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魔狩人  作者: 10月猫っこ
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 もうけたとは決して言えない休講は、生徒達の顔色を悪くさせるだけでなく足早に学園から去らせるには十分な効力を持っていた。

 無論水鳥(みどり)とてその中の一人に入る予定だったのだが……。

「ねぇ、(しょう)。まだなの?」

「んーと。もうちょっと」

 苛立たしげな水鳥の声など気にした風もなく、被服室に入り込んで何かを捜している祥の様子は、苛立ちが怒りにすり替わるのは時間の問題でしかない。

 ただでさえこの校舎の前で人が一人死んでいるのだ。出来る限り近寄りたくない、というのが水鳥の本音なのだが、そんなことなど知ったことではないと言わんばかりの祥の態度に、水鳥の爪先が感情を現すかのようにかつかつとリズミカルに床を叩き付ける。

 そんな水鳥のことなど無視した形で、祥は被服室の棚を必死になって覗き込んで何かを捜していた。

「あ、あったー!」

「じゃぁ、帰るわよ」

 ようやくか、と言った口調でそう告げると、水鳥は被服室のドアから身体を放し、廊下へと先に出た。

 ただでさえ出入り禁止にちかい校舎なのだ。早めに鍵を返して家路に戻りたいと思うのは、心情というものだろう。

 大きめの袋に何かを乱雑に詰めた祥が、慌てて水鳥に近寄り扉を閉める。

 カチリ、と冷たい金属音がやけに耳に残る中、水鳥は当然のようにその鍵を祥へと手渡した。

 いったい何が入っているのかと思うほどの大荷物に水鳥の顔に疑問が走るが、よけいな詮索をしてまたしても訳の分からない揉め事に巻き込まれるのは、はっきりいわずともごめん被る。

 一応学習能力というものが備わっていれば、人間二度と掛け合いたくもない状況というものは出来る限り避けるに限る、というのが水鳥の考えだ。

 足早にその場を去ろうとする水鳥の姿に、慌てたようにして祥がその背中を追いかけてくる。

 第二校舎から本校舎へと続く廊下を歩く水鳥が、人気の閑散とした校舎の雰囲気にブルリと身体を震わせた。

 いつもと変わりないはずの第二校舎が、やけに寒々とした感じを抱かせる。

 こんな風に静かで誰の気配も感じられない校舎内では、幽霊騒ぎの一つや二つ起きても仕方がないのかもしれない。ましてや今日あんなことがあった以上、その騒ぎの大きさは肥大化する一方であろう。

 正直そんなおとぎ話しのような噂自体を怖いと思ったことはないが、人が目の前で死ぬ瞬間を見るのは気持ちの良いものでもなければ、恐れの感情を抱かせるに十分すぎる代物だ。

 最も、それらに対しての恐怖心を全く持っていないとしか考えられない、図太い神経の持ち主もいることはいるのだろうが。

 その最たる人物にあげられそうな者は、歩きながら悪戦苦闘しつつ荷物をどうにか整えている気配を発していた。

「待ってよ、水鳥」

「待てない」

 足早に歩く水鳥の後ろから情けない声が上がるが、そんなものなど最初から聞こえないかのように一刀両断した水鳥の背後で、更に慌てたような足音が近づいてくる。

 ようやく追いついたと安堵する祥に一瞥をくれ、水鳥は一度渡した被服室の鍵を祥の手から引ったくるようにして取り上げた。

「これ返してくるから、先下駄箱に行ってて」

「分かった」

 些か乱暴な態度と口調に対して、むくれたように祥は返事をもどすのを確認すると、水鳥は駆け足に近い歩調で職員室へと向かった。

 いったい誰のせいでこんな時間までいなくてはならなくなったのだ。

 苛つきながらもそれを祥に言った所で、柳に風とばかりに流されてしまうのがオチだと重々承知している。

 我知らず、頭の痛くなった水鳥が大きな溜息を吐き出していた。

 しばらくは学園に近づきたくはないが、事情を聞くために出来る限り登校するようにとのお達しがあったばかりだ。

 教師達もどう対処してよいか解らずそうとしか言わなかったのだろうが、いったいどれほどの生徒が明日集まるのか疑惑と困惑を交えた口調になっていたのを思い返す。

 そこまで考え、ふと水鳥は自分が職員室に入れるのだろうかと不安を覚えた。

 先程はほぼ混乱状態の中と言っても良い職員室にいた家庭科担当の教師から、祥は鍵を難なく借りられたらしいのだが、今の室内の状況はどうなっているのだろう。先程に比べれば落ち着いているのか、それともそれ以上に混乱しきっているのか。

 もし後者であるとすれば、自分がのこのこ顔を出せば怒られなくても良いことで怒られそうな予感に見舞われる。

「まずったかも」

 こんなことなら被服室に用件のあった本人に行かせるべきだった、と後悔したところですでに後の祭りだ。重い溜息を吐き出した水鳥の眼が、突如目の前をよぎった長身の影にぱっと顔を明るく輝かせた。

(さかき)先生!」

 呼び声に立ち止まった北斗に駆け寄り、水鳥は軽く頭を下げる。

 幾分か呆れたように見つめられた水鳥は、慌てたように北斗を呼び止めた理由を口にした。

「すいません、先生。この鍵を家庭科の丹羽(にわ)先生に渡してほしいんですけど」

「それは構わないが、何時まで残ってるつもりだ。ほとんどの連中は、皆下校しているだろう」

 と言うよりも、ほとんど強制的に校舎から追い出されているといった方が正しいのだろうが。

 今だに残っているのは、どうしても手が離せぬ用件に関わっている生徒達だけだ。

 無論その中には、少々強引に残らざる得ない者達も混じってはいるのだが。

 幾分かきつい口調の北斗に、水鳥は視線を宙に彷徨わせつつ言葉を選ぶようにして話しかけた。

「えっと、すぐ帰ります。ちょっと野暮用があって、その、それで」

「野暮用だろうがなんだろうが、人が一人死んでるんだ。早く帰るのが得策ってモンだろうが」

 一応の言い訳に北斗は疲れたような表情と同じ色合いの溜息を一つ吐き出すと、水鳥に鍵を渡すように手の平を差しだした。

 ほっとしたように水鳥が鍵を北斗に手渡した瞬間、ぴりっと静電気が走るような痛みが駆け抜けた。

 驚いたように手を引っ込めた水鳥と、幾分か眼を見開いた北斗が鍵と水鳥とを交互に眺める。

 その視線に居心地の悪さを感じ、水鳥は困惑めいた顔で軽く頭を下げた。

「じゃぁ先生、すいませんけどそれ」

「あ、あぁ、分かった。

 丹羽先生には責任を持って渡しておくよ」

「お願いします」

 ぺこりと再度頭を下げると、水鳥は昇降口めがけて一気に走り出した。

 背中に感じる視線からまるで逃げるようだと頭の隅で考えながら、一気に祥が待つ下駄箱へと距離を縮める。

 肩で息をしながら駆け下りてきた水鳥の姿に、祥が驚いたように眼を見開いて彼女を出迎えた。

「水鳥、どうしたの?」

「な、なんでも、ない」

 軽く息を弾ませながらの答えに首を傾けながらも、それ以上の詮索はせずにすでに玄関口近くで待っていた祥はよいしょと荷物を持ち上げた。

 忙しない動作で下駄箱から靴を取り出して爪先をそこに突っ込むと、水鳥もまたその場から離れるべく歩き出す。

 急いでここからいなくなるべきだと、先程からがんがんと水鳥の心の中で警鐘が鳴り響いていた。

 何故かは分からないが、ほとんど急かされるようにして水鳥の身体は勝手に動き出している。

 待ってよ、と慌てたような祥の声すら耳に届くことなく、水鳥は駆け足と言っても過言でない状態で校舎の外へと飛び出していた。

 その様子をじっと見つめる視線があったことを知っていたら、水鳥の反応はもう少し違ったモノになっていたかもしれない。

 だが注がれる視線に全く気がつくことなく、水鳥と祥の二人は校舎を急ぎ足で後にしていた。

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