11:ラズール大陸、上陸
「そんじゃイントープ王国へようこそってのと、無事にゼッタブに着いた事を祝って――乾杯!」
「「かんぱーい」」
グラスを合わせ口に運びつつ、これまでの道程を少し思い返す。
三日目に海蛇竜に襲われたものの、その後は何事もなく五日の船旅を終えて、僕らはラズール大陸に降り立った。
大陸の東端。イントープ王国の港町、ゼッタブだ。
海蛇竜に関しては、僕の<宝剣操作>とクレアスマさんの苛烈な近接攻撃の前に沈んだ。
文字通り、倒したはいいものの、剥ぎ取る暇もなく海の底へと沈んでいった。
【魔鞭グレイプニル】で捕まえようかとも思ったけど、船で運ぶわけにもいかないし、これ以上変な能力の″宝剣″を見せるのも何となく嫌だったので諦めた。
まぁクレアスマさんはちゃっかり鱗とか少し回収してたらしいけどね。
小型艇で逃げようとしていた乗客の人たちはや船員さんも、海蛇竜が沈んだのを確認すると船に戻って来た。
みんなから「ありがとう」という言葉をいっぱい貰ったけど、僕はクレアスマさんの補助だからね。
主役は海蛇竜に突貫して戦ったクレアスマさんだから。
「いや、お前それ皮肉にしか聞こえねえんだけど?」
Aランクを差し置いてEランクが前に出るわけにはいかないんでお願いします。
僕ら目立っても良い事ないですし。
そんな感じでクレアスマさんの背中を押した。
ともかくそうしてゼッタブに到着。
空からは雪がちらついている。街はそうでもないようだが、遠くに見える景色は完全に雪模様だ。
アムステルド大陸じゃ雪が降っても、北部の山くらいしか滅多に積もらない。
僕らはラズール大陸に来たのだと、この景色と刺すような気温で感じる事が出来た。
ちなみにクレアスマさんに聞いたところ、街には魔道具が設置してあって、雪が積もらないようになっているそうだ。これでも暖かくなっているのだと。
なるほど、だから家の屋根とかにも積もってないのか。
街外の景色と差がありすぎる。
そういった道具もラズール大陸ならでは、なのかな。
下船して感動しながら見渡していた僕らを後ろに、クレアスマさんは「ついてこい」と歩き出す。
活気ある通りを進み、入ったのは酒場だ。
「俺ぁ酒場くらいしか知らねえけどよ、ここは奥に個室もあるし飯も旨い。まぁガキンチョ連れて入る店じゃねえけど勘弁してくれや」
Aランク冒険者ともなれば高級レストランとか行ってそうだけど、クレアスマさんはもっぱら酒場らしい。
クレアスマさんらしいと思う。悪い意味じゃなくて。
僕はお酒を飲めないけど、酒場で食事をするのは問題ない。チーノも全く気にしないからね。
と言うかチーノは珍しい所とか行きたがるし、好奇心が旺盛すぎる。
初めて地上に顕現したから、天界と違う様子が楽しいんだろうけど。
だからと言って「あっちに行ってみようぞ!」とスラムに入りそうになったりするから目が離せないんだよね。
クレアスマさんのオゴリという事で御馳走になるわけだが、クレアスマさんはテーブルが埋まるほどに注文していた。
海蛇竜を倒せたし、素材も手に入ったからお礼だそうだ。
鱗を僕にも渡そうとしてきたけど、断ったんだよね。
それはクレアスマさんが接近して戦ったから手に入ったものだし。
で、チーノがラズール大陸の馬鈴薯に興味深々だったから、テーブルには馬鈴薯料理がこれでもかと並んでいる。
甘藷よりもレパートリーがかなり多いみたいだ。
焼く、蒸す、煮る。そして色々な食材と合わせる事も出来ると。
馬鈴薯自体はアムステルド大陸にもあったけど、ここまで多様な料理は見た事ないなぁ。
そして牛乳や牛酪、乳酪と合わせる料理が目立つ。白っぽい料理。雪景色を彷彿とさせて、これもまたラズール大陸らしいと思える。
でも口に入れれば熱々で、馬鈴薯はホクホク、牛酪は濃厚。
僕は甘藷より馬鈴薯の方が好きなのかもしれない。すっかり虜だ。
チーノもとても美味しそうに食べている。髪の毛先が機嫌良さそうにヒョコヒョコしている。
これはこれで悪くないのう、と言いながら大変満足そうだ。
甘さは甘藷には敵わないだろうけどね。
クレアスマさんはがっつくチーノを苦笑いしながら、エールをジョッキで飲んでいる。
ラズール大陸の冬はホットワインが常らしいけど、クレアスマさんは冬でも冷たいエール派らしい。
装衣も氷属性の白銀魔狼だったし、この人は本当に寒さに強いのだろう。
食事も進むが会話も弾む。主にクレアスマさんが僕らに聞く感じだけど。
あれだけ船で話していても、まだ足りないらしい。
「いや、船じゃ他の乗客の手前聞けなかったけどよ、お前の『剣』はすごかったな。操るのもそうだけど『剣』自体がさ。あれ全部″神器″か?」
「そんなわけないですよ。あくまで『剣を操るスキル』を持ってるってだけです」
「聞いた事もねえようなスキルだな。どんな″天職″……ってそれを聞くのは野暮か」
″天職″や″神器″を探るような真似は、冒険者なら尚更しない。マナーとして。
誰にだって『自分の武器』があるし、大っぴらに出来ない『奥の手』みたいのがある人も居る。
多分クレアスマさんだって何かしらあるだろう。あの場で使えないような何かが。
エクスカリバーとかを見て「″神器″か?」って言うのも分かる。明らかに普通の武器じゃないしね。見た目からして。
でも一人でいくつも″神器″を持つなんて出来ないし、仮に他人の″神器″を奪っても使用自体出来ないはずだ。
神器メダルを奪っても<覚醒>出来ないし、『剣の状態の″神器″』を奪っても模擬剣並みに性能が落ちる、らしい。
そんな事、クレアスマさんも知ってるはずなんだけどね。
「いや、″神器″がいくつも造れるような、すげえ特殊な″天職″があるかもしれねえだろ? 全ての″天職″を知ってるヤツなんて神聖国の上の方くらいしか居ねえんだろうし」
神聖国って言うのは西大陸にある国だね。世界各地の神殿の総本山みたいな所。
僕が受けた「天啓の日」も神殿だったから、おそらく僕が【宝剣鍛冶師】だと言う事も神殿から神聖国へと伝わっているのだろう。
今年中にラズール大陸を横断出来たら、来年には西大陸――ガイオーク大陸に行けるはずだ。
「ぶっちゃけベッシュの強さでEランクとか詐欺だぜ? 俺が推薦してやるからAランクになれよ」
「いやそんなのズルみたいじゃないですか。って言うか僕にAランクとか無理ですよ」
真面目に依頼をこなして評価を上げて、昇格試験を受けている他の冒険者の人たちに悪いし。
僕の場合は旅の途中でギルドに寄って買い取りをお願いするくらいだから、依頼はほとんど受けられないんだよね。
腰を据えて冒険者としての活動をやれば多少は上がるかもしれないけど。
でも【鍛冶師】なのに高ランク冒険者っていうのもなぁ。悪目立ちしそう。
それに強いって言っても″宝剣″が強いんであって、僕自身は弱いままだし。
クレアスマさんと同格とか恐れ多いにも程がある。
旅用の個人証明になればそれで十分です。
「まぁ無理強いはしねーけどな。んで、お前ら本当に旅を続けるのか? 冬のラズールは危険だぞ? 防寒してたって死ぬヤツは死ぬぜ?」
「行かないわけにもいきませんから。それが目的ですし」
「王都方面なら一緒に行ってやるが……横断するって言ったって結局まずはどこに行くんだよ」
「それを調べる為にもまずは地図が欲しいんですよ」
今ここでチーノに「どっちの方向?」と聞く事は出来るけど、クレアスマさんの手前聞くわけにもいかない。
途中まででも一緒に行ければ心強いけど、やっぱり別行動の方が動きやすいんだろうな。
クレアスマさんの親切心を裏切るようで心苦しいけど。
「周辺の街が載ってる簡単な地図なら売ってるだろうけどな。地形まで書いてあるような詳細なヤツだとさすがに軍機扱いじゃねーか?」
「ですよねー」
アムステルド大陸でも街と街道とかが書かれた地図は売ってた。
でも僕らは山とか川とか森とかに『光るもの』探しに行く事が多いから、正直不足なんだよね。
ラズール大陸、というかイントープ王国でもやっぱり同じようなものらしい。
となると街を経由しつつ、周辺の情報を集めていくって感じになるのかな。
「学術都市ならあるかもしんねーけどな。周辺の地図どころかラズール全体の地図とかもありそうだし」
「学術都市?」
「知らねえのか? 結構有名なんだが」
ラズール大陸の中央南部にある都市らしいが、そこは『国』ではなく自治都市なのだとか。
世界最高水準の学院と、それに付随した研究者が集まっているらしい。
世界中の貴族の子供が集まる為、国に属さず、自治都市として確立していると。
なるほど。そこで詳しい地理を調べてから回ったほうが効率的かもしれない。
クレアスマさんの話だと春になっても雪は残ったままだから、動きやすいのは夏くらいしかないのだとか。
雪道を歩き、探索する事が多くなるとは思うから、地形とかはなるべく知っておきたい所だ。
そんな感じで食事会はお開きとなった。
他にも店を巡り、周辺地図や防寒具、旅の為の道具や食料諸々、それと馬の手配もした。
その途中にもチーノは屋台で買い食いしており、「どこにそんだけ入るんだよ」とクレアスマさんをも引かせていた。
宿はこれまたクレアスマさんの紹介で泊まらせてもらう。
ホント何から何まで申し訳ない。見た目は怖いし言葉も悪いけど、親切の塊みたいな人だ。
二人部屋で改めてチーノと色々打ち合わせして、<宝剣修繕>で磨きまくってから寝た。
翌日。クレアスマさんより先に僕らは港町ゼッタブを出る。
「何となく大丈夫そうだなーとは思うけど一応気を付けろよ。急ぎの旅なのかもしれねーけど無茶するんじゃねーぞ」
「分かりました。本当に色々とありがとうございました」
「ガキンチョも風邪ひくなよ?」
「ガキンチョと呼ぶでないわ」
「ハハッ、ともかく元気でな。またどっかで会ったら飯でも行こうぜ」
「はいっ」
わざわざ見送りしてくれたクレアスマさんに手を振り、僕らは馬を連れて街を出た。
街から一歩踏み出せば、そこは一面の銀世界。どこもかしこも雪だらけ。
本当に積もらないのは街だけなんだな、と実感する。
ギュムッと雪を踏みしめるブーツに負荷を感じながら、僕たちは進路を西にとった。
神器は普段【神器メダル】の状態で持ち歩いている人が多いです。普段使いしている人も居ますが。
で「<覚醒>」と唱えると神器の姿になります。
<封睡>と唱えるとメダルの姿に戻ります。描写ないですけど。
メダルも神器も他人に使用は出来ません。所有者が死ぬとメダルも神器も消えます。