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5年目の幸せ

 私の名前は安藤 玲。

 こちらの国に迷い込んで早5年。悪夢だと嘆いた日々もあった。それでも、血の滲む努力の末、“アンドレー”として生活するうちに、その名に対する違和感は薄れはじめた。

 それと共に、日本に帰りたいと焦がれていたはずの気持ちも、驚くことに、薄れ始めた今日この頃。


 私は不器用で心の優しい巨人、クロウと共に平和に暮らしていた。


 そして、そんな幸せな生活を祝福される日がやってきた。詳しくはわからないが、どうやら婚儀のようなものが行われるらしい。クロウはたしか“披露宴”と呼んでいた。お祭りのようなものだ、と説明され、なんだ、そんなもんか、と軽い気持ちで床に就いた。

 が、明朝、太陽も昇っていない時間にエマさんに叩き起こされ、興奮状態のエマさんを筆頭に女性を何人か引き連れ、あれよあれよと着替えやら化粧を施されていった。


 確かにお祭り騒ぎだ。


 漸く、エマさんから解放されたころ、タイミングよくクロウが現れた。


「アンドレ? どこだ?」

「クロウ、ここよ」


 ここにきて漸く、言葉がすんなり出てくるようになっていた。

 世界が広がる、とはこのことか、としみじみ思いながら鏡に映る己を見つめた。


 …それにしても。

 よくもまぁ、ここまで派手に着飾るものだな。


 日本ではめったに着ない派手で形もよくわからない不思議なドレスに身を包む私とおそろいの衣装を身に纏ったクロウがひょっこり現れた。


 ちなみに、今朝方叩き起こしに来たエマさんも、エマさんの右腕のようにあれよあれよと手伝ってくださっていた妖精のような美しい女性方も皆一様に顔を曝け出していたので――彼女達の用意の邪魔にならないよう合間を縫って――何故なのか尋ねてみると、この披露宴では基本的に顔を出すことが礼儀とされているらしい。本人達はもちろん、参加者も皆サプサラジーは巻かないことになってる、と。


 その言葉通り顔を晒したクロウを久々にみることができた。

 やはりどこか神秘的で美しい。

 こちらの住人が皆美しいということもあるが、クロウは特に美しいと思った。


「大丈夫か?」

「ええ。緊張はしてるけど」

「そうか」


 口下手であまり感情を露わにしない彼が、今日は手に取るようにわかる。そのあまりの可愛さに思わず笑みがこぼれた。


「ねぇ、クロウ?」

「なに、アンドレ」

「私の旦那様、よね?」


 いつの間にか交わされていた婚姻は、思い描いていたようなプロポーズもなく、浪漫の欠片もないものだったが、不思議と悪い気はしていない。むしろ、胸はとくん、と躍る。


「そうだよ。俺のお姫様」


 照れもなく、クロウが言い放った一言に、思わずふっと笑ってしまう。


 あれは何の絵本だっただろうか。


 そう遠くないはずなのに、濃密な時の流れを逆らうことは難しい。



「さぁ、披露宴のはじまりだ」



 珍しくはしゃいだ声を発するクロウ。

 この男は不器用だけどなかなかの策士だよな、とこちらも負けず劣らずの浪漫の欠片もない感心を胸に抱きながら、伸ばされた手を取った。



 ――神の音と称される銀鐘が響き渡る中、小さく微笑んだ。



 いつか貴方が読んでくれたあの絵本たちのようなハッピーエンドとなりますように。



 そんな温かな祈りを込めて。私たちは微笑みあった。





 私のこの5年間は彼だけのために費やした。彼だけのための5年間だ。そんなことを私が考えているなど毛ほども思っていないであろうクロウには元から伝える気などない。


 この5年間にわたしたちの甘い日々があったかどうかは…

 私と彼だけの秘密。ただ言えることは、わたしは幸せだ、と言うこと。

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