「勝つためには、頭を回せ」
『シュータと鬼桜の決闘が開始された』
戦闘の合図とともに先に動いたのは私だ。情報として奴は武器使いであり一番武器を槍としている。
鉄製の槍と、最初の霊剣、攻撃の届く範囲は前者が上、となると懐に潜り込む必要がある。
先手必勝、奴の首筋一直線に【斬撃一閃】を振るう。
「おっと危ない」
冷静に対処した奴の手に握られるのは、槍よりも小回りの利く片手剣。
剣技のミラーマッチが開幕した。
お互いの間合いが一致する。
睨みを利かせ、今度は奴が先に出る。
「【三日月跳び】」
足元から紫色の光を放つとそのまま、一瞬で弧を描くように跳躍した。
背後を取られた、と咄嗟に振り向いた頃には剣で刺されていた。
「どうした?今更思い知ったか?力量差を」
痛みはないし、致死的ダメージではない、が剣は私の左横腹に突き刺さっていた。
奴はすぐ様引き抜いて再び私との間合いをとる。
「やっぱ気持ちいいぜ、貫通属性は。まあせいぜい俺の腕が鈍らないよくサンドバッグの役割をしてくれ……その笑顔はなんだ」
「ぺらぺらと口だけは達者だな」
手札を見せた。一番武器が槍なのも判断材料に加えて、奴はおそらく突きの戦法を趣向とすること。そしてあの跳躍するスキル。
駆けて跳んで、間合いを掴み裏を取る。少なくとも真正面からバッチコイするタイプじゃない。
「そんなに早く終わらせたいならお望みどうりにしてやるよ【加速化】!」
チュートリアルの婆さんよろしくこいつも加速スキル持ちらしい。ただ調停者と明確に違うのは、魔法のような強力な遠距離技を持ち合わせていないということ。
それはつまりどれだけ加速しようと私に近づかなければ攻撃ができないことを意味し、であれば私は守りに徹する。
早く終わらせる?いいや、むしろ長々と泥沼な戦いをしてやろう。
「かかってこい」
「死に晒せ!」
相手の手札を把握すること、相手の動きを見極めること、相手に隙を生み出させること。
シュータというプレイヤーの持つ数字が私より格上である以上、他の部分でアドバンテージを取らなければ勝てない。
自ら攻めることはしない。時間に限りがないのだから焦る必要はない。
どれだけ強い攻撃だろうと、当たらなければダメージは無い。弾いて避けて、受け流す。
◆◇
最初のうちは数回食らっていたが、奴の動きは既に単調になり、対処がしやすくなっていた。
「クソ遅延が、お前は俺に勝てないんだ、負けを認めろ!」
「倒れるまでは負けじゃない。お前こそさっさと攻撃を当ててみたらどうだ?」
観察、予測、流し、敢えて受け、躱して誘い込む。フェイントも交えて、隙あらばこちら側の反撃手を少しずつ差し込む。
「くそが!一撃で終わらせてやる!」
踏み込む右足、纏う紫煌、先程の跳躍が来ることを示す。一秒足らずの僅かな時間で、頭をフル回転させて、次の対処に思考を巡らす。
宙を舞う、私の頭上、右手の剣が鉄製の槍に入れ替わったのを確認した。
次の行動、私の背後を取って、とっておきを当てれば相手は勝てると思っているはず。
回避は間に合わない、槍を弾くしかない。
後ろを振り返る、先読み、左脇腹!
「そこ!」
「【貫く一迅】!!」
鈍い金属音。
やはり左脇腹に向けて放たれていた渾身の一撃をすんでのところで逸らした。
擦りはしたが、死んでないならよし!
超速反撃、首を斬り落とさんと刃を振った。
「あがっ!」
全力で振り切ったつもりだったが、首が折れて千切れるなんてリアルなことは起きず。ただその場で硬直しているようだった。
よくみれば首筋に赤い線が入っていた。影響がないわけでもなさそうだ。
さて、動けないならこちらから行かせてもらう。
両手で握り、踏み込んだ勢いを剣に乗せて、スキルを使って袈裟斬り。
「くそぅ!?」
剣に持ち替えたか、だがもう遅い、その右手首を狙って貫く。
……あれれ、貫通しない。属性とやらが関係してるのか。なんにせよ手首に当たったことで奴は剣を手放し地面に落とした。
「インベントリっ!」
奴はもう一丁武器を出したようだが、私は逆に剣を奴の顔面に突き立てるように手放した。ここまで近寄ったなら斬れず刺せずの剣は要らない。
私のパッシブスキル【格闘な心得】は見た感じ素手での恩恵があるようなので近接格闘で締めといこう。
斬れず刺せずなんて言ったが、人間は顔面に何か叩き込めばそりゃ反射的に隙を見せる。
隙、それは逃さない。剣やら槍やら煩い腕に飛びついて十字固め。
「離れろ!くそぉ!くそぉ!」
「この世界じゃ絞め技で殺せるって立証済みだからな、死ね!」
「あぁあああ!!【加速化】【三日月跳び】!!くそっ!!!」
加速化は発動したみたいだが何も起きない。お得意の手札はどうやら締めを極めた時点で封殺されたらしい。
「ゆっくりじっくり……落としてやるよ」
「俺は!負けるわけには!こんな雑魚に!こんな愚鈍に!」
もがき苦しむが私を引き剥がさない。どうやら多少のレベル差なら筋力は、技術でひっくり返せる程度しか変わらないらしい。
「なんなんだっ……お前っ!!そんな戦い方っ……」
「鬼桜、史上最強の喧嘩番長とは私のことだ!」
「喧嘩……?なん────」
ぼしゅん。
と、シュータは台詞を言い切ることなく消滅してしまった。私は、勝った。
【決闘が終了しました 勝者:鬼桜】
辛勝。鳴り響く勝利のファンファーレと共に、時間が巻き戻るように戦う前の状態に戻されていた。
『勝者:鬼桜には冬印(鉄製の槍)が譲渡されます』
『冬印(鉄製の槍)を手に入れた』
『鬼桜のレベルが3になった』
『鬼桜のレベルが4になった』
『鬼桜のレベルが5になった』
『剣の修練度がDにランクアップした』
『拳の修練度がDにランクアップした』
『スキルを習得した 習得したスキルを確認しますか?(後からでも確認できます) はい/いいえ』
ほう、決闘でもレベルが上がるのか。これは、なかなか、いいシステムだ。
スキルは、後で確認するとして。
さて。
「ふざけるな!ふざけるなふざけるな!お前!お前っ!」
喚き散らして地団駄を踏む様子はまるで齢4歳のようだ。納得いかないのだろう、だが私が勝ってこいつは負けた。これが現実だ。
「ありえない!ありえないんだ!お前何したんだ!?何を仕組んだ!!チートか?どういうツールを使ったんだ!」
「あぁ?」
別に負けを認めず往生際が悪い奴ってのは嫌いじゃない。勝ちに無様なまでに貪欲なのは悪いことじゃあない。だが。
どうしたら勝てるかと考えることもせず、喚き散らすだけの雑魚は一番嫌いだ。
普段ならぶちのめしてわからせる所だが、ここじゃ攻撃行為はできない。であれば。
「クソがっ!!お前なんて────っ!?」
目ん玉かっぴらいて、奴の顔面すれすれの距離まで顔を近づけ、拳を構えるフリをする。
殴れないが、「お前なんていつでも潰せる」というそれだけの威圧を奴に向ける。
「脳味噌使わず喚いていいのは動物だけだ、わかんねーようならテメェの家乗り込んでぶち引き廻すぞ」
家なんて知らないし、そんな面倒もしないが、うるせえ奴は黙らすってただそれだけのこと。
ようやく鎮まったようで、私はシュータから距離を取った。
「またかかってこいよ、うちはいつでも相手する」
決闘再戦は12時間ごと。何度でも何回でも私に挑んでくるがいい。そう願って、私は闘技場へと歩き出す。
────が、再び呼び止められる。その声に。
「私の部下が失礼をしたようだな」
シュータの声ではない。女だ。
短い言葉だが、そこには厳格さと気品に溢れているような重みを感じた。
振り返るとそこには、シュータと同じような白い服に身を包んだ、黒く短い髪の、蒼い瞳の女が立っていた。