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3.折れた竹刀

お祭り会場から遠ざかると辺りは一気に暗くなり、住宅街から離れてしまっているためところどころにある街灯だけが足元を照らしてくれていた。

目的の場所に向かって黙々と歩いていた私だったが、先程から不思議に思っていたことが気になりすぎてついに足を止めてしまった。


「…ねえ、さっきから何でついてきてるの?」


振り向いた先にいたのは先程別れの挨拶をした相手、九条が立っていた。

しかも手には長い棒、おそらく竹刀のようなものを持っていた。


「え、もしかして闇討ちするほどさっきの事怒ってる…?」


「そんな訳ないだろう…」


呆れた顔で九条は私の隣に並んだ。


「…河川敷に行くんだろ?」


「何でそれを…」


知っているんだろう。

肝試しに行くだろうクラスメイトのことが気になり、危なそうだったら助けに入ろうと誰にも言わずに向かっていたはずなのだが…。


「教室でわざわざ止めに入っていたし、それにその荷物をみて確信したんだ」


九条の視線は私の鞄にむかっており、中には浄化するための掃除道具が入っている。

行動をよまれていたのが少し恥ずかしくて顔を背けてしまった。


「ほら、早く行かないと間に合わなくなる」


そう言って私の手から鞄を取ると彼は歩きだしてしまった。

頑固な彼に帰るよう説得するなんてただの時間の無駄に違いないし、それに1人じゃないことに少なからず安心したのも事実だった。


「…あのさ、その竹刀どうしたの?さっきは持ってなかったよね?」


「いや、持ってたよ。さっきの待ち合わせ場所のところに立て掛けてたんだ」


「そうなんだ。気が付かなかった…」


いや、それよりも何で竹刀なんて持ってきているんだ。実は剣道っ子だったの?

竹刀を持っている九条の姿を見ていると前世の記憶がよみがえってきて少し嫌な気分になってきた。


前世では聖女達を守るための存在、聖騎士といわれる人達がいたのだ。

彼らも私達のように穢れをみる力はあるがはらうことはできなかった。

その代わり剣を持って穢れを遠ざけたり吸い上げることで聖女を守ってくれていたのだ。

その聖騎士と竹刀を持っている九条を重ね合わせてしまうなんておかしな話だ。

だって彼は魔王だったのだから。


私は余計な事を追い払うように頭をふった。

すでに河川敷の近くまできており、気を引き締めなければと考えていると、少し先の方から子ども達の叫び声が聞こえてきた。


「今の声…っ!!」


「…走るぞ」


私達は急いで声のした方へと走り出した。

走り出して割りとすぐに子供達の姿がみえてくる。

見知った顔はおらず、私のクラスメイトではなかったがおそらく同じ考えで肝試しをしていのだろう。

子供達は急いで逃げ出してきたため、乱れた呼吸を整えるために地面に座り込んでしまっていた。中には怖くて泣いてしまっている子もいる。


「大丈夫!?怪我はしてない?」


近くにいた子に声をかけると驚かれたが、私達の姿を確認するとすぐに安心したように力をぬいた。みたところ全員怪我はなさそうだった。


「一体何があったんだ?」


「…そ、そこで肝試しをしてたんだ。そしたら幽霊が出てきて追いかけてきたから急いで逃げてきたんだよ」


「そうか…皆歩けるか?今日はもう帰ったほうがいい。それと遊びでこんなところに来てはいけない」


河川敷、特に暗い橋の下の方をじっと見ていた九条は座り込んでいた子達を立たせて帰るように促した。

子供達も素直に頷くと帰るために足を動かしたが、その中の1人が慌てた声を出してポケットを探っていた。


「どうしよう、鍵がない!肝試しする前は確かにあったのに…」


どうやら肝試しの時に家の鍵を落としてしまったらしい。

また河川敷に戻るのは危険だしこの暗闇では見つけるのも困難だろう。

残念だが鍵は諦めてもらうしかない。

だが彼は探しにいくと言ってきかなかった。


「いつ親が帰ってくるか分からないんだよ。探しにいかなきゃ…」


「待って。俺が行く」


「え!?ちょっと九条!」


九条は子供達が持っていた懐中電灯を借りると草が覆いしげる河川敷へと向かっていく。

明らかに嫌な気配しかしないのに鍵を探しにいくなんてバカだ。

九条を止めるために私も足を踏み出す。


「九条待って、危ないから戻ろう!」


「宮永は戻ってて」


「九条が戻らないのに私だけ戻れるわけないでしょ!この暗闇じゃ鍵なんて見つかりっこないよ!」


「……誰か人がいるんだ。そいつを連れたら戻るよ」


「え、もしかして逃げ遅れちゃった子がいるの?……暗すぎて見えないよ?九条の目良すぎない?」


目を凝らしてみても私には分からなかったが、もし本当に人がいるなら連れ戻さなければ。


私はお礼を言って九条から鞄を受け取ると中から聖水の入ったスプレーボトルと折り畳み式の箒を取り出した。

いつもは穢れをはらっている聖女の力だが、幽霊に対しても効果はあるのだ。昔幽霊にまとわりつかれた時に実践したことがあるので効果は保証する。


あれ、もしかして霊感少女っていうのもあながち嘘ではない?

やだやだ、そんな属性はいらない。

私には潔癖症だけで十分だ。


「……いた。あいつは…」


「え、どこ?…って、なんだか見覚えがある顔だなあ。ねえ、中村?」


懐中電灯を向けると相手が眩しそうに顔をしかめた。


「うわ、まぶしい!ってあれ、宮永じゃん。…それと九条?何でここにいんの?もしかして2人で肝試しかよ。おあついですね~」


私達の姿を確認した中村は急に不機嫌そうに口をへの字に曲げた。


「肝試しなんてしないんじゃなかったの?あれは嘘だったわけ?」


「嘘じゃねーよ。肝試ししないように見張ってたんだよ。さっきだって肝試しに来た奴らに帰るよう声かけたんだ。まあ、幽霊と勘違いされて逃げられたけどな」


「なんで中村がわざわざそんな事してるの?しかも子供1人だけで危ないでしょ」


「お前らだって2人でこんなとこにきてんじゃん。子供なのは一緒だろ」


「うっ、まあそれはそうだけど…」


でも中村と違って私達にはまだ対抗策があるから…。それでも安心はできないので早くこの場を去るに限る。


「とにかくここから出よう。ほら中村も!」


「なんだよ宮永。そんなに怖いのかよ?」


「こわいよ!だからお願い、早くきて!」


「…っ。わ、分かったよ。仕方ないな…」


中村はそっぽを向きながら返事を返した。

仕方ないってなんだ。

中村がこちらに来るのを確認して私も来た道を戻ろうと背を向けた時、後ろからカチャっと小さな音がした。


「今何か蹴ったな。なんだあれ、鍵か?」


振り返ると中村が川の近くの方を見つめていた。

おそらく足で蹴ったために川の近くの方まで飛んでいってしまったのだろう。

もしかしたらそれが落としてしまったという鍵なのかもしれない。

私が拾おうと近付くより先に中村が先にたどり着き鍵を拾い上げた。


「やっぱり鍵だな、これ。もしかしてさっき来た奴らのだったりするかな?どうおも…っ!?」


「中村!?」


鍵を拾い上げてこちらを向いていた中村は突然川の方へと体が傾いていく。

よくみると黒い川から伸びた何かが中村の腕に絡み付いているのが見えた。

私より先に反応した九条が風をきるように走り出し、持っていた竹刀を振り上げて絡み付いていた何かを叩ききる。

そのおかげで解放された中村を追い付いた私が引っ張り川から遠ざけた。

急いで九条のほうをみると、今度は彼の腕に黒い何か…あれは腕?人の手の形をしたものが彼の腕を強く掴んでいた。

余程強い力なのか徐々に彼の体は川の方へと引きずり込まれていく。

持っていた竹刀はすでに取り上げられて遠くに飛ばされてしまっていた。

何が起こっているか分かっていない中村に逃げるように言うと、私は掃除道具を持って九条のところに駆けつけた。

絡み付く手に聖水をふきかけるとわずかにゆるんだため、急いで九条を引っ張る。


「逃げるよ、九条!…っ!!」


そのまま逃げようとしたが今度は私の方へと手が絡み付いてきた。

想像していた通りの力の強さに体は簡単に引っ張られてしまい肩まで水につかってしまう。

九条が私の腕を掴んで引っ張ってくれているが水の中では上手く踏ん張ることができずどんどん引きずり込まれていく。


「九条、手を離して!!」


「…っ、バカな事を言うな!!」


このままだと九条も巻き込んでしまうため手を離してほしかったのだが、残念ながら頑固な九条は言うことを聞いてくれない。

私は肺の中にたくさんの空気を吸い込むと大きな声で聖歌を歌った。

ここらの川の水を聖水に変えてしまおうと思ったのだ。

だがそんな無謀なことは簡単にできるわけもなく、体の中の力がぐっと持っていかれる感じが分かった。


「くそ…っ!」


聖歌の効果で少し力がゆるんでいたが、それでも逃げ出すまではいかない。

九条も私を離すまいと頑張ってくれているがこのままだとすぐに力尽きてしまうだろう。

絡み付かれている腕が痛くて、思わず歯をくいしばってしまう。

聖歌を止めてしまったことで力が強まってしまい、ついに私は水の中へと引きずり込まれてしまった。


もう駄目かもしれない。


そんな考えが頭をよぎった時、水しぶきのような音が聞こえた後、急に引っ張られる力がなくなった。

すぐに絡まれていた腕とは反対の腕を掴まれ、水の中から引っ張り出された。


「ごほっ…ごほっ…」


「そうそう、水は吐き出してしまいなさい。上手ですよ」


気が付けば私は誰かに抱きあげられていたみたいだった。

大きな手が背中をトントンと優しく叩いてくれる。


助かったのだろうか…?


閉じていた目を開けると、そこにはよく見知った顔が心配するように私の顔をのぞきこんでいた。


「……御手洗、先生?」


「意識はあるみたいですね。良かった。とりあえずここから離れましょうか」


そう言うと先生はジャバジャバと音を立てながら川から上がった。

途中で何かを拾い上げるために屈んだがしっかりと支えてくれていたので落ちる心配はなかった。


「すみません、九条くん。無断で借りた上に竹刀を折ってしまいました。後日弁償しますね」


先生が拾い上げたのは九条の竹刀だった。

確か先程向こうに飛ばされてしまっていたはずなのだが、何故ここにあるんだろうか。

竹刀は半分に折れてしまっており、もう使うことはできないだろう。


「先生…あなたは、もしかして…」


「九条くん、話は後にしましょう。しばらくは大丈夫かもしれませんが安全ではないですからね。それに夏とはいえそのままでは2人とも風邪を引いてしまいます」


「はい……」


九条は先生から竹刀を受け取るとそれきり口をつぐんだ。


河川敷から離れると先程の子供達はおらず、その代わりに泣きそうな顔の中村が突っ立っていた。

私が先生に抱きかかえられているのを見てさらに顔を歪めている。

この年で担任に抱っこされているのは恥ずかしいのでできれば降りたかったのだが、いかんせん力を使い過ぎて上手く体が動かないのだ。

だから私には大人しくしているしかない。

重いのに先生ごめんなさい。


「中村くんの家は確かここから近かったですよね。1人で帰れそうですか?」


「帰れます…けど…」


「そうですか。私はこの2人を家まで送っていきますので気をつけて帰って下さいね」


先生は何か言いたげな中村の背を押すように家へと帰らせると私達を家まで送ってくれた。


全身びしょ濡れで身動きがとれない私をみた両親はそれはもう驚いて、すごい勢いで先生に謝罪と感謝のお礼を言っていた。

困ったように苦笑していた先生は念のために医師の診察を受けるように両親に言うと、私の頭をそっと撫でた。


「説教は元気になったときに改めてしましょうね宮永さん。それではしっかりと休んでください」

ポンポンと頭に触ると先生はにこりと爽やかな笑顔に似合わない発言を残して去っていったのだった。



その後私は濡れてしまったのが良くなかったのか風邪をひいてしまい、3日間寝込むことになった。

お見舞いにきてくれた九条にあの時の状況を聞くと、御手洗先生が竹刀をつかって私に絡み付いていた腕を断ち切ってくれたらしい。

あの場にタイミングよく現れたのは先生も児童達が肝試しをしている可能性を危惧して見回りをしていたそうだ。

助けを求めて飛び出した中村が近くにいた先生を呼んできてくれたおかげで命拾いをしたというわけだ。

中村にもお礼を言わなければいけないな。


そもそも彼を巻き込んでしまったのは、私の発言が原因らしい。

彼は河川敷で肝試しをする予定だったクラスメイト達に神社裏の林を提案したみたいだった。

それらしい怪談話を聞いたクラスメイト達は興味をひかれたみたいでそちらの方で安全に肝試しをやったとのこと。

それでも本当に河川敷の方に来ないかは分からなかったため、中村は1人で見張っていたということだった。

何だかんだ言って中村は意外と面倒見が良いらしい。


それにしてもまさか御手洗先生が私達側の人物とは思いもよらなかった。

竹刀を使ってあれから助けてくれるなんて、まるで前世の聖騎士を彷彿とさせる。

先生からは何も聞けてはいないけれども九条兄妹や私のように前世持ちがいるのだ。

もしかしたら先生も前世持ちの可能性があるかもしれない。

気にはなるものの、でも積極的に探ることはしないでおこう。

何度も言っているが私は前世とはこれ以上関わりたくないのだ。

ただでさえ何故か周りに前世持ちが現れはじめたり今回のように危険な目にあっていて嫌な予感がするのだ。

まあ、肝試しは自分から危険な事に突っ込んでいったかもしれないが…。


私はただ平凡な日々を過ごしたいだけなのだ。

だから前世なんていらない。

聖女の力もいらない。

いっそのこと忘れることができたらいいのにと私は心の中で強く願うのだった。

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