死者は蘇る事など無く
「よかった。エヴァンが無事で」
喜ぶラファエラに俺は笑みを返した。冷えた儘の身体に触れられないよう気を付けながら。明らかな致命傷を受けた事を知っているにも関わらずそう言えるのが羨ましかった。きっと奇跡なんて物を信じてるんだろう。確かに今の俺は奇跡的な魔法によって此処に戻って来た。けれど其は決して奇跡ではないのを俺はよく知っている。
「先へ進もう。もうこの場所も危ない」
ラファエラの後ろに居た魔物へ剣を切り付ける。はっとした表情でラファエラも剣を構えた。もうラファエラも俺より強くなって、魔物に怯えていたのが随分と昔に思える。だからと言って気を抜くなど以ての外だ。今の俺達に安全な場所など無い。此処は既に敵地なのだから。
剣で魔物を切り捨てながら俺達は走る。血を吸って切れ味が鈍くなった剣では致命傷を与える事すら儘ならない。仕方が無いと追って来ないだけの傷を与え走り去る。次々に現れる魔物の群れが煩わしい。それでも俺達は前へ進むしか出来無いんだ。
あれから半年と少しが過ぎた。ラファエラは俺の行動に少し不自然さを感じている様だが、原因までは特定出来ていないようだった。もう俺を問い詰めるだけの余裕すら無くしていた。休息さえまともに取れず只只消耗するだけの旅路だった。
けれど漸く辿り着いた。此処は魔物の本拠地。此の先が俺達の旅の終着点になる。
「此処は俺が食い止める」
背後から迫る魔物を叩き伏せながら俺は告げる。既に鈍器と化した剣でラファエラの居る方へ向かう魔物を殴り付ける。ラファエラは少し戸惑った様子を見せたが、其が最善であると理解したのだろう。先へ進む前に俺へ一言告げた。
「わかった。死ぬなよ、エヴァン」
其の言葉にも俺は只微笑みを返すだけだ。返答は出来ない。ラファエラは少し其に不思議そうな顔をしたが、敵が迫っている事に気付き前を向いて先へと進んだ。
「なあ、ラファエラ。なんでお前はそう言うんだ」
去っていく背中に向けて俺は呟く。辛くとも哀しくとも、もう涙すら出て来ない此身体にどうしてそう言うのかと。傷つけられても血の出ない、殴られても痣の出来ない此身体に。
「だってもう俺は死んでるのに」
鼓動の無い胸へ手を当てぐうと拳を握り込む。其処に在るのは表面だけが繕われた虚ろな穴。血液は体を巡らず、脈が打つ事も無く、顔は何時までも青白いままで。生きているものなら持つはずの温度さえ何処にも無い。
「どうして"死ぬな"なんて言うんだ?」
嗚呼、こんなに辛いなら願わなければ良かったのだろうか。唯一つの望みさえ俺には分不相応だったのか。彼の行末を見守ることさえ罪だと言うのか。
「その望み叶えよう」
そう魔女は言った。死に逝く俺の最期の望みを叶えると言った。俺が望んだのは結末を見届ける事。その為に死ぬのを止めて欲しいという事。幼馴染みで弟の様でもあるラファエラが最後まで戦うのを見届けたい。只、其だけを願った。
「ただし、期限は一年だけ」
構わないと俺は返した。此の争いの終結まで居られたら其で良い。今も口からは血を吐いて呼吸すらも儘ならぬ状態だ。身体は冷えて意識は朦朧とし、もう幾許の猶予もない。こんな状態から彼の結末を見届けられるなら何だって良い。
「契約は成った」
りぃんりぃんと数度鈴のような音が鳴って蒼い光が俺の身体を包み込む。初めにかけられたのは体の時を止める魔法。これ以上身体が朽ちてしまわぬように。次にかけられたのは身体を操る魔法。既に死んだ神経の代わりに俺の意思を身体へ伝えるためのもの。最後にかけられたのは魂を留める魔法。俺の魂が天へと昇って行かぬように。その三つの魔法で俺は此の世へ留まった。
そう、此処に在るのは只の動く死体だ。操る糸が切れれば地に伏すしか無い人形だ。決して蘇った訳では無い。そんな奇跡は起こり得ない。それなのにどうしようもなくその言葉が苦しいんだ。何時も前を向いているラファエラの明るさが辛いんだ。そして生きていないと言えない自分の弱さが惨めなんだ。