弐、瑠璃の目線
警察部隊の監視は、開発班の軍人へと移譲され、俺は炭鉱夫の宿舎に案内された。炭鉱夫には、皇国市民が生業として働いている市民炭鉱夫と、様々な理由で軍による監視が必要な管理炭鉱夫が居る。捕虜である俺はもちろん管理炭鉱夫として席を置くことになった。といっても捕虜が好んで炭鉱で働くというのも珍しい話で、普通は街で生産業を手伝ったり、農業を手伝ったりするのが一般的な捕虜のあり方のようなので、街も自然もない無機質な山堀りを志望した俺に対して「本当にいいんですね」と念を押されたりもした。そのような場所で、働く虜囚はどうやら俺一人だったようで、同僚は皇国で何らかの犯罪を犯して刑務につかされた者ばかりであった。
「何ヤッた?」
最初に声を掛けてくれた気さくなお爺さんは、懲役30年のベテラン管理炭鉱夫であった。
「何ヤッた?」
としきりに聞いてくるので、「捕虜です、虜囚です。そんなあなたは?」と丁寧に返すと、1時間超の長話が始まった。かいつまんで説明すると、違法薬物の売人として長いこと働き、前科5犯を超えたあたりで懲役が2桁に到達したと。自分の売った薬草で、客が幸せそうな顔になる瞬間がたまらないだのと。そんな話に俺は頷きながら、こういう御仁がちゃあんと娑婆に居ない所がこの国の良さなんだなと悟った。
そんな愉快な同僚たちは十数名居て、話の通じそうな人に尋ね、市民炭鉱夫とは別の穴から作業に入ることや、当番制で一週間ごとに別の軍人が監視を担当するなど、基本的なことを聞くことができた。その中でもぎょろりとした目のお爺さんに話しかけると長話を聞かされるという件については、より前もって聞いておきたかった話だった。閑話休題。自分には思ったより開放的な部屋が与えられ、食事も出た。皇国のご飯というのはこうも帝国と変わらないものか、焼き魚に味噌汁、味は少し薄いがうまい。意外に感じられるかもしれないが、捕虜に対しては少しいい暮らしが与えられる。元敵国の人間に、ギリギリの貧苦を与えれば、ただでさえ生じやすい復讐心や敵対心に火をつけてしまう可能性がある。敵国の中にあって暴動を起こす場合は、備えも十分に行うので大事になりやすい。その危険性回避の考え方から、ある程度の生活水準を保証するほうが、かえってお金がかからないのだ。これは大和帝国でも同様の方針だ。そのおかげでこうして柔らかい布団で寝られる。いいじゃあないか。炭鉱での生活はこんな一日から始まったのだった。
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それから炭鉱での仕事が始まった。炭鉱と言っても何百年も続く戦争で、ずっと掘られてきたためか、えらく整備されている。広く大きな空間で、まるで地下都市があるかのような趣があった。特に光源がなんとも不思議で、南蛮で発明されたという”電球”に似た仕組みが使われているようだ。根本には何らかのの記号が記されていた。「し…3の逆…潰れた丸…???」とにかく明るいので炭鉱内は昼のようであった。作業はすぐに慣れ、一週間もすれば同僚のやっている早掘り競争にも参加できる様になった。体力には自身があったのだが、件の売人じいさんも意外と早いので、何度も首位を取りそこねるのだった。そういった生活を1ヶ月ほどやっただろうか。カンと高い音がつるはしの先に響いたと思えば、岩盤のように固く砕けない大岩が姿を表した。掘る場所を変えようと監督役の軍人に状況を説明すると、この状況を打破できる備品に心当たりがあると言って外に行ってしまった。炭鉱掘りにも区画計画があるので、計画どおりに掘らなくては岩盤崩れの原因になったり、効率が悪化するので安易な場所変更をするべきではないと判断したのだろう。作業場所に戻って、掘り進めたばかりの暗い横穴で、例の不思議な光源を付けたり消したりしながら待ちぼうけていた。すると後ろから生意気な女の声がした。
「ポンのチカラがヒツヨウだとキきました、しかたアりませんねぇ。」
そういう台詞は、期待値を下げるものだとやさしく教えてやろうと振り返ったら、遠くから青い光の線が近づいて来るのがわかった。なんだろう。と暗くしていた光源を付けた。
戦慄が走った。嫌な汗が背を伝った。目の前にいたのは、あのおぞましい人形だった。




