新世界にカチコミかけんだよ
家に帰った。誰もいない。当然だ。一人暮らしだか
らな。
自室に直行して、バックの中に手を突っ込みヘッドホン型の機械を取り出す。
この手の物は初めてだ。慎重に扱おう。なにせ物をよく壊すから。部屋の家具はそれを見越してどれも鉄筋仕様だ。
頭に装着する。今のところ使い方がただのヘッドホン。
『多次元情報転移ユニット:ノア 起動します。思考判断、該当記録無し、新規ユーザー、利用規約をご覧ください』
透き通るような女の声と共に、目の前に長文のウィンドウが映し出される。いや、正確には目の中って感じ。
触ろうと思っても見えてるものの中で一番手前にある為触らない、なんとも不思議な感覚。
利用規約が下にスクロールした。
手で触らずして動く。まるで心を読まれているかの様に、上にスライドするよう考えていたら、今度は上にスクロールする。
「なんかキモい」
といいつつクセになる。しゃっしゃか遊んでいるとその声が質問を投げかけてきた。
『身体の全情報をスキャンしますがよろしいですか?』
「なにそれ?」
『貴方の身体を見て分析するということです。よろしいですか?」
「あーーー、知らん。好きにしろ」
『認証────スキャン完了』
「早いな」
『システムを起動します、ユーザー:唐木田 桜 ようこそ、電脳空間へ』
その瞬間、私の部屋が六角形を描きながら崩れ去り、暗黒の空間が剥き出しになる。そしてそれを塗り替えるような白、気がつけば白い部屋の中にいた。
まっさらで家具は何もない部屋。目の前にあるのはどこに繋がるかもわからん扉一つ。これは、幻術の類なのか?
「────なるほど」
少し考えて、私は納得した。この世界、偽物だけど、本物だ。
現実世界で私は最強。自称であり他称。
それを何より誇りだと思っていると同時に、強くあり過ぎたが故に退屈する自分を呪っていたのも事実。
だがゲームでの私はどうだろう。このリアルに限りなく近くされど現実とは違う作り物の世界で、私は最強足りえるのか?
その答えに胸張ってイエスとは言えない。まだわからないから。
これは挑戦状だ。ルールも土俵も違う場所で、現実で戦ってきた相手とは比べ物にならないくらい強い奴がきっと待っている。
『ログアウトと思考することで現実空間に戻れます』
「戻れるのか。いや、いい。戻り方があるとわかればその必要はない」
ぶっちゃけこの謎空間に閉じ込められて出られないみたいなのを覚悟していた。「狩り」と称して少し暴れ過ぎた自覚はある。
「チャットルーム、カレンダー、ミュージック、ショップ……マジに入っているんだな」
先程のウィンドウ宜しく、私の見る「画面」の端の方に現れる複数のアイコン。初期アプリっぽいやつが並ぶ中に明らかに外付けなアイコンがある。
ワールドインターセプト。略し方はワーセプって言うらしい。ワーインだと語呂が悪いんだと。どっちもどっちな気がする。
『World Interceptを起動しますか?』
「まだだ」
『思考を確認しました、ではWorld Interceptの詳細を開きますか?』
「気が効くやつは嫌いじゃない。今ならあんたを舎弟にしてやってもいい」
詳細が開かれ、現れる無数の文字。
このゲームがどんなもんなのかと調べようとしたが、一気にその気が失せた。
「こういう長文は文面の頭とケツの部分だけ読めば大体わかるって中学のダチが言ってたな」
それを頼りに読んでみることにしてみた。頭がこんがらがるから音読で。
「ようこそ新たな世界へ。広大な大地を遊び尽くせ。世界に突如現れた悪魔の使徒。聖霊は協力して悪魔の使徒を倒そう」
今のはゲーム紹介とストーリー概要。
ようは「みんなでモンスターを倒して先に進もう」ってゲームらしい。
「おい、人と戦うんじゃねーのかよ」
てっきり新世界で強い奴に会って戦うゲームだと思っていたら違った。
「モンスター、いや、ダメだ」
喧嘩する相手はやっぱ人じゃなきゃ。
別に頭がいい奴が好きってわけじゃないが、ある程度知性のある奴じゃないと戦う気にはならない。
私がしたいのは生存競争じゃなくて戦いだ。
「まあ、いい。うち以外にも人がいるんだろう?ならいきの良さそうな奴にふっかけりゃいい」
極論、相手と手足があれば喧嘩はできるんだ。
「協力してモンスターを倒そう」だ?悪いがそんなことをするつもりはない。
「ワールドインターセプト、始めるぞ」
『World Interceptを起動します』
扉が開かれる。向こう側は白く輝いていて見えない。
やがて光は無機質な部屋全体を包み込んだ。白の壁が照り付ける灯りを全て反射するものだから眩しすぎる。
もう目を開けられない明るさになったと思えば、次の瞬きにはもう別の空間にいた。
宙に浮く感覚。見渡す限り暗黒。まるで宇宙空間に放り出されたような気分だ。
『ようこそ』
目の前に現れる歓迎の四文字。さっきの女の声はどこいったんだろう。あれがいいんだけど。
『貴方の名前はなんですか?(ユーザー名を決めます)』
ユーザー名、このご時世に生まれてりゃ流石にそれくらいわかる。
まあ、なんだ、折角の新しい世界だ。ここで本名にする必要はない。
誰かに言われ始めて、広まって、私も気に入っている名乗りをあげようじゃないか。
「鬼桜。巷じゃそう言われてる」
『鬼桜でよろしいですか?(名前は後から変更できます)』
「おう」
『鬼桜さん、改めてよろしくお願いします。これよりWorld Interceptでのアバターを作成します』
「アバター?うわっ」
いきなり現れた鏡に映る、自分。いや、よく見ると少しだけ簡略化され、なんというかこう、綺麗だ。
しかしそれより気になることが一つ。
「服が違う」
なんと鏡の自分が来ている服は白の半袖Tシャツと黒の短パンになっている。
すぐさま自分の方を見ると高校の制服のままだった。
「驚かせやがって」
『表示されたカーソルで自由に体格や骨格を変更できます(体格はなるべく現実と同じものをおすすめします)』
「むむ」
手元に表示された半透明のカーソル。複数個現れて全てに項目がある。腕の太さだとか、顔のパーツとか。
試しに身長をぐいーーーっと最大まで上げてみる。
鏡の私の身長がびよーーーん。
「なんだこれ面白いな」
最大で海外のバスケ選手くらい、最小で整列したら両手を腰に当ててそうな小学生サイズ。
「腕の太さ、足の長さ、腰回り、胸、目、鼻、口、眉、ん?髪色まで?」
髪の毛の色は……これも気に入っているからだめ。
まあ特に変える必要も無いと思う。強いて言えばそうだな、もう少しタッパが欲しい。
今の身長は166で、日本人の女にしては小さくはないと自覚しているが、本当はもっと欲しい。
喧嘩の時もそう。男との体格差の弱点を補う為に長めの木刀を振ってる。もっと攻撃範囲を広げられれば素手での戦法の幅が広がるというもの。
「ふむ、新鬼桜の誕生だ」
理想の体格となった自分に惚れ惚れする。
『実際に身体を動かして試すことができます』
「おう、頼む」
珍しく気が効く。私の身体を沿うように線が描かれ、やがて立体を形作り、新しい肉体に切り替わった。まるで魔法だ。
周りが薄暗く何も無いホールなせいか、視点のズレはわかりづらいが、たしかに手足の感覚のさらにその先に指先足先がある。
「例えるならウィンタースポーツの厚着してるってとこかな。まあ、すぐ慣れるだろ」
グーパー。グーパー。
歩いてみる。走ってみる。止まってみる。
逆立ち、側転、宙返り。
「なるほどなるほど」
いつもと違う感覚を養う。でもどうやら変わったのは手足の長さだけじゃないみたい。
蹴って、殴って。あまり変わらない。
しゃがんで、跳んで。これだ。
「体重が減った、ってわけじゃないな。けど動作が軽い」
なんというかこう……。
「重力だか?引力だか?」
普通に立ってる状態は何も変わらない。だが特定の動きが普段より楽。本来身体に加わるはずの力が弱くなっている。
「不思議だな。ついてた枷が外れたみたい」
より強い身体、より良く動けるようになった私。誰にも負けない気がする。ワンチャンあった不安要素すら潰れ、これこそ完璧。最強だ。
「よし、これで決定。次に進め、楽しくなってきた」
『名前と身体を手に入れた貴方は、今からWorld Interceptの大地、ユグドへ行きます。準備はよろしいですか?』
「とっくにできてる、はやくしろ、力試ししたい」
暗闇がはけていく。さっきまでホールだと思っていたこの場所が、その景色が、正体を表す。
気がつけば私は草原のど真ん中にいた。