くらいの外見なら間違いなく引く手あまただろう。現に、俺が今使っているアプリでは、若くて可愛い人はもらっている『いいね!』が500を超えていることも珍しくなかった(有料会員になると相手が受けているアプローチの数がわかるのだ)。
500人である。冷静に考えれば、まともな男だって少なくないはずだ。イケメンばかり狙うから地雷を踏むんじゃないのか。……というか、イケメンに絞ってもちゃんとした奴もかなりいそうだが。
参考までに付け加えると、俺へのいいねの数は今日時点で7。77でも、70でもない。7。登録してからの半年間の累計で。
しかも、そのうち5つは明らかに写真やプロフィールが不自然で、女慣れしていない俺でも騙されないレベルのサクラ。残りの2つは年上のバツイチ子持ち。
戦闘力500と7(実際は2)。訓練を受けたサイヤ人と一般地球人くらいの差がある。いやまあ、結婚できない俺は一般地球人としても微妙なんだけどさ。
これが婚活アプリ市場の現実だった。
ヤケ酒をあおるハナさんとは対照的に、俺はちっとも酔いが回らない。俺もじわじわと、またさっきのショックが心を侵食し始めていた。
「アオさん、でしたよね」
「え、ええ……」
あ、俺のことか。そういえばさっき一応名乗ったんだった。よく覚えてたな。
……どうせ、『名前負けしてる顔』とか思われてるんだろうな。そりゃ、『アオ』なんて中性的な名前、普通は線の細いイケメンをイメージするよね。
彼女は言った。
「……あなたはどうなんですか?」
「え?」
「あなたも誰かと待ち合わせしていたからあそこにいたんでしょ? 相手の方は来なかったみたいですけど」
「……そ、そうですね」
当然ではあるが、気づかれていた。
まあ、今日でその婚活も引退するつもりだけどさ。もう一生毒男でいいやと諦めムード。
すると、ハナさんはなぜか据わった目で俺に問うてくる。
「なのに、あなたは結構冷静に見えます」
「…………」
「……アオさんはショックじゃないんですか。あなたも当日になっていきなりお相手にすっぽかされてたんですよね? 普通に非常識じゃないですか」
別にそんなことはない。俺だってショックだ。傷ついた。今だって傷がジュクジュクと化膿している。
ただ一つ、彼女と違うところがあるとすれば――――――
俺は、自分のことなんかまるで信じてないってことだ。