2.素朴な甘さ
「お姉ちゃんみてみて!」
いつもより早めの夕御飯を食べた後、
浴衣姿に着替えた私の妹、宮永陽菜子が
嬉しそうな声を出してかけよってきた。
白地に鮮やかな向日葵が咲いており、
結い上げた髪にも向日葵の髪飾りがつけられている。
「ひな、走ったら崩れちゃうよ」
「そうだった!」
私の指摘にぴたっと足を止めた陽菜子は、
今度はゆっくりと歩いてくると
私の前でくるりと1回転してみせた。
「どう?似合ってる?」
「うん、すごく可愛いよ」
「ほんと?」
嬉しそうにはにかむ姿は身内びいきを抜きにしても可愛いなと思う。
2つ下の妹は同じクラスで新しくできた友達とお祭りに行くらしく、お互い浴衣でいこうと約束したらしい。
その友達の名前を聞いたとき私は思わず同姓同名か?と聞き返してしまい妹に疑問に思われたのはつい最近の話だ。
「大丈夫?九条も浴衣着てくるんだろ?その隣を歩くなんてひなは引き立て役じゃん」
「何それひっどーい!確かに紗良ちゃんは可愛いけど!あ、もしかして陽大、本当は紗良ちゃんとお祭り行きたかったんでしょ~」
「……めんどくさ」
はあ、と目の前でため息をついているのは私の弟でもあり陽菜子の双子の兄でもある宮永陽大。彼も友達とお祭りに行くらしく、まだ何か言ってくる陽菜子を無視して玄関へと向かっていった。
「まったく、素直じゃないんだから~」
「ほら、ひなも早くしないと時間ないよ?」
「あ、ほんとだ!紗良ちゃんを待たせちゃう」
時計をみた陽菜子は慌てて巾着袋を持つと玄関へと向かった。お祭り会場まで送るため私も荷物を持って靴をはいたのだった。
お祭りは近くの神社で行われており、多くの人で賑わっていた。約束していた待ち合わせ場所に着くとすでにそこには2人の人物が立っており、陽菜子が手をあげて小走りでかけよっていく。
「紗良ちゃんごめん!待った?」
「ううん、今さっき来たところだよ」
「良かった~。あ、紗良ちゃんのお兄さんですか?私は紗良ちゃんの友達の宮永陽菜子といいます!」
「兄の紫音だ。妹と仲良くしてくれてありがとう。これからも仲良くしてくれたら嬉しい」
「もちろんです!」
陽菜子は紗良ちゃんの手を握ると元気よく返事をした。
お兄さん格好良いね~と妹が紗良ちゃんに笑いかけると、紗良ちゃんは嬉しかったのか照れながらも笑顔で頷いていた。
何それ可愛い。
実は夏休みに入ってから知ったのだが私の妹と紗良ちゃんは同じクラスだったらしく、穢れをはらい学校に通えるようになった紗良ちゃんは陽菜子と仲良くなったらしい。
まあ、陽菜子は人見知りしない性格だから転校生の紗良ちゃんにぐいぐい近付いていったのだろう。
穢れをはらった後に紗良ちゃんに前世の事を聞いてみたのだが、あまり記憶はないらしく、私が歌っていた聖歌を耳にした時に懐かしさを覚えたらしい。
おそらく彼女も聖女だったのだろう。
私の勝手ではあるが、できればこのまま思い出すことなく普通に過ごしてほしい。
聖女だった頃の記憶なんてない方がいいに決まっている。
陽菜子と楽しそうにしている紗良ちゃんを見ていると余計にそう思った。
屋台をみて回るという2人に手を振ると隣にいた九条が話しかけてきた。
「宮永も誰かと祭りをまわるのか?」
「いや、私はちょっと用事が…でも、その前にあれは買っておこうかな」
私は辺りを見回して目当ての屋台を見つけると1つ購入をした。ついてきていた九条が私の手元をのぞきこんでくる。
「たこ焼きみたいな形だな」
「あれ、もしかして知らない?お祭りでは結構定番だと思ってたんだけどなあ、ベビーカステラ」
作りたてだから袋ごしでもカステラの温もりが伝わってきた。私は1つそれを掴むと九条に差し出した。
「食べてみなよ、美味しいよ」
「いや、別に欲しくて見てたわけではないから…」
「いいから、いいから。ほら」
「っ!」
九条が頑固なのは知っていたから、ベビーカステラを口元に持っていった。
その際に唇にふれてしまったからもう食べるしかないだろう。
それでも九条は遠慮しているのか一瞬だけ戸惑うように視線をさ迷わせると、そっと口をあけてベビーカステラを食べた。
「どう?素朴だけどほんのりと甘くて美味しいでしょ」
「……」
「あれ、もしかしてカステラ嫌いだった?」
「いや、美味しかったよ…」
そう言うと彼は顔を手で覆い深いため息をついた。
本当はカステラが苦手だったのだろうか。
もしそうならば申し訳ない事をしたと思い、私は慌てて謝罪をした。
「いや…そういうことじゃなくて…。それより宮永は用事があるんじゃないのか?」
「う、うん。それじゃあ私は行くね。…さっきはごめんね!今度からはちゃんと好き嫌いを確認するよ!」
最後にもう一度謝罪をして私はお祭り会場を後にしたのだった。
2.素朴な甘さ
初めての味はほんのりと甘く、そしてどこか懐かしい…。