01:宝剣鍛冶師と宝剣の槌
新作です。
基本的に週一投稿を目安にしています。
初日は20時・21時・22時の三本立て。
どうぞよろしくお願いします。
「ベッシュ、お前はクビだ」
「ええっ!? そんなっ!!」
ベルナルド親方の部屋に呼ばれたと思ったら、突然そんな事を言われた。
……いや、突然ってわけでもないか。
僕は五年前からベルナルド親方の鍛冶屋で見習いとして働かせてもらっている。
どうしても鍛冶師になりたくて。押しかけて、無理を言って、住み込みで。
ベルナルド親方は厳しいけど暖かい人だ。だから僕にも一から鍛治を教えてくれた。
でも五年もひたすら頑張ったのに、武器どころか包丁すらろくに打てない。
何をどう頑張っても、僕の打った鉄は形にならない。
技術どうこうじゃなく、まるで鉄が僕に打たれるのを嫌がるかのように歪み、割れ、時には折れた。
丸五年。
いくら忍耐強いベルナルド親方でも僕を見限るには十分すぎた。
「確かにお前は誰より鍛治に情熱を持っている。熱心に学んでいるし性格も真面目だ。でもな……俺にはお前が鍛治に向いているとは思えねえ」
「で、でも僕、【宝剣鍛冶師】になって……」
「″天職″はな。しかし天職の通りの仕事に就かないヤツだって居る」
十歳の″天啓の日″。
僕は神様から【宝剣鍛冶師】という″天職″と【宝剣の槌】という″神器″を頂いた。
ずっと鍛冶師に憧れていたからとても嬉しかったのだけど、二つ、気掛かりな所があった。
一つは【鍛冶師】ではなく【宝剣鍛冶師】という誰も知らない″天職″だった事。
天啓を下ろして頂いた神官さんも知らなかったし、他の誰に聞いても知らなかった。
神官さん曰くたまにはそういう事もあるそうだ。
神様の数も多いし、それに伴って″天職″の数も膨大になる。
【鍛治の神ドルフェチアーノ】様にしても【鍛冶師】以外にも色々と″天職″を与えて下さっているのだろう。
おそらく【宝剣鍛冶師】というのもその一つで、【鍛冶師】と似たり寄ったりの″天職″なのだろうと、僕も思っていたし、ベルナルド親方でさえそう思っていた。
でも結果は『全く鍛治センスがない』という事で……。
二つ目は【宝剣の槌】という″神器″が『小さな木槌』だという事。
鍛治に使う槌は金属製だし、大きさも全く違う。両掌にすっぽりと収まる程度の大きさしかない。
まさかこれで鍛治をしろという意味ではないと思ってはいたけど、あまりに鍛治が下手だったので一応この槌でも試してみた。
結果は『こんなもので鉄が打てるわけがない』という事で……。
ともかく頂いた時には喜んでいたものの、やはり″天職″も″神器″も僕の思い描いていた『鍛治仕事』とは無縁らしい。
だからベルナルド親方も「″天職″と″神器″に囚われるな」と言っている。
確かに戦闘系の″天職″と剣の″神器″を頂いて、事務仕事をしている人だって居る。
同じように僕も鍛治仕事から離れるべきだって言うんだけど……。
「お前は自分に鍛治のセンスがないって分かっていようが、この先もずっと鍛治をし続けるつもりだろう。しかしそれじゃ人生を棒に振るだけだ。お前が自分を活かせる職があるはずだ。ここに居たままじゃ鍛治以外のものに目を向けられないだろう? だからクビにするしかねえんだよ」
こうでもしないと僕は鍛治に拘り続けるから、そうベルナルド親方は言った。
僕の心の中はめちゃくちゃだ。
ベルナルド親方に申し訳ないとも思うし暖かいとも感じる。僕自身に怒りや悔しさも覚える。悲しくて泣きたくもある。
ただ俯いたまま、「ありがとうございました」「お世話になりました」と言い、荷物をまとめて鍛冶屋を出た。
♦
『ベルナルドの鍛冶屋』はスターリッジの街の北寄りにある。
鉄鉱山が近くにある影響で北側に鍛冶場がいくつもあるのだ。
まぁ僕を受け入れてくれたのはベルナルド親方くらいのものだったけど。
時刻は昼過ぎ、空は晴れ。僕の曇った心とは正反対のようだ。
そんな空を見上げる元気もなく、ただ足元を見つめ歩みを進めた。
やがて大通りに出る。スターリッジの街を東西に走る馬車通りだ。
左へ行けば孤児院がある。僕が五年前まで住んでいた孤児院が。
――足は即座に右を向いた。
『やーいやーい! 弱虫ベッシュ! 泣き虫ベッシュ! 悔しかったらかかって来いよ!』
育ててくれた孤児院には感謝しているけど、あまり良い思い出がない。
遠ざかりたい、逃げ出したい、そんな気持ちがあったのかもしれない。
でもその時の僕はそこまで考える事は出来なかった。
ただ『鍛冶場をクビになった』と――実際あれをクビと言えるのか分からないけど――そのショックで俯いたまま大通りを西に行く。
鉱山絡みの通商でそこそこの繁栄を見せるスターリッジの街は、大通りも人が多い。
昼間から景気良く酒を飲む人も居れば、並ぶ屋台で買い食いしている人も居る。吟遊詩人だって歌っている。
そんな景色は目に入らなかった。
目的地もなく、予定も立てず、途方に暮れたままただ歩いた。
やがて街の西門を出る。別にスターリッジの街から他の街に行こうと思っていたわけじゃない。
第一、戦闘手段のない男一人で魔物の蔓延る街外に出るなんて、普通はしない。
歩いていたらいつの間にか外に出てしまっただけだ。
何気なく足元から視線を上げると、そこは街外の景色。一面の小麦畑が広がっていた。
この小麦がパンとなって、スターリッジの人々のお腹を満たしているのだろう。
空は夕焼けに差し掛かる。その下で大きな穂をつけた小麦畑は、風に靡いてまるで金色の湖のようにも見えた。
僕は街の外に出るのが初めてだった。だからこの景色を見たのも初めてだ。
意図せず涙が出そうになる。
美しく感動的だと思うと同時に心の雲が分厚くなるようで。
どういう感情なのかも分からない涙。それを食い止めるのに必死だった。
ふと道の端に腰を下ろした。
歩き疲れたわけでもないし、泣き崩れたいわけでもなかった。
ただ――目の前の麦穂が、一株だけ光り輝いて見えたのだ。
夕焼けに染まる空。徐々に暗くなりつつある世界。
それでも小麦畑の絨毯は綺麗なままで。
だと言うのにその一株だけが、淡く輝く、暖かな光を発していた。
抽象的な表現じゃなく、本当の意味で″黄金色″。
でもこの時の僕は、それを特に不思議とも思えなかった。
それだけ心が曇っていたのか、それどころじゃなかったのか、それとも――。
とにかく道端に座り、目の前の光る麦穂を見つめていた。
これだけ広い小麦畑で、一株だけ光るそれ。
まるで雑多な人の群れの中で、突出した才能を持つ人を現しているようで。
(僕にも光る才能があれば、鍛治師を続けられたのかもしれない……)
情けなくもたらればの話を持ち出すくらい、僕の心の雲は広がっていた。
光る麦穂を見れば見るほど、鍛治師としての才能がない自分が惨めになった。
五年間、どれだけ頑張っても才能の欠片も現れなかった自分が情けなくなった。
涙をこらえ、ポケットをまさぐる。
右手で掴んだのは【神器メダル】だ。
それを親指でピンッと真上にはじく。そして声に出す。
「<覚醒>」
神器メダルは空中で光となり、それは形作られる。
右手に落ちて来たのは今まで何千回と手にした僕の神器――【宝剣の槌】だ。
短い柄は、握ると右手の中に全て収まってしまうほど。
小さな樽のような頭部が右手から出るだけだ。
鍛治師の槌と呼ぶにはお粗末すぎるそれ。
見ているだけで自然と柄を握る右手に力が籠った。
「なにが【宝剣鍛冶師】だ――なにが【宝剣の槌】だ」
″天職″で【鍛冶師】になれたと喜んだ。
″神器″で鍛治用の槌を頂いたと喜んだ。
蓋を開ければ【宝剣鍛冶師】のくせに【鍛冶師】の才能はなく、鉄も打てない木槌の神器だった。
<鍛治>のスキルさえないのに、なぜ【宝剣鍛冶師】という職名なのか。
今まで幾度となく考えた事だが、鍛冶を出来なくなった今、余計にその疑問は大きくなる。
心の中の雲は、すでに太陽を完全に隠していた。
叫びたい、喚きたい、泣きたい、そんな事ばかりが心に渦巻いていた。
「こんなもんあったって何にも出来ないじゃないか!!!」
大声で吐露した。僕の弱い心を。
八つ当たりのように右手を振るい、それは目の前の『光る麦穂』を叩きつけた。
広い小麦畑の中でただ一つの『光る』才能、それに嫉妬したのかもしれない。
僕の持つ【宝剣の槌】は『光る麦穂』をグシャリと――
……潰れなかった。
槌が当たった瞬間、『光る麦穂』はただの『光の塊』へと姿を変えた。
潰した感触がない事に「は?」と思わず口から洩れる。
眩しいはずの『光の塊』を僕は目を見開いたまま凝視した。
『光の塊』はさらに形を変えていた。
一度球体になったと思ったら細長く。
段々と形作られていくそれを僕が見間違えるはずがない。
剣だ。
″光″は空中に浮いたままロングソードの形状をとり、やがて光が消える頃には完全に『一振りの剣』となる。
そしてゆっくりと僕の両手の上に乗った。
まるで王に剣を下賜されたかのように両手を前に出していた事に気付いた。
「なん、だ、これ……」
両手に乗った長剣をまじまじと見る。
柄も鍔も見事な金装飾。見た事のない豪華さ。
鍛冶師では無理、装飾技師でも無理ではないかと思うほどだ。
幅広の刀身もまた白銀に輝き、何の素材なのか分からない。
力強く真っすぐで刃どころか背も樋も緻密に計算されたかの如く並ぶ。
刀身に掘られた文字も見た事のないものだ。
儀礼用の装飾剣では断じてない。
いや、装飾剣としても群を抜いた美しさだと思うが、それ以上に『戦うための武器』としての力強さを感じる。
それも普通の冒険者が持つようなものではなく、それこそ『英雄』と呼ばれる人が持つような強大な力だ。
いきなり起こった不思議な現象に驚くより、その剣の見事さに目を奪われ、息をするのも忘れていた。
心の雲はいつの間にか消えていた。
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