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    真実

 それから少ししてからまた甘い香りがどこからともなく充満し、カグリーが来たことがわかったので、私はキッチンから出ずに待っているとクロウが玄関から「もういいよ」と言われたので、会いにいく。


「おお。アンドレは本当に女の子なんだな」


 カグリーはケラケラと笑いながら覆っていた布を外した。現れたのはドイツ系アメリカ人に似た容姿でとても整っていた。それはもう綺麗を通り越して怖ささえ感じる。その整った容姿に加え、小さな頭が――身長はクロウ同様にバカデカイ――なんとも憎らしい。

 それから、その隣にいる人も同様に布を外した。でてきたのはこれまた神々しいまでに存在感のある美女だった。カグリーの肩ほどまで伸びている身長。手も足も長く、それは最早人間とは思えない。


「あなたがアンドレね? 私は、エマージーン。エマって呼んでね」


 頷いてからクロウの方をみやる。クロウは布を巻いたまま「挨拶」と言ったのでこの鬼畜野郎、と天を仰いでからもう一度ダンスを踊った。

 エマさんは少し驚いてからすぐに手拍子をしてくれた。カグリーはずっと笑っていた。


「ところで、アンドレはなぜ話さないの?」


 エマさんは不思議そうに尋ねた。


「片言がいやなんだってよ」


 それが全てではないがそれも一理あったので頷いた。


「あら、そんなの気にすることないのに。可愛らしいじゃない」

「そんなことどうでもいいよ。早く入ろうぜ」


 カグリーは未だに笑いが収まっていないらしく、苦し紛れにそう言い放った。

 クロウたちはそのままリビングへ向かい、私は黙ってキッチンへと分かれた。

 カグリー達が特別デカイというわけではなく、こちらでは男女共にバカデカイのが普通なのだ。その体格に合わせて当然家具や食器、キッチンがその高さに合わせて作られている。最初はその高さの差に地団駄を踏んでいたが、そこはクロウがいろいろ配慮してくれたようであらゆる家具や食器が買い足され、今では不便を感じなくなってきた。

 本日の料理を整えつつ、客人用に簡単なもので品数をカバーする。できた料理を順番にクロウが運んでくれたのであまり待たせることなく食事の準備ができた。

 四人がけのテーブルにカグリーとエマさんが並んで座り、その向かい側にクロウと私が座るようセッティングされていたので、その通りに座った。私が落ち着くのを待ってからエマさんは微笑んで「うまく座るのね」と褒めてくれたので、思わず得意げな顔つきになってしまった。これも努力の賜物なので素直に褒め言葉として受け取っておく。


「それにしても本当に小さいわね。まるで妖精だわ」

「たしかに。クロウの隣に座らせるとなんか良心が痛むな」

「そうね」


 エマさんは口元を手で覆いながら哀れんだ瞳でこちらをみつめてきた。

 その哀れんだ瞳に言い返す言葉を吐き出すことができず、仕方なくクロウのほうを見るといつものグルグル頭で「アンドレ、食儀を」と言い放った。

 食儀とは、簡単にいうと『いただきます』のことらしく、これはさすがに声に出さなけれはできないものだ。

 あまりの横暴っぶりにクロウを睨んでやると、クロウは少し考えるそぶりをしてから、顔を覆っていた布をすばやく剥ぎ取った。そこから久々に現れた表情をこれでもかと歪ませ「頼むよ」と言ってきた。

 そんなクロウの態度を跳ね除けることができるはずもなく、さっき必死に踊ったのに、何だったんだと心の中でぶつぶつ文句を吐き捨てながら仕方なく「感謝、恵、いただく、ます」と小さな声で述べた。

 私の片言っぷりに向かい側に座るエマさんは目を丸め、クロウの前に座るカグリーはお腹を抱えて笑った。


「カグリー、いじわる。皆、アンドレ、言葉、笑う」

「そんなことない。カグリーがクソなだけだ」


 クロウの口から聞いたことのない単語が出てきて、私はいつものように興奮しながら「クロウ、なに! 言葉、意味!」と詰め寄るとクロウは、椅子から落ちてしまいそうな私を抱きかかえ、自分の膝の上に座らせてから「ダメな人って意味」と教えてくれた。


「だめ」

「そう。だめ」


 なるほど、と頷いた私に満足したのか、クロウは「また後で本を読んでやるから、今はご飯だ」と言って頭を撫でてくれた。


「べんきょう」

「そうだ。あとでな」

「理解」


 もう一度頭を撫でてくれてから椅子に戻してくれた。


「へぇ。ちゃんとしてんのね」


 相変わらず笑っているカグリーの隣でエマさんが感心したように言い放った。


「エマ、なに?」

「アンドレは本当に小さいわね。本当はいくつなの?」


 スルーされた上にまた年齢の話題だったため、辟易しながら己が子供ではないと伝えると「冗談よ」とあっさり認めてもらえた。


「だって、クロウの奥さんになれる年齢にはなってるんでしょ?」

「え?」

「だから、成人はしてるってことでしょ? 成人、わかる?」

「理解」

「うーん。どれに引っかかったんだろ?」

「アンドレ、ひめさま? 違う」

「姫様?」

「エマ、カグリー、ひめさま。アンドレ、違う」

「アンドレ、姫様じゃない」


 すかさずクロウの訂正が入り、必死に覚えたての単語を絞り出す。


「お、よめさん」

「そうだ」


 なんとかなった、と息を吐き出し、エマさんをみつめるとすごい形相でクロウを睨んでいた。


「エマ、なに?」


 何か変なことを言ってしまったのだろうか。

 不安に思い、エマさんを呼ぶと、エマさんは大きく深呼吸してからクロウに「どういうこと?」と静かに――それでいて恐ろしく冷たい声で――詰め寄った。


「アンドレ。聞いてくれ」


 そんな恐ろしいエマさんを無視して急に私と向かい合うように椅子を反転させられ、不思議に思いつつ頷いた。


「なに」

「俺の家へ来てすぐ、サインして貰っただろ?」

「さいん?」

「ああ。ナッツの豆まきに出てきただろ?」


 そう言われて何度も読んでもらった絵本の内容を思い出す。


 さいん、さいん、さいん。


「あ。ナッツ、豆、ばいばい、いいよ?」

「そうだ。サイン、アンドレもしたろ?」


 そう言われたが、3年も前の話をされても思い出せない。


「ない」

「…したんだ。それが、婚姻届だ」


 また知らない単語が出て来たので「教えて!」と私が興奮するより先にエマさんの地雷が爆破した。


「クロウ! あんた! バカじゃないの!」


 叫び声と共に立ち上がった女神をぽかんと間抜けに口を開けたままみつめる。言ってる内容はほぼわからないので、何に怒っているのか見当もつかないが、私に怒っているわけではなさそうなので、とりあえずクロウの方へ顔を向けた。


「エマ、アンドレが怖がるから座れ」

「馬鹿! 死に去らせ!」

「こらこら、エマージーン。僕の可愛い天使。そんなこと言ってはいけないよ?」

「カグリーが出てくると余計面倒になる。黙ってろ」

「人の旦那に向かってなんてこと言うの! このクズが!」


 お。

 それは知ってる!


「クロウ、だめ、ひと」


 得意気に言い放ったが私以外が皆、一様に脱力したように深々と椅子に座ったので、もしかしたら間違えたのかもしれない。


「アンドレ、へん?」

「いいえ。そんなことないわよ。妖精ちゃん」

「エマ、なに?」

「妖精、よ」

「クロウ!」


 教えて! と、訴えかけたが、スルーされ「とりあえず、飯にしよう」とこれまた不器用に話をそらされた。


「大地の恵みに感謝し、いただきます」


 何事もなかったように食儀を述べ、食事が始まった。


 食事が終わると、エマさんは大きなため息を吐き捨ててから「アンドレ、聞いて」と優しく話しかけてくれた。


「エマ、なに?」

「アンドレはクロウのお嫁さんになったの」

「え?」

「意味わかる? 結婚」


 けっこん?

 けっこん、けっこん、けっこん。

 意味?

 わかる?


「る! え! く、クロウ!」


 食器の片付けをしているはずのクロウにむかって絶叫するもクロウは「ちょっと待って」と呑気なことを言ったので私から出向いてやることにした。


「うわ! アンドレ、突進はダメだって前に言ったろ?」

「クロウ、なに。アンドレ、およめさん!」


 これが本当なら驚愕な事実だ。


「ああ。さっき言ったろ? ナッツの豆まき」

「それ、さいん! ちがう! お嫁さん、する! なに!」


 わけのわからない状況になってので久々に地団駄をお見舞いしてやるとクロウは困った顔をして、私をヒョイっと抱き上げた。


「アンドレは俺のお嫁さんだよ」


 抱きかかえられ、耳元で囁かれた意味を理解する前に、クロウの優しい手が私の頭を撫でた。


「…クロウ、手、優しい」


 とりあえず、感謝の気持ちをのべる。いつもは、はいはい、と聞き流すのに今日は「どういたしまして」と甘く囁いた上に珍しく微笑みまで浮かべた。


 なんたる、僥倖!


 おもわず魅入っていると、エマさんが「ほだすな!」と叫んだ。

 クロウは小さな声で「困ったな」と囁いた。

 それがクロウらしくない台詞だったので思わず笑ってしまった。


「なんだよ。俺らの前でいちゃつくなよ」


 リビングでぐうたらしていたはずのカグリーまでもがいつのまにかキッチンへ現れ、ついでに隣に立つエマさんの肩に腕を回し、抱き寄せた。

 妙に絵になるな、と考えながらカグリーの放った言葉の意味を尋ねた。


「カグリー、なに?」

「イチャイチャだよ。イチャイチャ」

「クロウ、なに?」

「またあとでな」

「べんきょう」


 これもまた勉強か。


「なんだよ。なんの勉強だよ。ど変態が」


 カグリーの言ってることのほとんどがわからなかったが、カグリーの表情からあまりいい言葉ではないのだろうと察したのでそっとしておくことにした。それが正解だったのか、エマさんもクロウも聞こえなかったかのように「はぁ、不安だわ」と見事にスルーした。


「クロウ。あんた、いつになったら披露宴するのよ」

「アンドレ次第かな」

「話せなくても披露宴はできるでしょ!」

「アンドレは外に出たがらないんだ」


 な? と聞かれ、大きく頷くとついにエマさんは頭を抱えた。


「心配だわ」

「まぁ、まぁ。また遊びにくるわ」

「おい、帰る前に何の用件だったんだよ」

「披露宴の話さ。でもまだ早そうだな。俺から隊長にいっといてやるよ」

「ああ、頼むよ」

「アンドレ、またな」

「またね、妖精ちゃん」

「カグリー、エマ、ばいばい」


 クロウに抱きかかえられながら手を振ると二人とも優しい笑顔で振り返してくれ、出て行った。


「さて、と」

「クロウ!」

「そうだな。なにから話すか」


 聞きたいことは山ほどあった。

 それでも。


「アンドレ」


 優しい声音で私の名を呼び、頭を撫でてくれるその腕があればもう他はなんだってよかった。



「クロウ、あの、ね?」



 聞いて欲しいことだっていっぱいあった。



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