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10:船上の戦い



 魔物というのは野生動物が体内に魔石を持つに至り、変容した姿だと言われている。

 動物だった頃に比べて大きく、強く、賢く、そして特殊な能力まで持つ者も現れる。

 それは人々にとっての脅威となり、だからこそ冒険者には『魔物』の討伐が依頼される事が多い。



 しかしその『魔物』という枠組みから外れた存在も居る。

 代表的な例が『竜』だ。

 元が動物という事はなく、竜は最初から竜として生まれる。体内に魔石があるのは共通らしいが。


 竜の中にも上位下位とランクのようなものがあるらしいが、どれも等しく『魔物』より上位の存在として扱われる。

 森の主であった魔豪猪よりも下位の竜の方が危険だと、そちらの方が強いと、そういう話だ。



 僕が偶々戦ったのは険しい山中に居た『地竜』と呼ばれる種で、それは下位の竜らしい。

 翼もなく、ブレスも吐かない、大きな蜥蜴のような竜だった。

 しかし岩山のような外殻と巨体はさすがに圧倒されたけどね。


 で、別に地竜を倒さないと″宝剣″が手に入らないという状況じゃなかったんだけど、旅費の足しになるかと思って、一応倒しておいた。


 いや、僕はさすがに怖かったよ?

 チーノが「アレ(・・)でバーンとやればいいじゃろ」とか軽く言うからさ……。



 そんな事を思い出しつつ、目はクレアスマさんに向けている。



「地竜ですけどね。でも一応討伐経験はあります!」


「ベッシュ、お前、Eランクじゃ……ああっ! もう、分かった! じゃあ援護頼むぞ!」


「はいっ!」



 クレアスマさんは頭を掻きながら目を再び海蛇竜に向けた。

 全長50mはありそうな巨体。海面からは首から上が出ているけど、それだけで三階建ての建物みたいだ。

 あれならこの大きな船に巻き付いて沈没させるのも容易いだろう。


 ……そうさせない為に頑張るしかないんだけどね!


 海蛇竜と船との距離はすでに100mほど。

 それでも十分に近いと言えるくらいに距離感がおかしくなる。


 僕の前に立つクレアスマさんはポケットから神器メダルを取り出し、親指で真上にはじいた。



「<覚醒(アウェイク)>」



 メダルは光となり、それは武器の形――をとらず、クレアスマさん自身を包み込む。

 光に包まれたクレアスマさんに目に見える変化が起きた。

 やがて光が消えるのと同時にはっきりと分かる。


 そこに居たのは――二足歩行の″狼″だった。


 白銀の毛並みをした狼が人のように立っている。

 服装がそのままだからクレアスマさんだと分かるが、顔も手足も尻尾も、どう見ても狼。



「ほう、【鳥獣の装衣】か」


「よく知ってるじゃねえかガキンチョ! これが俺の″神器″【白銀魔狼の装衣】よ!」



 【鳥獣の神イルクグリード】様が与えし″神器″。

 それには色々とあるけれど、戦闘職の場合だと『鳥獣を模した武具』の場合と、『魔物の力を得られる装衣』があると言う。

 【魔猫の装衣】であれば猫と人が合わさったような見た目になり、魔猫のような敏捷性や特殊能力が得られるらしい。


 クレアスマさんの【白銀魔狼の装衣】はまさしく白銀魔狼の力を得る為のもの。

 白銀魔狼は北の寒い地方に生息するという狼系の最上位種だ。

 アムステルド大陸に住んでいた僕でさえ知っているくらいに有名な魔物。


 それはどれほどの力をクレアスマさんに与えるのか。

 だからこそのAランクなのか。僕は目にする事になる。



 海蛇竜はすでに30m近くまで迫っている。

 クレアスマさんは甲板の淵に立ち、吼えた。



「行くぜッ! ガアアアアアアアッ!!!」



 大きく開かれた口かた放たれたのは氷属性のブレス。

 人間が出せるものじゃない。これは白銀魔狼の能力だ。


 それを海蛇竜にぶつけるのと同時に、海面を凍らせ、船と竜との間に道を作る。



「船から動くんじゃねえぞ、ベッシュ! 守りは任せるからよ!」



 それだけ言い残して、クレアスマさんは氷の海へと飛び降りた。

 大きな船の甲板から海面までは相当の高さがある。

 しかしそんなの関係ないとばかりに、ひょいと降り立ち、そのままものすごい速度で海蛇竜に突貫した。


 海蛇竜は氷のブレスに一瞬止まったものの、大してダメージはないらしく、すぐに動き出す。

 バリバリと身体を覆った氷を剥がしながら、顔は自分へと迫るクレアスマさんを見やった。



「ギュァァァァアアアウウウ!!!」


「うるせえよ! 海蛇がぁ!!!」



 海蛇竜は巨大な鞭の如くクレアスマさんへと襲い掛かり、同時に牙による攻撃を仕掛けている。

 一方でクレアスマさんは白銀魔狼の敏捷性で自在に動きながら、両手の爪を氷で肥大化させて斬りつける。

 海蛇竜はクレアスマさんの動きに付いて行けない。攻撃されるがままだ。


 傍から見るとクレアスマさんが圧倒している。しかし問題があった。



 一つは海蛇竜が動く度に海面の氷が割れるので、適宜ブレスを吐いて足場を確保しなければならないという事。


 もう一つは、おそらく海蛇竜は氷属性に強いのではないかという事。



 水と氷の親和性は高い。おそらく海蛇竜自身は水属性なのだろうし、氷属性に対する耐性を持っていてもおかしくはない。

 だとするとクレアスマさんの攻撃でまともに通るのは、爪による物理攻撃。

 しかしあの巨体に対して爪の攻撃だけでは心許ない。

 なるほど。Aランクのクレアスマさんが自分で「時間稼ぎくらいなら」なんて言うはずだ。



 やはり僕も攻撃しないと。

 でも、船の上からとなると投擲武器か、<操演(オート)>で飛ばして攻撃するしかない。

 まさかここからエクスカリバーの聖属性魔法をドーンと撃つわけにもいかないし。クレアスマさんが巻き込まれるからね。


 どうしようかと悩み、素直に<操演(オート)>で攻撃させる事にした。

 クレアスマさんから離れた所を斬り続ければいいかな、と。

 下手に魔法めいた特殊能力を使うより、『剣を飛ばして操作する能力』と思われた方がマシだ。



 そんなわけで、<宝物庫>から出すのは三本の″宝剣″。

 【聖剣エクスカリバー】【魔剣ティルフィング】【妖刀ムラマサ】だ。

 空中の波紋から切っ先を海蛇竜に向けて、そのまま射出した。


 モモレス村で手に入れた【妖刀ムラマサ】は<演武(マニュアル)>で使うと、他の剣とは動きがかなり異なる。

 刀独特の動きと言えば良いのだろうか、『使用者の魂』を僕に映して実際に動こうとすると違和感がある。


 おまけに構えて切っ先を相手に向けると、怯えて恐慌状態になるらしい。

 適当な魔物相手なら暴れるだけだから戦いやすくなる場合もあるけど、今はとても使えない。


 その代わりに他の″宝剣″にはない、鋭い『斬れ味』がある。

 刀というのは″斬り裂く″という事に特化した武器なのかもしれない。



 そんなわけで海蛇竜の身体であっても問題ないだろうと<操演(オート)>で飛ばした。

 三本の″宝剣″はクレアスマさんから距離をとって、次々に海蛇竜に襲い掛かる。



「ギュァァァァアアアウウウ!!!」


「うおっ! なんだありゃ! 剣か!?」


「クレアスマさーん! 僕でーす! 気にしないで下さーい!」


「お前の剣かよ! よく分かんねえ力、隠してやがったのか!? まぁいい! とにかく助かるぜ!」



 それからは一方的だ。

 海蛇竜はクレアスマさんだけに気を取られるわけにはいかなくなった。

 周りをヒュンヒュンと舞いながら容易に斬りつけてくる剣が三本。

 いかに海蛇竜でも避ける事は出来ず、耐える事も出来ない。


 クレアスマさんも暴れる海蛇竜から距離をとる事が多くなった。

 そして怒ったのか、それとも剣を操作しているのが僕だと気付いたのか。

 海蛇竜の目は船上の僕を捉えた。



「ギュァァァァアアアウウウ!!!」



 突如、開かれた口からブレスが放たれる。

 高圧の水流。船ごと塵に変えそうな一撃。


 そんな隠し玉があったのか、と驚く間もなく――僕は<宝物庫>から一本の剣を引き抜いた。


 それはチーノの身体くらいならすっぽりと隠れてしまいそうな大きさの両手剣。

 鍔がなく、本来鍔がある広さまで刃自体が広がっている。


 極端に幅広な異形の剣。これは『切る為の剣』ではない。『守る為の剣』。



 ――【聖剣ホヴズ】。僕が五番目に打った(・・・)″宝剣″だ。



 向かって来る水流のブレスに対して僕は【聖剣ホヴズ】の刃を――向けない(・・・・)

 刃はブレスに対して垂直に。当てるのは剣の()だ。


 本来、剣はこんな使い方をしない。すれば剣は歪むし、最悪折れる。

 でも【聖剣ホヴズ】に関してはこの使い方が正しい。


 この剣は――″盾″なのだ。



「うおおおおおお!!!」



 ブレスがホヴズに直撃したのを、角度をつけて上方に放射させる。

 ホヴズの『使用者の魂』は僕に引き下がる事を許さない。

 守る為に立ち続け、剣を出し続ける。その為の力を僕に貸してくれる。


 やがてブレスは収まり、放射させた水流は雨のように降り注ぐだけだ。

 船は大丈夫。小型艇に乗った人たちは――良かった。問題なし。

 それを確認した後、お返しとばかりに僕は、三本の″宝剣″を<操演(オート)>で<宝剣操作>し続けた。




アムステルド大陸で手に入れた宝剣は全部で12本あります。

出て来たのはホヴズ含めて7本ですね。

他の剣に出番はあるのでしょうか。設定上では何を手に入れたのかも決めてるんですけど。

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