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魔狩人  作者: 10月猫っこ
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 うるさそうに眉を顰めながらも、人気のない場所へと歩を進めている里留(さとる)が、突き当たりの階段を迷うことなく上に向かって登り始める。

 他の生徒達に出会うこともなく、二つ上の階にあがりそのまま廊下を右へと曲がる。数メーターほど先へと進んで、特殊教室棟へと足を踏み入れた里留は、やがて『社会科準備室』とプレートの書かれた部屋の前で足を止めた。

 軽くノックをして返事を待つことなく室内に入るや、複雑な視線が窓際から里留に突き刺さる。

 何か言いたげな相手のそれに全く気にした様子などもなく、奥の窓際まで迷うことなく進んだ里留はそこに佇む青年、今現在自分の兄という役目を背負っている榊北斗の顔を見上げた。

 ざわめく外の空気に耳を澄ませながら、里留の行動にとやかく言う前にようやくと言った口調で北斗は口を開いた。

「……進展なし、だな?」

 疑問というよりも確認の色の濃い言葉に、里留は何も答えず外を見つめている。

 態度に問題ありの里留に、北斗は大仰な溜息をついて同様に外を眺めた。

 沈黙を持ってこちらの質問を是とし、北斗から新たな情報が入っていないかの確認に里留がきたことは、最初から解ってはいたつもりなのだが、それでも声に出せといいたくないわけではない。

 この学園に入り込んでからの日数を考えてしまうと、八方手詰まり状態、もしくはお手上げ状態になってしまったのは否めない。

 そうでなければ、里留の性格と人格からしてわざわざここまで足を運ぶ必要性など欠片もないなと考えつつ、現在『弟』として扱わなければならない人物に、北斗は内心舌を打ち付けていた。

 もう少しこちらに対して歩み寄ろうという気持ちはないのかと尋ねたくなるが、仕事以外に里留が自分に接するのは必要最低限のことだけ。これでは垣根を越えるどころか、うずたかく問題点が積み重なるのがオチというものだろう。

 仕事以外での接点を持ちたくはない、と里留の態度が語っているのだから、北斗としてはどうしようもないとしか言いようがない。

 とはいえ、北斗の方から歩み寄ろうと努力したのかと問われれば、否と答えられてしまうのだが……。

 徐々に近づくサイレンの音に片眉を上げ、北斗は人垣が出来上がっている場所へと視線を固定させる。

 今は里留の性格について考え込む時機ではないのだと思い返し、北斗は地上と屋上の高低差をゆっくりと目線で測った。

 下はコンクリートで埋められた大地だ。せめて下が植え込みやむき出しの地面ならば何とかなったかもしれないが、あの高さから落ちたのではまず助かる見込みなど無いであろうことは、今までの自分の経験から割り出せる答えといえよう。

 異常な部分などは今現在見た限り―無論目で見えて分かる部分においてといっても良いが―ではなく、眼に見えぬ点でも特にこれといって気になるといった部分も、全くといって良い程にない。

 同様に、今は空気に不安や恐怖の色合いが濃く支配してはいるが、通常の状態では自分達が探しているいる気配はどこにも視えてはいない。

 ほぼ完璧な穏業といっても過言ではないやり方に、北斗は再度溜息をついていた。

 手こずる相手だとは思っていたが、こうも後手にまわっていく感触だけが自分の手の中に残されると、やりにくいとしか言いようがないだろう。

 そんな北斗の様子を横目で見やり、不意に里留は形の良い唇を開く。

「噂を、聞いたか?」

 ぽつんと投げつけられた疑問に一瞬それが自分へと向けられたものだと解らず、北斗は少しばかり惚けた表情を見せた後緩く頭を横に振った。

「どんな噂だ」

「幽霊がでるそうだ」

「幽霊、ねぇ。

 で、場所は」

 どこにでもある『学校の七不思議』の部類ではないのかと暗に含んだ北斗の声に、里留は顔色一つ変えずに白く細い指先をその場所に向けた。

 指さした方向は救急車両が建物前に止まり、その付近では教師や救急隊員が忙しなく動き回っている場所。

 もう一つの特別教室が詰まった校舎。

「第二校舎か」

 音楽関係や家庭科関係の特別室が入った校舎は、無論人気のないことの方が多い場所の一つだ。

 だからこそ噂話しの一つや二つは出来上がりそうな箇所でもあるのだが。

「馬鹿馬鹿しい話しのようだな」

「……」

 欠片もそう思っていない北斗の台詞に、里留は彼に一瞥を与えただけで口を開こうともしない。

 調べるか否かの決定権はそちらだと無言で語る里留の姿に、北斗は態とらしい吐息を一つもらし、淡々とした口調で言を綴った。

「で、どんな話しだ」

「……『オニ』が、出るそうだ」

 そう切り出した後、里留は幾分か伏せ目がちに顔を動かしながら、聞き込んだ話しをゆっくりと唇にのせた。

 誰もいないはずの教室内に低く耳に残る忍び笑い声が聞こえ、ガツガツと何かを喰む音が響き渡る。慌てて周囲を見回してみれば、黒く大きな影が両手に何かを握りしめながら食いちぎっている姿が映し出されている。悲鳴を上げて逃げ出そうとすると、その影はうっすらと形を変えながら消えて無くなってしまうのだという。

 他にも小さな噂話しは散らばっているのだが、総合的な話しはその一つに纏まってしまうだろう。

 そう話しを括ると、里留は真っ直ぐに北斗を見上げた。

 かりかりと前髪を掻き回した北斗が天井を仰ぐ。

 どうしたものかと北斗が考え込んだのは、ほんの数秒もみたないことだ。

 幾分か真剣な光を瞳に浮かべ、北斗は里留に視線を合わせると今後についての方針を語った。

「騒ぎがデカくなる前にどうにかするつもりだったが……これだけの騒ぎじゃ当分は無理だな。

 まずは居場所の確認からだ」

「解った」

 薄く汚れた校舎に新たな液体が付着している様に、二人の瞳が細められる。

 遠ざかるサイレンの音を聞きながら、不穏な雰囲気に包まれ始めた学園の様子に北斗と里留の表情に苦い色が広がっていた。

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