『第5節:ここ最近やっとパクチーの美味しさに気づいた』
寮を出るなり、耳に劈く蝉の声。肌で感じ取る蒸し暑さ。
今日は陽射しを遮る雲が1つも無い快晴。
バスにたどり着くまで、美味しい焼き香織ができそうだ。
「よし、楓。積乱雲だ!」
「はい!」
「交流会前に無駄な魔力使わせるなよ。楓も軽率に返事するな」
兄弟仲良く奏にチョップされる。
交流会前って、今日は会場に着いても顔合わせだけで
試合はしないし良いじゃないか。
「一条みたく侍魂は持ってないんだよ。なんせ安心院は忍だからね」
「忍は耐え忍ぶ者だろ。それに、安心院宗家のために分家が頑張ってるぞ」
何を言ってるのかと思ったが、気づけば僕と楓に日陰ができている。
理由は背後にいる赫夜が、僕達が入るほど大きい日傘を持ってるからだ。
「ありがとな、赫夜」
「礼など不要です。分家が宗家のために行動するのは当然ですから」
「赫夜さんが間に入れば3人とも収まると思いますよ」
「私がお2人と並んで歩いてもよろしいのですか?」
なにを今更。赫夜は妙なところで律儀で、妙なところで感情的になる。
まあ、本来は宗家と分家は身分の差をハッキリと示さなければいけないのかもしれない。
だが、僕からすればかったるい話だ。
なんて、日傘を持ってもらってる身で言えた話じゃないか。
「命令です、赫夜さん。ぼく達と並んで歩いてください」
「はい!」
歓喜の表情を浮かべんがら間に入る。180の高身長の赫夜と
160ちょっとの僕達が並べば、まるで親子のように見える。
そんな僕らを、目を細めながら奏が見つめる。
「羨ましいな」
「奏にも扇律ちゃんがいるじゃん」
陽射しが当たらずとも、気温で汗が滴るほどの夏日。
なのに僕の背筋が凍る。奏に関しては、目の中で闘志を燃やしているが。
赫夜が口にした扇律こと、二扇律。
一条家の分家。奏の2つ年上で許嫁。
一条の分家の女性は刀を握らない。正確には剣術を修める義務がない。
何故なら、二は代々温泉旅館を営んでおり、二の女性は仲居や次代の女将。
剣術より接客や経営について学ぶことを義務づけられる。
長女は宗家の許嫁として、物心付く頃には花嫁修業をするらしい。
「早く高校卒業して会えると良いね!」
「ああ。本当に、会えるのが楽しみだよ」
奏と扇律さんの結婚は奏が高校を卒業した時。
それまで、2人は一切の接触を断っている。
理由は、扇律さんが次に会うのは互いに大成した時だと。
「奏の事を大切に思って誓いまで立てるなんてね」
奏に余計な虫が付かないように。
・・・奏は、もし在学中に女性と交際すれば心臓が破裂する契約を交わしている。
取引用の高等術式、禊の契り。
互いが邪な考えが無い事を誓い、禊の想いで取引を交わす為に用いる術式。
扱うには魔力Aと知力A-が条件。
周りで使える人は現安心院家党首の父しか知らない。
奏と扇律さんは父の頼み術式を組んでもらったそうだ。
2人が交わした契約内容は「結婚するまで接触を断ち、それまで
他者と恋仲関係を築くことを一切禁ずる。」
扇律さんは厳格な性格に加え、一条の用事でしか屋敷を出ない。
故に、契約を違反する心配はない。
・・・ただ、奏は女子生徒に言い寄られる日々。
交際の定義を奏の意志にそぐわぬ形で犯す可能性がある。
奏が普段女子から逃げて回る理由はこれだ。
時折利用させてもらってるけど。
「まあ、誓いを立てたい気持ちは分かるけどさ。
奏を信じるなら必要ない気もする」
「香織様、それは違います。大器晩成。奏と扇律ちゃんの想いは確かなモノ。
しかし、彩華様や黒榎様。琴刃様と音鞘様に比べれば未熟。
誓いを立て、試練を乗り越える事で2人の愛は大成するのです」
「そうだな。赫夜の言うとおりだ!」
やけに気合いが入っている。まあ、奏と楓はいいけど・・・。
どうして僕まで扇律さんと決闘しないといけないのか。
奏を心から愛している扇律さん。
しかし、奏と同等に愛している物がある。一条家伝統の刀。
そう、扇律さんは・・・刀鍛冶というもう1つの顔を持っている。
幼少期に刀に興味を持ちながらも、分家の跡継ぎが刀を握る必要が無いと言われた
扇律さんは、ならば自分で刀を造ろうと鍛冶職人の資料や仕事現場を盗み見して
独学で刀を製造してみせた。その技術は齢5でありながら一流の刀鍛冶に匹敵するほどの
腕前。扇律さんの刀にだれよりも惚れ込んだのが許嫁である奏。
奏の一存で旅館経営に支障をきたさない事を条件に、以降扇律さんは刀製作に没頭した。
そして、禊の契りを交わした中学3年生。
話したいことがあると、僕と楓は奏と扇律さんの下へと向かった。
最初に聞かされたのは契約内容についてだった。
「まあ、良いんじゃないっすか。2人が納得してるなら」
「ぼくたちが意見する訳にはいきませんし」
「今日貴男達を呼んだ理由は他にあるの」
凜とした声で、凜とした目つきで、艶やかな黒髪が印象的な
扇律さんは、いつもと同じ綺麗な着物姿で言葉を発した。
「私は奏様を愛しています。私が産みだした刀を奏様が振るってくれる事を
心から嬉しく思っています」
うんうんと話を聞いていたが、既に把握している事を何故わざわざ話したのだろうと
疑問を抱えていると扇律さんはある頼み事を申し出た。
「貴男達が卒業するまでに、私は可能な限り刀を打ち続けます。
再会した時、3人は私と決闘して欲しいの」
言葉を理解するのに数秒掛った。扇律さんは刀鍛冶であって剣士ではない。
そんな扇律さんが僕達と決闘したいとは?僕なんか武力B-だし。
訳を聞こうと奏が質問する。
「決闘って、扇律は剣術を修めてないだろ」
「ごめんなさい。実は、3人に内緒で琴刃様に剣術を教わっていました」
「親父に!?」
安心院は戦闘タイプの術を有した分家は共に本家と同等の修行を課す。
一条はそうではないから本家の剣術を分家が教わるのは異例と言える。
「琴刃様は“ヨッシャ、俺の指導は厳しいぞ!”と快く指導していただきました」
頭を抱える奏、開いた口が塞がらない楓、ゲラゲラ笑う僕。
そうだった。堅物な僕と楓の父と相対的と言えるほど天真爛漫な奏の父。
な~んか僕達と奏の父親は性格逆じゃねと思える事が度々あるだよな~。
刀鍛冶の許可を得た同時期に修行を受けていたらしく。
なんと武力はA。こりゃあ、ただの決闘では済まないぞ。
僕達と奏の父が決闘した後、私有地の山が更地になった。
はたして僕達の決闘ではどんな被害が出るのやら。
契約に恋愛禁止は許嫁だからではなく恋で剣術が鈍るのを防ぐためらしい。
まあさ、奏だけなら分かるけどなして僕達まで巻き込まれるかな。
楓もあっさり承諾しちゃうし。
赫夜だけは扇律さんの本性を知らず、憧れの女性の1人であり
親友として慕っている。
「お~い。香織くーん。楓くーん。奏くーん。赫夜さーん」
何度目だろうか、先輩の大声を聞くのは。
しかし、扇律さんを思い出したおかげで背筋が凍り、バス乗り場まで
陽射しの苦しみから逃れることができたのは不幸中の幸いだった。
「さあさ、4人とも張り切って出発だよ!」
珍しく軍服スーツではなく、制服を纏った先輩。
服装自由なこの学園では、式典の際でも制服着用の義務はない。
大抵の者はアイデンティティに従い、各々好きな格好で学園生活を送る。
ただ、英証の名を背負っているという自覚や、僕なんかは実力も無いくせに
一族の忍服を着るのは気が引けるから制服を着用している。
先輩が制服を着る時と自前の軍服を着る時の違いは正直分からない。
でも、正直制服は着て欲しくない。
夏服だから紺のブレザーは着ていないが、
グレーのスカート、白いブラウス、青いリボン。
シンプルだが先輩が着ると、どこかアニメのキャラに
見えてしまうため見とれてしまう。
軍服の方がアニメっぽいが、どこか威圧感があるため制服の方が魅力的だ。
僕らが最後だったらしく、早々に席に着く。
「それじゃあ、みんな。しゅっぱーつ!!」
皆がおー!と手を上げ声を上げ、バスが動き出す。
クーラーの効いた車内で移りゆく窓からの景色を会場まで眺めようと思う。




