09:北大陸への船旅、そして出会い
世界の東、アムステルド大陸の北に位置するノルサンデル農産国。
その北端にある港町から船に乗って、海を渡る。
目指すは世界の北、ラズール大陸の東に位置するイントーブ王国――その港町、ゼッタブだ。
船は三〇人ほどの客を運ぶ帆船だ。
初めての船旅という事で安全性や船酔いを警戒し、なるべく大きい定期船を選んだ。
大きな船なのに一度に三〇人しか運べないという事もあり、値段は結構する。
そこは魔物を狩って稼いだお金があるから問題はないんだけどね。
僕らは宿にも拘らないし、装備にもお金が掛からない。
靴や外套とかには使うけど、普通の冒険者に比べれば雲泥の差だろう。
ま、強いて言えばチーノが屋台を見る度に買い食いするから、そのお金が余計と言えば余計かな。
ちなみに街巡り、屋台巡りでは焼き芋以外も買い食いしている。
やはりモモレス村のコレットさんが作った甘藷には敵わないという事で、最上の焼き芋を味わってしまった今、普通の焼き芋では満足出来ない身体(分体)になってしまったのだろう。
どこへ行っても第一チョイスが焼き芋には変わりないんだけど。
「おおー、海は綺麗じゃのう! 陸のような変化はないが、これはこれで素晴らしいわい!」
そんなチーノは地上に降りて初めて目にする海に感動しているようだ。
もちろん僕も見るのは初めて。話には聞いていたけどね。
港町に着いて最初に海の味を確かめた。あんなにしょっぱいとは思わなかった。
僕はチーノと甲板に出て、ただ広がる海を眺める。
見上げれば大きく白い帆が風を受けてピンと張っている。
甲板から下を覗けば、船が進むに従って白波が生まれていた。
チーノじゃないけど僕も「おおー」と言ってしまう。
「おいおい、ガキがはしゃぐんじゃねえよ。海に落ちてもしらねーぞ?」
その言葉に振り返る。
立って居たのはこちらを見下ろしニヤニヤと笑う男性。
灰色のツンツンとした長髪をうっとおしそうに後ろに流し、身長は高く、胸板は僕の三倍くらいありそうな程。
見るからに強そうな人だが、嫌な雰囲気はしない。腰の【聖剣ダモクレス】の<危険察知>も反応しないし。
この人が何者なのかも気になるけど、それより先に――
「……寒くないんですか?」
冬の船旅。海上の甲板。
テンションのままに出ている僕らが言うのも何だけど、他に甲板に出るようなお客さんは居ない。
僕らも街で冒険者用の防寒具――インナー、外套、ブーツ、帽子まで買った――を着込んでいる。
ちなみにチーノに関しては暑さ寒さにも強いらしい。神様の分体ってすごい。
でも普段着のままだとさすがに怪しまれるので、僕と同じように防寒具を着させている。
で、その男の人はと言うと、見るからに薄着。
ズボンとブーツは普通だけど、上着は普通のシャツだけだ。
「まーな。俺は北の生まれだから慣れてるんだよ、寒いのは」
「ああ、ラズール大陸の方ですか。帰郷で?」
「帰郷っつーか依頼で東大陸にちょっと行ってただけだよ」
「じゃあやっぱり貴方も冒険者なんですか」
「『も』って事はお前もか……ガキ連れで?」
僕は一応剣を佩いているけど、剣士にしてはヒョロヒョロすぎる。
それでも新人冒険者と見ようと思えば見られる、らしい。
でもチーノはどう見ても七歳児(年齢不詳)だ。
そんな子供を連れて歩く新人冒険者なんて居ない。
「二人家族なんで旅しながら冒険者やってるんですよ」
「はぁ~、酔狂と言うか、怖いもの知らずと言うか……ラズール大陸は今の季節、雪だらけだぞ? 大丈夫なのかよ」
どうやらこの人――クレアスマさんというらしい――は実は優しい人らしい。
見た目や話し方は粗暴な冒険者って感じなのに。
心配してもらい色々と話しているうちに、何となく仲良くなってきた。
船旅は五日掛かり、その間お互いに暇という事もあり、色々と話す機会が多かった。
冒険者としての活動や、ラズール大陸についても色々と聞けた。
その中でクレアスマさんがAランク冒険者だと言う事を知る。
Aランクなんて早々出会えないもんだ。大都市だったら居るだろうけど、
ギルドに居着いて依頼を探すより、貴族や国からの指名依頼とかの方が多そうなイメージだし。
もしかするとクレアスマさんがアムステルド大陸に行ったのも、そうした指名依頼なのかもしれないね。
「んで、お前ら旅ってのはイントープが目的地なのか?」
ラウンジや食事など、何かと一緒に居る事が多い。
すっかり三人旅の様相を呈している。おかげで楽しい船旅だ。
今も食堂でテーブルを囲んで食べながら喋っている。
「いえ、世界を回るつもりなんで、ラズール大陸を一年くらい掛けて横断しようかと。イントープ王国も長居はしないです」
「マジかよ。クラウトープくらいまでなら案内してやっても良いかと思ったんだがなぁ」
クラウトープはイントープ王国の王都らしい。クレアスマさんは王都を拠点にしてるんだとか。
やっぱり依頼主は王族か貴族なのかも。Aランクだし。
気持ちは嬉しいけど、僕らの行き先はチーノに決めてもらってるからね。
僕じゃどっちの方角に『光るもの』があるか分からないし。
船が港町ゼッタブに着いたら、地図を買って、それからどこに行くか決める感じかな。
出来ればイントープ王国だけでなく、ラズール大陸全土の地図があると助かるんだけど……さすがに無理か。
ちなみに今の所「海底に『光るもの』はなさそう」との事。
本当に陸地だけなのか、偶々ここら辺の海にないだけなのかは分からない。
ともかく一安心した僕らだった。
「ううむ、魚は新鮮で旨いと思うが、それと保存食ばかりだと飽きるのう」
「船旅で贅沢言っちゃダメだよ、チーノ」
「ガハハ、そうだぜガキンチョ。ゼッタブに着いたらベッシュに買って貰えばいいじゃねえか」
我をガキンチョと呼ぶでないわ、とチーノは言うけどクレアスマさんは改めるつもりもないらしい。
チーノはチーノで、本気で怒ってるわけじゃないってのも分かるんだけどね。
これでチーノが神様と知ったらクレアスマさんはどう思うんだろうか……。
「ゼッタブには焼き芋はあるのか?」
「焼き芋?」
「あー、チーノは甘藷が好きなんですよ」
「おお、焼いた甘藷か! ありゃ甘かったなあ! ……でも多分ないぜ?」
「なぬっ!?」
どうやら北大陸――ラズール大陸では甘藷の栽培自体、行っていないらしい。
それは東部に位置するイントープ王国でも同じなのだとか。
強いて言えばこれから向かう港町ゼッタブが通商の関係で、アムステルド大陸から輸入しているかも、というくらい。
それにしたって屋台で焼き芋を出すほどの量はなさそうだけど。
「代わりと言っちゃ何だが、馬鈴薯の栽培は盛んだな。屋台でも蒸し芋はよく売ってるぜ?」
「ほう、蒸し芋とな」
「おう、馬鈴薯を蒸してな、そこに牛酪を乗せるんだよ。甘さはねえけどかなり旨えぞ? ま、俺からすりゃ故郷の味って感じだな」
「ほほう、それは一度食うてみんとな」
「アムステルド大陸じゃ見ない食べ方ですね。僕も気になるなぁ」
「ゼッタブに着いたら食わせてやるよ。旨い店知ってるから」
やっぱりクレアスマさんは良い人だ。見た目はアレだけど。
Aランクの力もあるのにそれを誇示せず、知り合ったばかりの新人冒険者の僕にも親切にしてくれる。
こうした出会いも旅の醍醐味なのかもしれないけど、なかなか居るような人じゃない。
いずれにせよゼッタブに着くのが楽しみになった。
チーノの髪の毛先も期待を込めてか、ユラユラと揺れていた。
そして過ごす事二日。あと半分くらいかと話す朝食の席で、船内に警鐘が響いた。
なんだなんだと騒ぐ乗客たち。そこに船員が慌てて食堂に入って来た。
「海蛇竜です! 海蛇竜が現れました! 皆さん落ち着いて荷物をまとめて下さい! 小型艇を下ろします! 避難の準備を!」
♦
一にも二にもなくクレアスマさんは甲板へと走り出た。
僕はチーノと目を合わせ後を追う。
甲板では船員さんたちが慌ただしく避難の準備をしている。
この船は囮にするつもりなのか、すでに帆を畳み、小型艇を下ろし始めていた。
「俺ぁAランクのクレアスマだ! 迎撃するぞ! 避難する時間くらいは稼いでやる!」
クレアスマさんが冒険者カードを見せながらそう叫んだ。
船員さんたちもそれを見て少しホッとしたようだ。
「Aランク! 助かった!」「これで少しは生きる望みが出たぞ!」「竜と逆側に小型艇を下ろせ! 早く!」
どうやら僕の思っていた以上に事態は深刻らしい。
Aランクのクレアスマさんが迎撃に出て、それで少し生き残る可能性が出る程度なのかと。
そんな船員さんの反応を無視してクレアスマさんは甲板の端へと行く。
そこから見えるのは海面から顔を出し、完全にこちらに狙いを定めている巨大な海蛇の姿だ。
「チイッ!」とクレアスマさんの舌打ちが聞こえた。
クレアスマさんをして想定以上の相手という事なのだろう。
そこに僕とチーノが駆けつけた。
「ベッシュ! ガキンチョまで! 何してやがる! さっさと逃げる準備を――」
「僕も戦います! 援護は任せて下さい!」
「はあ!? 馬鹿言ってんじゃねえぞ! あれが見えねえのか!」
「大丈夫です! 僕も竜は一度倒した事ありますので!」
「…………はぁ?」
甘藷:さつまいも、馬鈴薯:じゃがいも、牛酪:バター
さつまいもは南で、じゃがいもは北のイメージ。