1.平凡な夏休みは肝試しから
※『元聖女は潔癖症!!』シリーズを読んでいないと話が分からない可能性があります。
短編「元聖女は潔癖症!!」→「魔王の妹編」→「肝試し編」
潔癖症のあるごく普通の小学生、
宮永杏樹には前世の記憶がある。
前世での私は穢れをはらう聖女として、
穢れを撒き散らす諸悪の根元である魔王を
倒す旅に出かけ、あっさりとその命を
散らしてしまったのだった。
前世の名残なのか生まれ変わった現世でも
普通の人にはみえないものをみることができ、
またはらう力を持っていることが分かった私は、
その力を誰にもバレないように隠すことに決めた。
理由は単純で前世では叶えられなかった
平凡な人生を今度こそは手に入れたかったからだ。
かくして潔癖症と偽ってさりげなく
穢れをはらいながら平凡な日々を
過ごしていたある日、クラスに季節外れの転校生、
九条紫音がやってきた。
そして彼が現れたことで私の平凡な日々は
少しずつ狂っていくことになる。
なんと彼は驚くべきことに私が倒そうとして
逆に返り討ちにあってしまった
魔王の生まれ変わりだったのだ。
なるべく関わりたくなかった私だが
彼の妹、九条紗良にまとわりついている穢れを
はらってほしいと助けを求められてしまい、
その手助けをすることに…。
どうにかこうして彼の妹を
助けることが出来て良かったのだが、
気が付けば私と九条は付き合っている
等といった噂が流れてしまっていて…。
前世での関係者とは極力関わりたくないのに
上手くいかない現状にため息を
ついてしまう私だった。
だが明日からは夏休みに入るため、
その間に噂も少しは落ち着くことだろう。
それから少しずつ九条から距離を取っていけば、
ただのクラスメイトに戻れるに違いない!
うん、きっとそうだ!
そうやって自分を納得させていると、
冷房のない教室に開け放たれた窓から
生ぬるい風が流れ込んできた。
担任である御手洗先生が夏休み中の注意点や
宿題の話を話しているが、外の蝉達の声が
うるさすぎてよく聞こえない。
まあ、毎年同じようなことを言うだけなので
きっと問題はないだろう。
「皆さん、くれぐれも危険なことはしないように夏休みを過ごしてくださいね」
そういって先生が話を締めくくると、
児童達は立ち上がり各々の掃除場所へと向かう。
最後に掃除をして1学期は終了となるのだ。
箒や塵取りを持って楽しそうに夏休みの予定を
話しているクラスメイトを見ていると
同じクラスの男子、中村が話しかけてきた。
「吉永は夏休みは九条とデートか?あ!もしかして来週の夏祭りは2人で行く約束でもしてんのかよ」
「……」
「ひゅーひゅー!お暑いねえ~…って、痛!ちょ、やめろって。いたたたた!!」
ニヤニヤしている顔が無性に腹が立ったので
思わず持っていた箒で中村の脛に叩きつけてしまった。
いつもいつも同じネタでからかってくるため
本当に面倒くさい。
こいつのせいで私と九条が付き合っている
とかいう噂が広まってしまったのだ。
これぐらい当然の報いだと思う。
余程痛かったのか涙目になった中村は
これ以上叩かれないように友達のいる
教室の隅の方へと逃げていった。
ちょうど近くにいた九条が中村に
何か言っているみたいだが、
奴の不機嫌そうな顔をみる限り
反省はしていないだろう。
やっぱりあいつは一度しめないといけないな。
「ふふ、中村くんは不器用だよねえ」
「いきなり何の話?千代ちゃん」
「不器用なままじゃ勝てないよって話だよ~」
「不器用?え、勝つって何に?私に?」
「ふふふ~」
私が頭の中で中村をしめる計画を立てていると、
いつも髪の毛を綺麗に三つ編みにまとめている
親友の小桜千代が口に手を当ててくすくす笑い始めた。
言っていることはよく分からないが
本人は楽しそうだし何より可愛いのでそっとしておこう。
「なーなー、来週の夏祭りの時に肝試ししない?参加するやつ手あげてー!」
「何それ面白そう!どこでやるわけ?」
「夏祭りの神社の近くにさ河川敷あるじゃん?そこ出るって噂あるらしいんだよ。面白そうだろ?」
皆で掃除をしているなかクラスメイトの1人が
教室の前の方に立って何やら
肝試しの提案をしてきた。
先程アホな中村が言っていた夏祭りが
来週近くの神社で行われる予定であり、
普段夜遅くに出掛けられない私達でも
この時ばかりは友達と一緒に出掛けることができるのだ。
おそらくその夏祭りを口実に
肝試しをするつもりなのだろう。
夜は穢れやよくないものが増えるから
私はおすすめしないが、余程のことでもない限り無理に止めたりはしない。
好きにしたらいいと思う。のだが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
「…子どもだけで肝試しなんて危ないんじゃない?」
肝試しで盛り上がっている一部のクラスメイト達に対して私は声を上げた。
「は?いいじゃん別に。近所なんだし大丈夫だろ。やりたくないなら宮永は来なければいい話だろー」
「もし何かあったらどうするの?」
「何かってなんだよ?もしかして幽霊が襲ってくるとか?潔癖症だけじゃなくて今度は霊感少女か?」
そう言ってからかうように笑ってくるから
私もカチンと頭にきた。
教室にある時計を見るともう
掃除終了時間間際であり
そろそろ担任も戻ってくる頃だろう。
そう考えているとちょうど御手洗先生の姿が
見えたので私は先生に向かって手を挙げた。
「先生!!子ども達だけで夜遅くに河川敷で肝試ししようとしてるみたいなんですけど注意してくれませんか?」
「あー!!宮永おまえ、バカっ!!」
「河川敷で肝試しですか…つい先程危険な事はしないようにと言ったはずなんですけど、困りましたねえ」
困ったように苦笑しながら、しかし先生は
肝試しに参加する予定だった子達にいかに
危険な事なのかをこんこんと言い聞かせていた。
長い説教を受けてしまったクラスメイト達からは
睨まれてしまったが私だって仕方なかったのだ。
というのも肝試しに選んだ場所が悪い。
お祭りがある神社裏のちょっとした林とかなら
私も何も言わなかったのだが、
彼らの言う河川敷はここらじゃ心霊スポットとして
有名で昼間でさえ暗い範囲気を醸し出している。
私も近くを通ることがあったのだが、
あそこはよくない気配がするため
余程のことがない限り近付きたくない場所だ。
あそこで肝試しなんて絶対に何か起こるに決まっている。
水難事故も結構起こっているらしいしね。
私は恨みがましい視線を向けてくるクラスメイトを無視して掃除道具をしまっていると何故か中村が近寄ってきた。
「なに、宮永。お前肝試しとか怖がる系なわけ?ま、俺は全然怖くないけどな」
「はいはい、そうですねー。そりゃ私にだって怖いことぐらいありますー」
「え、ほんとに怖いんだ…ふーん…」
「そんなに意外?私を何だと思ってるわけ?」
「いや、別に…てか、怖いならわざわざあいつらに注意しなければいいのに。説教くらってもあいつらきっと行くぞ?」
「まあ、そうだよね…」
先程はつい御手洗先生に告げ口してしまったが、
あれはちょっと腹が立ったからやったことであって
説教くらいで彼らが肝試しをやめるとは
私だって思っていない。
夏祭りの夜、こっそりと肝試しに行くことだろう。
「せめて河川敷じゃなくて、神社裏とかにすればいいのに…」
「河川敷じゃなければいいのか?何で?」
「何でって…あそこは水難事故も起こってるし心霊スポットだから他に誰か来てるかもしれないでしょ。その分神社裏の林はお祭りの会場からそう離れてないし」
「ふーん…」
「…さっきから何?中村も肝試しに行きたいわけ?やめときなよ、絶対に」
「お前がそんなに言ってるのに行かねーよ。また叩かれたくないからなー」
そう言って中村は離れていった。
何しに来たんだあいつは…。
どっと疲れを感じながら他の子と同様に
私も荷物をまとめおわるとランドセルを背負い、
友達にお別れを言ながら教室を出る。
平凡な夏休みを過ごす予定がさっそく
来週の夏祭りに面倒事が起こりそうで思わず
ため息をついてしまったのは仕方のないことだろう。
1.平凡な夏休みは肝試しから崩れていく…。