小話
「こんなところでまたサボリかい?」
「……」
「おやおや、今度はだまりんぼか。困ったなあ」
そう言いながらもさして困った様子でない彼は私の隣にそっと腰を下ろした。
「それで何をそんなに拗ねているのかな?」
「……別に拗ねてないもん」
「その顔で言われても説得力ないけどなあ」
勝手に私の頬を指でつつくのが煩わしくて私は少々乱暴にその手を振り払うと体ごとそっぽを向いた。
背中の方から彼が苦笑している気配がするが無視だ無視。
私は膝を抱えるようにして顔を伏せた。完全拒絶のポーズである。
それなのに彼は去ることもせずに話しかけるのをやめない。
「大方また周りの子達に心無いことを言われたんでしょ?」
「……分かってるなら聞かないでよ」
「僕はアンジュの歌好きだけどな」
「そういうのいらないもん」
機嫌がなおらない私の様子に彼はまた困ったなあと苦笑していた。
先程まで聖女候補達が聖歌の練習をしていたのだが、そこで音痴の私は下手くそとか邪魔とか色々言われたのだ。相手が邪魔というから心優しい私はこうして練習から外れてあげたのだ。
別に逃げたとかそういうわけではない。
「___が心配していたよ?」
「……」
「仕方ないなぁ~」
彼は私の頭をポンポンと触ると後ろを振り返った。
「ほら、そうこうしているうちに___がやってきたみたいだよ」
「___姉さん…」
俯いていた顔を上げるとそこにはよく見知った人物がほっとした顔で立っていた。
「アンジュ、もう心配したのよ。急に出ていくんだから」
「……ごめんなさい」
「あ、裾が汚れてしまってるわ。タクトもそこに砂がついてるわよ」
「ほんとだね。うっかりしてたよ」
仕方ないんだからと彼女は苦笑しながら2人の洋服を手ではらうと中に入るように促した。
「もうすぐご飯の時間だから急いで?」
ご飯という言葉を聞いた直後に私のお腹からぐう~と音が漏れる。とっさに両手でお腹を押さえたが2人にはばっちり聞かれていたようで笑われてしまった。
「い、今のは違うもん!!」
「ふふ、そうね。分かってるわ」
「あははは」
「タクト兄さんは笑いすぎ!」
まだ笑い続けるタクト兄さんをポコスカ叩きながら3人は仲良く建物の中へと入っていくのだった。
「………さん、……宮永さん」
誰かが肩を揺らしてきているなと思った瞬間一気に頭が覚醒して私は勢いよく頭を上げた。
見上げればそこには彼が立っていて思わず呟いてしまう。
「タクト兄さん…?」
聞こえるか聞こえないかの小さな声だったけれど目の前の彼は驚いたように目を見開いた。けれどすぐにいつもの表情に戻し手に持っていた教科書でポスンと私の頭に乗せる。
「宮永さん、授業中に居眠りはだめですよ」
「え、あっ……す、すみません先生」
周りのクラスメイト達がクスクスと笑っている。どうやら私は授業中に居眠りをしてしまっていたらしい。
恥ずかしい…。睡眠はしっかり取ったはずなのに。まだ夏休みボケしているのかなあ。
気を引き締めようとえんぴつを握りしめ直した私に隣の席の九条が話しかけてきた。
「大丈夫か?…兄さんとか言ってたけど」
「ごめん、寝ぼけてたみたい」
「ならいいけど…」
大丈夫だと言うと九条も前を向いて授業に集中し始めた。
黒板に書き込む御手洗先生の背中をみながらそういえば以前も誰かに似ていると思ったなと思い出す。もしかしてと思いつつもそんな偶然あるのだろうか。
手のかかる私をいつも気にしてくれていた聖騎士のタクト兄さん。お礼もできずに私は死んでしまったからあの後どうしていたのかは分からない。タクト兄さんは姉さんのことが好きみたいだったから結婚してたりして。
姉さんもタクト兄さんのこと……ん?そういえば姉さんの名前って何だったっけ?顔は、髪の毛の色は、声は……。
「それではこの問題を…宮永さん、解いてもらっても良いですか?」
「あ、はい!」
解答を黒板にチョークで書くと先生は良くできましたと花丸をくれた。そのまま席についた私は頭の中の記憶を探ってみても、どうしても彼女を思い出すことができなかった。
まあ、人の記憶なんてそんなものだよねと諦めた私を九条が見つめていたのに私が気付くことはなかった。