闘技場のお仕事
ジェイスは悪い顔をして言った。
「外から採用された戦闘員は何も鬼桜殿だけではございません」
「それってつまりうちと同じ様に決闘をし続けてた奴がいる?」
「はい。貴方様同様、人と戦うことを趣向とする者もちらほらいます」
考えてみればそうだ。世の中に人ってのは沢山いる。今まで会った奴、アッシュを除いた他がそうでも無いだけで、私と同じように強い奴と戦い続けることを望む奴だって沢山いるはずだ。
「何人いる?」
「詳しい数は存じ上げませんが、現在は二十数名とお聞きしております。これからさらに増え続けることでしょう」
「二十か、いいな」
話が変わった。そこに私と同じように決闘に燃えるシンパがいるなら、挑まずしてここを去るわけにはいかないだろう。
「で?何処にいる?」
「早速闘志が湧いたようで……ただ残念ながらそれはわかりません。闘技場内では自由行動ですから」
ジェイスは付け加えて言う。
「ただこちら側がクエストを発注して街の外に出て素材収集をしてもらうことはあります」
「街の外ね」
そういえばまだ外に出てない。決闘に明け暮れて忘れがちだがこのゲームのコンセプトは「モンスターを倒して世界を開拓すること」だったな。
「ああ、ここ地下にも施設がいろいろあるのですがそこに戦闘員の数名がいるかもしれませんね。何時間も入り浸っているようで」
「ほーん。どこからいける?」
「両端にある階段のどちらからでも」
と、右、左と指差す。おそらく観客席につながる通路と上り階段がいくつか並んだ先に、しれーーっとある下り階段。
「と、話がだいぶ脱線してしまいました。『決闘王選抜』についてもう少し詳しくお伝えしましょう」
ジェイスはそう言った。
決闘王選抜。要するに闘技場運営陣の中でのナンバーワンを決める試験と言っていたが、その全容はまだイマイチである。
「鬼桜殿がこの闘技場運営のどの立ち位置かの確認も兼ねて説明させていただきます」
「聞こうか」
「こちら側からクエストを要請しそれを受ける外部雇用戦闘員。闘技場内に元より従事している正式戦闘員とは別枠となります」
バイトと正社員みてーなもんかな。やばい小難しい話になってきて脳が拒絶反応を起こし始めてる。
「外部雇用の方から優秀な人材を正式に向かい入れ、さらにその中で『人と戦うことに適した人材』を特殊戦闘員を選出した上で行うのが……」
「決闘王選抜」
「その通りでございます」
「あーーー、で?うちの立ち位置は何処?」
「決闘数が規定値を超えた上での特例採用、特殊戦闘員で差し支えありませんね」
「じゃあ選抜試験は受けられるってことか」
「左様でございます」
何せ人としか戦ってない、私ほど『人と戦うことに適した人材』なんているだろうか?特殊戦闘員に選ばれるのは当然だ。
なんて思ってたらジェイスは次にこういった。
「特殊戦闘員にも仕事はありますよ」
「うげ、マジで言ってる?」
「クエストと言っても鬼桜殿の想像するような雑務とは違いますよ」
右肩を上げて、下げて見せた。本当に違うのか?
「どんなクエスト?」
「非力な正式戦闘員の育成、および同じ特殊戦闘員との組み手のノルマをこなしていただきます」
「ほう、確かに雑務とはちと違うな」
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特殊クエスト:特殊戦闘員の業務
達成条件:【決闘王選抜】までの期間中、以下のノルマを達成させること
ノルマ1:通常戦闘員と戦闘をする。これを合計二十名以上に行う。
ノルマ2:特殊戦闘員との戦闘を5回以上行う(勝敗は関係なし)
ノルマを達成できなかった場合特殊戦闘員としての資格および【決闘王選抜】への挑戦権を失う
ーーーーー
「つまり、どこいっても戦ってろってことだな」
「端的に言えばそういうことです」
「っしゃあ、やっぱいつも通りだな。じゃあどこで戦えるか教えてくれ」
「地下です。両端にある階段のどちらからでも入れますよ」
と、右、左と指差す。おそらく観客席につながる通路と上り階段がいくつか並んだ先に、しれーーっとある下り階段。
「私が案内して差し上げましょう。まずは通常戦闘員を育成する競技場に向かいます……」
ジェイスはそう言って手招きする。私はちょっと方向音痴のケがあるので大人しくついていく事にした。
階段を降りて、建て付けの悪い扉を開けば螺旋階段。下へ下へ、暗くて不気味な地下通路のお見えだ。
一定間隔で開かれた蝋燭が、遠くまで続いてるのがわかる。
そうして歩いているうちになにやら不穏な牢屋が見えたがそこはスルー、そして辿り着いたのが、ここ。
広く、置かれた松明の数も多く明るい場所。
「闘技場、地下練習場。実は戦闘可能区域でしてまさしく正真正銘の命のやり取りをできる場所です」
「ほーう。じゃあ例えばあんたをこの木刀でぶっ叩いたら」
「死にます。やめてください」
「冗談だよ」
なぜ街の中でここだけ戦闘可能なのかというと、戦闘員たちには、決闘ではなく、練習から直に死と隣り合わせな状況を作り出し、本能を研ぎ澄ますようにする為だと言う。たしかに、死ぬかもしれない戦いをしてる奴の方が強いから合理的なのかもしれない。
が、些か疑問もある。
「うちら教会で復活しちゃうしな……」
「あなた方は今の時点でも強いからいいのですよ。問題は人類種である正式戦闘員、闘うものとして命を賭けなければ戦さ場に立つ資格もない」
なんつーか、その、プレイヤーとコンピューターの格差っていうのを目の当たりにしてしまった気がする。あんまいい気分しない。こういうのは言わない方がいいよな。独特な世界観を重視してるっぽいし、このゲーム。
「ほら、さっそく血気盛んな戦闘員さんがお目見えですよ」
「んあ?」
確かにいた。円形の練習場、複数ある入り口のうちの一つからそいつが現れた。人類種だ。
「よろしくお願いします。特殊戦闘員様」
「鬼桜だ。で?私が練習相手になれって?」
「是非。手加減はいりません」
手加減はいらない、ね。したらこいつの体力削りきったら死ぬ事になるんだけどそれどうなんだ?
「練習中に殺したまったらどうすんだ?ジェイス」
「その場合は挑戦した彼の自己責任。期間中の鬼桜殿はたとえ人を斬ったとしても罪にはなりませんし、斬られる方が弱く脆いだけでございます」
「厳しいスタンスだな。けど嫌いじゃない」
そんじゃ、やりますか。
◆◆
「完敗です……俺を殺してください」
「いや殺さねーよ。命は大事にしろ」
結果から言うと完勝である。残り体力もう僅かと死を覚悟し勝ちを諦めたものに振るう拳は無い。
仕方ない。私が強すぎた、と言うよりゲームとして勝てない壁がそこにあった。
「いやはや、見事でございます」
「まあ、な。さっさと医務室なりなんなりでこいつを手当てしろ」
「お優しいのですね」
「うちは戦いたいんであって人を殺したいわけじゃねーの」
ヤンキーと言われようと暴力装置と言われようと、私も一端の人間だ。喧嘩したいときはあれど殺害衝動に駆られるなんてそんなのはない。てかいるのか?そんなやつ。
なんて考えたらどうやらいるみたいで。
「ここにいる聖霊種様は、その、命を刈り取る死神のような者達ばかりでしてね。あなたのような方は珍しい」
「クレイジーだな」
まあゲームの命ってのもあるけどな。データとは言えここまで人間に近い存在を殺したりするのに抵抗ないのか。
「おや。もう一人挑戦者が来たみたいですよ」
「何人だって返り討ちにしてやんよ」
「よろしくお願いします、聖霊種様」
「鬼桜、だ」
さて、木刀を構えていざ尋常に────────殺気ッ!?
こいつから?いや違う!後ろだ!
「せぇい!」
「ひっ!?反応されちゃった!?凄いな凄いなぁ」
白髪、少年か少女か、いまいちよくわからない。黒い軽装備、切れ味の良さそうな小刀、翡翠の瞳に口元をマスクで覆い隠したやつは、いま私を斬りかからんとしていた。
……反撃。
「当たんないよー!」
「速い……おいジェイスなんだこいつ!」
「よそ見厳禁!」
「ぬぁ!?」
飛んで跳ねて駆け回って斬って、斬って、斬って。小柄な身体を生かした攻撃の高速ストロークは止まることを知らず。
本当によそ見をしている場合じゃない。
「その方は貴方と同じ特殊戦闘員。この街で最速の脚を持つ辻斬り……」
「アタシの名前は狂夏・ザ・リッパー!よろしく死んで!」
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狂夏・ザ・リッパー
種族:聖霊種 職業:盗賊 所属:ー
役割:戦闘員
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その名前は真っ赤に染まっていた。