気弱な魔導士
ここは人間領と魔王領の境、辺境の湿地ブリスガリダン。
立ち込める瘴気が一部の魔物を除き、あらゆる生物の侵入を拒む。
魔王討伐の旅路を進む勇者達にとって一二を争う難所である。
ここを超えれば魔王城も目前となり自然と気合も入る。
そんな一行を通さまいと、一際大きな沼より巨大な蛇の魔物が現れた。毒龍ブリスガリダンである。泥中を自在に移動し、通りかかった人や動物、果ては魔物まで足下から丸呑みにするこの湿地の主である。
「ハイゼル、リーシェ、カガリ、散開しろ!」
勇者リンドブルムが指示を出すとパーティメンバーは呼応し戦闘陣形を組む。今まで何百何千と行われてきた動作だが、魔導師カガリは沼地に足を取られ遅れをとってしまう。
剣士ハイゼルの防御支援範囲に届かず、さらには魔物にスキを見せてしまった。
「遅いぞ!カガリ!」
ハイゼルが体勢を崩しながらもカバーに入る、と同時に賢者リーシェが防御魔法を飛ばす。
「魔導防壁・三重展開!」
ハイゼルのバランスを欠いた剣撃とプロテクトに弾かれ、ブリスガリダンは一旦距離をとる。
「カガリ!なにをやっている!」
前衛に立つ勇者が、後ろを見ずに怒号を飛ばす。
「ご、ごめんなさい」
「ちぃ、いいからさっさと攻撃魔法を飛ばせ!」
勇者は毒龍に斬りかかりながら指示を出す。そこに含まれる苛立ちを隠そうともしない。
その間リンドブルムとハイゼルは毒龍に攻撃し気を引いている。
「は、はい」
「火炎召爆!」
毒龍の真上に魔法陣が展開され、巨大な火柱が上がる。
熱気が辺りを走り、一時瘴気を払う。
勇者達は間合いを置き、瘴煙が晴れるのを少し待つ。
その間、攻撃に転じれる様、武器は構えたままである。
「やったか?」
ハイゼルが呟くと、姿勢の変わらない毒龍が現れる。
火炎に焼かれ鱗は逆立ち、腐臭にも似た匂いが立ち込めるが、双眸にはより殺気が篭っている。
「まだだハイゼル!」
勇者は咄嗟に剣を構え直しとびかかる。神託の能力により沼地を物ともせず、2、3間を一息に詰める。
「おう!斬波一閃!」
同時にハイゼルは剣撃波を放つ。
リンドブルムは斬波の着弾と同時に、剣撃を重ねる。
反撃に転じようとした毒龍は二重の斬撃をその首に浴び、紫の血を吹き出しながら沼に倒れ込んだ。
「今度こそ倒したな」
「その様ですね」
ハイゼルとリーシェが毒龍の亡骸にかけより剣先でつつく。
「あぁ...」
リンドブルムはその方を見ずに返事をした。
「あ、あの」
「今はまず、湿地を抜けるぞ」
カガリが話し出したのを遮り、リンドブルムは歩き始める。
やれやれ、といった感じでハイゼルとリーシェも後に続き、申し訳なさそうにカガリが続く。
沼地の主と呼ばれる強敵を倒したにも関わらず、勇者達を包む空気はブリスガリダンの瘴気よりも重く、澱んでいる。