第7節:ボールペンはカバーをカチっとするやつが好き
巻物を閉じそこらにほっぽると、農臣と思われる男は視線を上下させ僕を観察する。
「ああ、自己紹介がまだだったな。類異家党首、類異 農臣だ」
「香織です・・・類異?」
「何だよ。話してないのか。お前等が名乗ってる安心院は、安心に術を使えるが起源。
元々は異なる類いの人間、類異が俺達の姓。安心院を名乗れなんざ論外だ」
「姓が違うのに兄弟呼ばわりはないだろ。ってか、あんた幾つだよ。
僕とそう変わらないよ」
「んだよ、めんどくせーな。おい彩華、まさか俺が呪術師って事しか話してないのか?」
「香織は、正式な党首ではない。今ここにいるのは特例だからな」
「あー、そう言われればそうか。年齢は15だ。言っておくが、若くして俺が
類異の後を継いだんじゃねーぞ。親父が酒に溺れて早死にしたんだ」
「それは、ご冥福お祈り申し上げます」
「んな気遣い必要ねーよ。むしをあんたらにとっては、死んで清々しただろ」
言葉の真意は分からない。会った事もない・・・いや赤ん坊の頃に会ったのか?
とにかく、人の死をそんな風に言うのはどうなんだ。
「実の父親に冷たいな」
「何てったって、香織がここにいるのも、俺の親父のせいだからな」
「まどろっこしい。説明していない事は全部話してくれ。
僕が聞いたのは、“他魂混合”とやらで父と琴刃さんの魂が混ぜ合わさり、その条件に
楓を授かったって話」
「そこまで聞いてるなら、もう大体分かるだろ。
香織がここにいる、そもそもの理由から考えれば」
僕は呪術師になるためにここにいる。楓に万が一の事があった際、呪術で救ってもらうための条件。ここに僕と父が農臣の親である、先代類異家の党首が死んで清々する理由とは。
いや、待てよ。他魂混合を教わるのには、第2子を授かる・・・うーわ、悪質。
「僕を呪術師にするために、楓を産むようあんたの親は仕向けたのか」
「せーかーい。楓がいなければ、お前が忍の才能を失う事も、呪術師になる事も
なかった。お前の人生を狂わせたのは実の弟、安心院 楓だよ」
ヘラヘラ語る農臣に感情をぶつけるのはお門違い。この人が生まれる前・・・いや、この人の父が招いた事。それを息子に文句言う訳にはいかない。だが、今の発言はいただけない。
「楓は僕の人生を狂わせてなんかいない」
「そーかい。まあ、呪術を習得した後に同じ事を言えたら、謝るよ」
「類異の目的は何なのさ。安心院の危機を予言する立場でありながら、安心院に迷惑を
かけるとか支離滅裂過ぎるだろ。僕に呪術を学ばせるのも何かの陰謀か?」
「それもまた、呪術を習得した後に説明するよ」
要領が掴めない話し方をされ、相手の目的を探ろうとしたけど直ぐに止めた。
何にせよ、僕が呪術を学ばなければ楓を救えない。
だったら、今は一刻も早く習得にかからないと。
「分かった。なら早く呪術を教えてよ」
「あせんな。呪いを学ぶのに、何の準備もしないのは自殺行為だ。
まあ、準備したところで、自殺行為なのは変わりないけど」
「準備?」
「今から地下に移動して術式を刻む。刻まれると幸せな記憶を全て失い、肉体と精神に負荷をかけ心身共に苦しめる。それ自体は1分程度だが、そこから更に24時間お前を安楽死できる薬のある部屋に閉じ込め、死なないで部屋から出てきたらおしまい」
「何で安楽死できる部屋に閉じ込めるの」
「術式を刻まれた後の24時間は、魔力の質も量も爆発的に高まる。
その上、心身共に消耗してるから、魔力を押さえ込めるか分からない。
1番危険なのは、お前がそのまま木っ端微塵に自爆する事。
それを防ぐための安楽死の薬だ」
「こーっわ。一応の救いの手って訳か。でもちょっと待って。
僕が自殺したら楓は助けてくれないの?」
「助けるよ。1分が経った時点で呪術師には成れてる。“楓を助けるのは香織が呪術師になるのが条件”を満たしてるからね」
「・・・ふー。よし、やろう」
「香織、本当にすまない。お前にばかり、私は背負わせてしまっている」
楓がいたから僕は忍の才能を失った。でもそれは、武力A+という怪物から一族と盟友
である一条を守るため。何より、弟がいる生活は楽しかった。父が謝る話じゃない。
「名家の党首になった人間が、そんな易々と謝らない方が良いんじゃない?
別に必ず死ぬわけじゃないし。成るようになるっしょ」
もしかしたら、実の家族を手にかけるかもしれない。知らない誰かを傷つけるかもしれない。
安心院の汚点となるかもしれない。けれど、弟を助けられるなら、どんな業も背負う。
人の役に立てるような大層な人間ではない僕が、唯一自分ではない誰かのために頑張る
機会を得たんだ。それに、案外平気かもしれないし、分からないんだ。
だったら、うだうだ考えるのは止めよう。そして実行に移そう。
「・・・じゃあ、こっちに来い」
居間から地下へと移動し、何もない部屋の中央に座らされる。
「1つアドバイス。1分間はどう足掻いても、耐える事はできない。
だから問題はその後、何があっても死なないと自分を保て」
「死なない・・・か。頑張ってみる」
農臣は巻物を開くと、文字が浮き上がり僕の身体の中へと流れてくる。
父と農臣は部屋から出ると、体を・・・徐々に、何かが、むしばむ。




