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3年目

異世界転移といっても、ゆるーいお話なのでサラッと読んでくいただけると、幸いです。

 5年という歳月は、私のような成人した女からしてみれば、単調で果てしないもののように感じるが、世の中の出来事をなんでもかんでも好奇心に駆られ、赴くままに吸収してしまうような幼少期の5年は、全く意味が違い、濃厚で短い。

 同じときの流れではあるが、まったくの別物なのだ。


 そんな濃密な――むしろ悪夢のような――5年を、今更体感するとは思いもしなかった。


 ――悪夢の幕開けだ。


 ◆ ◆ ◆


 目が覚めたらいつもと違った光景が目の前に広がっていた。

 寝起きの頭ではうまく状況が理解できず、とりあえず冷静になれ、と自分に言い聞かせ、最後の記憶を辿る。

 が、うまくいかない。


 もしかして、昨日飲みすぎた?


 そんな頭のイタイ出来事なんてあったかな、と途切れ途切れの記憶をもう一度必死に繋ぎ合わせる作業をしていると、どこからか物音が聞こえてきたので、考えることを一旦棚上げにする。


 物音の方へ行こうと本能が判断するが、まず自分の体の状況を確認することで逸る気持ちを落ち着かせた。


 まずは状況確認からだな。


 視線を彷徨わせてみたが、布のようなものが体の下に敷かれているだけで特に変わった様子はない。というか、布が床全体に散らばりすぎて変わっていると言えば変わっているのだけど。

 それらは、パステルカラーからビビッドカラーまで様々な色の付いた布が床全体に所狭しと散らばっていた。その毒々しい色合いにセンスを疑いつつ、埋れていた己の体を起こした。


 さっぱり理解できないし、記憶にない。


 結局、状況確認を早々に諦め、物音のする方へ歩みよった。

 間取りがイマイチわからないが、私が転がされていた所から続く部屋――さして景色は変わらないようだ――に私よりはるかに上背のある“何か”が慌ただしく動いていた。

 それは、全身を色鮮やかな何か布のようなものでぐるぐるに巻かれているため、男なのか女なのか、はたまた人間かそれ以外なのか――疑ってしまうほど、それは大きかった――さえわからずにいた。

 そんな怪しい物体をぼんやりみつめていると、巻きつけられている鮮やかすぎる布――奇抜な色合いが統一性無く存在している――が目にくる。ずっと眺めていると目がチカチカしてきた。視線を外そうとした瞬間、ぐるぐるに巻かれた布の塊がこちらへ振り返った。振り返った姿が後ろ姿と対して変わらないので不気味だ。瞳があるであろう場所が、数センチ程巻かれていないだけで、他はすべて布――クドいようだが、奇抜で攻撃性のある配色の布――で巻かれているのだから、当然と言えば当然なのだけど。

 …いや、もはや圧巻と言えなくもない。

 その覗き込む瞳――眼光のせいか、これはこれで不気味だ――と目があったのもすぐだった。あ、と声を出す前にその布の塊がわしゃわしゃと音をたてながら近寄ってきた。

 目の前までやってきたが、私よりも3、40センチは背が高いこと以外は何もわからなかった。


「――――――」

「……え?」

「――――――――」

「あの……?」


 発せられた重低音の声音から、やっと性別が男だということはわかったが、布で口が覆われているため何を言っているのかさっぱりわからない。

 くぐもった重低音は妙な安心感を与えてくれたが、どこの誰かもわからない今は、ただただ厄介としか思えなかった。


「すみませんが、もう一度言ってもらえますか」


 無駄かもしれないけど、と心中で慰めてみる。


「――」


 やはり、さっぱりだ。


「くろ――」

「くろ?」

「く、ろう」


 くぐもった声で何かを言い放つと布で覆われている部分がじゃわじゃわと動き出した。いったい何が始まるんだとおどろおどろしい光景にただ呆然としていると、そこから唇があらわになった。

 きっと、わざわざ出してくれたんだ。


「あ、ありがとうございます?」

「く、ろう」


 私が何かを発しても特に気にした様子もなく、ただ淡々と私に話しかけてくる姿に、戸惑いながらも必死に音を拾おうと集中するとやっと――口元を出してくれた甲斐もあり――音が拾えるようになった。

 そうは言っても言葉の断片で、あっているかもわからないのでとりあえず聞き取れたところから反芻してみることにした。


「くろう?」


 そう発音すると布の塊が大きく揺れた。あまりの不気味さに思わず一歩引いてしまったが、すぐにそれが頷いただけだと気付いた。


「くろう? それが何だって言うんだ」

「クロウ」


 今度ははっきりと聞き取れた。

 意味はわからないがとりあえず『聞き取れているぞ』という意思表示の為、もう一度「くろう」とはっきり言うと不気味な塊の口元が緩んだ。


 笑ったのだろうか。


 発せられる音を必死に拾うも口元しか見ていなかったので、笑ったのかどうか判断し難いが、きっと微笑んでくれたのだろう。

 ……どうせ、わからないんだ。

 自分に都合の良いように受け止めることにした。


 それから何度か「ク、ロ、ウ」「く、ろ、う」というおうむ返しが続き、漸く、名前を名乗っているのではないか、ということに気がついた。

 あっているかわからないが、試しに私の顔を指差しながら「安藤 玲」と名乗ってみせれば、布の塊――クロウはゆっくり頷いた。

 どうやら、自己紹介をしてくれていたことに間違いないようだ。

 安堵し、 息を吐き出してからもう一度「安藤 玲」とゆっくり紡いだ。




「アンドレー?」




 まあ、いっか。

 妥協した後、頷いてみせた。

 それから、諦めていた状況確認をもう一度試みてみる。

 全身を大量の布――どこかの民族衣装か何かだろうか――で覆っている大男が目の前に現れている。

 それなのに、不思議と恐怖心を抱いていなかった。


 だからだろうか。

 自己紹介を終えると、薄暗い不気味なシルエットから一直線にこちらへ伸びてきた巨大な腕にも警戒心を抱かず、されるがまま、豪快に頭を撫でられ続けている。

 それはまるで意思が通じ合えたことのご褒美のようだった。

 未だに撫でられている腕を眺めながら、この巨大な腕は驚くことに人間のそれなんだよな、としみじみ思っていただけだった。

 そんな穏やかな時間も束の間、大男は突然思い出したかのように私から離れ、また別の奥の部屋らしき所へ去ってしまった。


 置かれた状況の異常さに漸く頭が理解してきたところで、置き去りとは。


 遅れてやってきた恐怖で慄いていると、大男が両手いっぱいに奇抜な色の布を抱えて再び現れた。

 脳裏にはまさか、と反論が過る。

 目の前の大男と同じように布を巻かれるのか?

 勘弁して欲しい。


「――――――…アンドレー、――――」


 さっぱり理解不能だ。

 先ほど、巻かれていた布から唇を出してくれたことが彼なりの優しさであることはわかっているが、全くもってお門違いだということに私は勿論、彼も理解しているだろう。それでも、少しでも今できることをやってくれるのは、間違いなく彼の優しさだ。それがわかるからこそ、困ってしまう。


 口元見せてくれたって、言ってることはさっぱりわかんないんだよなー。


 どうしたものか、と頭を傾げている私を構うことなくクロウは一気に布の塊を私に巻きつけた。


「ちょっと!」


 抵抗はしてみたが、クロウは聞き入ってくれず――というか、伝わっていないのだろう。

 あれよあれよと全身布女のできあがりだ。


「アンドレ、――――――」


 聞き取れるのは、私の名前らしき単語のみで、あとは全くわからない。

 それは音が鳴っている、という感覚に近く、会話というより音楽の時間のように感じた。いや、それも、このクロウとかいう大男が無駄に良い声をしてるのが問題なのではないか、と責任をちゃっかり転嫁してから胸に今後するべきことをしっかり刻む。


 ――まずは。

 言葉の勉強からはじめよう。

 状況確認はそれからだ。


 不思議と先ほどまでの恐怖心はなくなっていた。

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