13:学術都市リベラルシア到着
学術都市リベラルシア。
ここは世界最高峰の知識が集結する場所。
商業や政治、魔法や算術、歴史や文学、それぞれに専門的な学院があり、世界中から生徒が集う。
それに付随した研究機関も多く、生徒や教諭、研究者の生活の為に都市は発展を遂げた。
まるで王都のような広大さ。
見渡すと学院もお城のような大きさのものもあれば、塔のように聳えるものもある。
どこの国、どこの街とも類似しない独特な景色が広がっていた。
十を超える学院のうち、最高峰と言われる場所が二つあると言う。
【リベラル大学院】と【アンセント魔法学院】だそうだ。
リベラル大学院は総合的な学問――文学、算術、歴史、地理など――を高い水準で教える学院。
アンセント魔法学院は魔法一本に絞って、学び、研究する為の学院なんだとか。
そんな話を冒険者ギルドで買い取りをお願いしつつ仕入れた。
と言うか、自治都市であるここにも冒険者ギルドがあって良かった。
「んで、まずは図書館とやらに行くのか? もしゃもしゃ」
チーノは屋台で買った焼き玉蜀黍にかぶりつきながら言う。
学術都市に料理系の学院はないそうだが、普通に屋台や食堂はあるらしい。何よりです。
塁に漏れず馬鈴薯もあるが、最近のチーノは玉蜀黍の甘みがお気に入りらしい。
でも甘藷には勝てないのだとか。僕はどっちも美味しいと思います。
で、目的の地図を入手する為に図書館で探して模写しようかと思ってたんだけど……。
「学術都市にあるのは中央の大図書館一つだけ。しかも閲覧制限があるんでしょ?」
大図書館も世界的に見ればかなり大きなものらしい。学術都市の名に恥じない立派な図書館なんだとか。
しかし全ての本が蔵書されているわけではなく、それこそ専門的な学院に研究資料として置かれているものも多いらしい。
僕らが探しているような詳細な地図は、図書館で一般的に見られるものじゃなく、そういった形で学院で保管されているかもしれない。
おまけに大図書館は階層ごとに閲覧制限がかけられており、例えば一般人なら一階だけ、貴族なら二階まで、関係者から許可証を貰えれば三階まで、とかそんな感じらしいのだ。
Eランク冒険者の僕なんてそれこそ一階にあるものしか見られないだろう。
Aランクとかなら国に認められる存在だから、もっと閲覧できるのかもしれないけど。
と、いきなり出鼻をくじかれた気分なのだ。
しかし悪い事ばかりではなく、良い事もある。
「先に『光るもの』を探したほうがいいかな」
そう。チーノが言うにはこの学術都市の中に『光るもの』の反応があるそうなのだ。
せっかく来たのだから、それは手に入れなくてはいけない。
「方角的には図書館と同じじゃから、行くついでに探せばよいのではないか? ダメ元でも図書館には行くのであろう?」
「そうだね。もしかしたら僕らでも見られる蔵書の中に地図があるかもしれないし」
淡い希望を胸に、僕らは大通りを進んだ。
♦
学術都市リベラルシアは中央が『学区』と呼ばれ、様々な学院が乱立している。背の高い建物が多い。
その周りを商店や住居が囲っているような印象だ。
目当ての大図書館はと言うと、大通りを進んだ先にある『学区』に含まれていた。
着いてみれば予想以上に大きな石造りの建築物。窓も極端に少ないそれはまるで砦だ。
正面の大きな扉は外に向けて開かれている。
そこから入れば壁も棚も、見渡す限りの本、本、本。
さすがは学術都市の大図書館だと思わず感嘆の声を上げてしまった。
しかしこれだけ本があると見たい地図を探すだけで日が暮れそうだ。
入口の傍にカウンターがあったので司書さんらしきお姉さんに聞いてみた。
「大陸の詳細地図ですか……それはさすがに。商業ギルドで売っているものの他にと言う事でしたら地学や地理に関する資料となりますが、詳しい図解のものをお探しとなりますと難しいかと存じます」
「そうですか……」
やっぱりかと項垂れる。
まぁ元から「あわよくば」って感じだったし、探す前に聞けて良かったと思えばいいんだろうけど。
さてどうしようかとチーノと悩んでいたら、司書のお姉さんが急に立ち上がって声を上げた。
「ダ、ダナンモラン様!?」
お姉さんの視線の先、図書館の入口を見れば、そこには一人のお爺さんが立っていた。
白く長い髪と髭。立派なローブ。特徴的な丸眼鏡の向こう側では、目を見開いている。
視線の先は僕? ……いや、隣のチーノか?
ダナンモランと呼ばれたお爺さんは、ゆっくりと近づいて来る。
「よ、ようこそおいで下さいました、ダナンモラン様」と深々頭を下げるお姉さんを無視し、僕らの前へ来ると――
「御前失礼致しまする。アンセント魔法学院にて学院長を務めておりますダナンモランと申します」
そう言って胸に手を当て、片膝を付き、頭を下げたのだ。チーノに対して。
アンセント魔法学院って言えば学術都市の二大学院の一つ。ダナンモランさんはそこの学院長だと。
各国の貴族子息を指導する立場なのだから、相当偉い人なのだろう。だから司書のお姉さんも恐縮していた。
相手が誰であれ簡単に頭を下げられる人ではない。
しかしチーノを前にして深々と頭を下げる。つまりこれは……。
「我が目を疑うほどの神々しさ。拝謁出来た事は光栄の至りd――」
「あー、わー、ちょっとすいません! 場所を変えましょう! 司書さん、失礼しました!」
「え、え、あ、はい……」
ダナンモランさんの腕を掴み、無理矢理に立たせ、図書館を出た。
有名人であろうダナンモランさんを僕が連行しているような恰好だ。
大通りを歩く人たちは「なんだなんだ」と言い出し、完全に悪目立ちしている。
「手荒な事をしてすみません。どこか静かに話せる場所はないですか?」(小声)
「え、ええ、神殿とかの方がよろしいですかな?」(小声)
「いえ、普通にどこかの部屋とかでお願いします」(小声)
「そ、そうですか……やはりお忍びで……」(小声)
チーノは神殿に近づきたくもないらしい。どこの街でもそうだ。
天上の神々に内緒で顕現しているから神殿に行くとバレるかもしれないと。
神殿に居る神官さんは【創造の神ティアモーゼ】様の信徒だろうし、彼らから『祈り』という形で天上に報告が行くかもしれない。
もっと言えば、神殿は天上と地上とを繋ぎやすくする施設らしく、チーノが神殿に入っただけで感付く神様が居るかもしれないという事らしい。
だから僕もチーノと出会ってからは神殿に行っていない。
以前は頻繁に神殿に行って、神像にお祈りしてたんだけどね。
祈る対象が身近に居るからね。行く必要もないと言えばないんだけど。
ともかく僕らはダナンモランさんに案内して貰う感じで大通りを歩いた。とっくに連行状態ではない。
「私が前を歩くのは不敬になるのでは……」
「大丈夫です。気にしないで下さい」
「ご案内するのは私の部屋なのですが、狭苦しい上に片付けも……」
「大丈夫です。気にしないで下さい」
やっぱりダナンモランさんはチーノを神様だと感付いているようだ。何をどこまで知っているのか気になる。
それを確かめる意味でも僕らも話を聞かないといけない。
様子を見る限り、悪い人じゃなさそうだけど。
そんな恐縮しっぱなしのダナンモランさんの後ろで、チーノは相変わらず自由だ。
「む? ベッシュよ! 蔓苔桃のタルトとあるぞ! 甘い香りがしておる! あれは食わねば!」
「あ、ちょっと待って! ダナンモランさんすいません! すぐに戻りますので!」
「え、ええ……」
チーノは今がどういう状況なのか分かっているんだろうか。自分が神様だってバレたらマズイでしょうに。
それよりも蔓苔桃のタルトが気になるの? まぁチーノらしいとも思うけど。
無駄な緊張感と無駄な賑やかさのまま連れられてやって来たのは、やっぱりアンセント魔法学院だ。
お城のように立派な校舎。その横には研究棟ならぬ研究塔が建っている。
通りに面した庭はそれほど大きくない。ちょっとした広場のようだ。
魔法を放つ授業とかもあるのだろうし、おそらく裏庭がかなり広いのだと思う。
ダナンモランさんを簡礼で迎える衛兵さん、しっかり挨拶してくる生徒や教諭の人たちを軽くいなし、僕らは校舎の最上階へと上る。
辿り着いた先は学院長室だ。
ダナンモランさん自ら扉を開け、僕らに先に入るよう促してくる。大変恐縮です。
どうぞお座り下さい、とソファーに座らされ、ダナンモランさんは執務机の鈴をチリンと鳴らす。
するとすぐに侍女だか秘書だか分からないが、女性が入室してきた。
「最高級のお茶と菓子をご用意するのじゃ。すぐに」
「かしこまりました」
えぇぇ……なんか僕、すごく申し訳ないんですけど……。
チーノは「最高級の菓子とな!?」と髪の毛ピーンってなってるし。
――しかしすぐにそれは怪訝な顔に変わった。
「ん? “反応”がこっちに来ておるぞ?」
「えっ、ホントに!?」
“反応”とは『光るもの』の事だろう。学術都市に一つあると見られていたものだ。
それがこちらに来る……つまりは動いているという事。
“宝剣”は自然物にしか宿らない。人や動物が『光る』事はない。
だとすると誰かが何かの自然物を持って来ている、という事か。
向こうからやって来るなら探す手間が省けて助かるけど……と都合よく考えていると、お茶を用意した秘書さんが再度入室してきた。
どうやって用意したのかも分からないほどの速度に驚いたが、僕らの前に丁寧にお茶と茶菓子が置かれる。
うわぁ、なんかもう器からして豪華すぎるんですけど……。
「誰であってもしばらくは取り次がんように。こちらの方々がお見えになった事も他言無用じゃ」
「かしこまりました」
と、ダナンモランさんが忠告したすぐ後、ノックもせずに学院長室の扉がバーンと開かれる。
「悪いがあたしくらいは取り次いでおくれよ。ヒッヒッヒ」
入って来たのは腰の少し曲がったお婆さんだ。
お婆さんは悪だくみをするような笑みを浮かべつつ、ダナンモランさんから僕らにも目を向けた。
ローブも立派だが、特徴的なのは額。頭頂部で一つにまとめた髪を囲うように繊細な装飾のサークレットが輝いている。
しかしそれ以上に耳に付けている『翡翠のイヤリング』に僕の目は奪われていた。
左右の耳から下がるイヤリング。その左側だけが『光って』いる。
これは……どうしたものか……。
爺さんと婆さんにエンカウント。
悪い人じゃないですけどね。