『第9節:グラスに残った氷は食べない派』
試合開始から10分。柊の怒りは高まり続けている。
「逃げんじゃねー!!」
鍛錬された足運びは、一瞬で僕の目の前まで間合いを詰める。
至近距離から繰り出される打撃は、的確に急所を狙ってくる。
だが【逃げ足】を柊の手足に設定すれば、一先ず直接攻撃は回避できる。
これが魔力クラスや知力クラスとなると、どんな武装や魔法を
駆使してくるか予測できず、こうもすんなりと回避はできない。
攻めても攻めてもヒラヒラと躱され、攻撃が当たらないのはストレスだろう。
しかし僕も反撃ができないという問題がある。
【逃げ足】使用中にその他の行動を取るには余裕が必要。
相手と距離があったり、攻撃に間隔がなければいけないなど反撃は一筋縄ではいかない。
瞬間、柊の手が止まり靴の先端をトントンと2回ほど突くと、
愚痴を溢す。
「ちょこまかちょこまかと腹が立つ」
「単調で芸の無い攻撃されると腹が立つ」
「・・・スウゥ」
呼吸を整え、構えを直した次の瞬間、再び足運びで距離を詰める。
顔面をめがけた大きい横蹴りを、僅かに重心を後ろにやり紙一重で躱す。
しかし悪手だった。
刹那、視界が闇に染まる。突然の事だが、何が起こったかは直ぐに把握できた。
柊は高速で足を振り、斬撃を放ったのだ。
何故直ぐに例解できたかは経験によるもの。
奏の鎌鼬を過去に何度か喰らい、その衝撃と痛覚が似ていた。
こればかりは防ぎようが無い。
昨年の柊はこんな事できなかった。
性根が腐ったような人間。それでも奴は武力A-。
たゆまぬ努力を重ねた者が行き着くエリートの称号の持ち主。
昨年は少々油断したため、結果を残せなかったが、
その後悔しさをバネに猛努力をしたのだろう。
威力は鎌鼬に遠く及ばないが、それで蹴りで斬撃を放つなど
武力Aレベルに近い実力と言える。
これだけの芸当ができるなら、その他の能力も向上したのだろう。
なら、総合戦に出さないのは少々もったいないか。
あらゆる戦況に対応できるよう、目隠しをした状態での戦闘訓練を
何度かこなした事がある。
故に視覚を奪われたとて、圧倒的不利という訳ではない。
ましてや【逃げ足】を使えば攻撃は避けられる。
次手、三手と繰り出される柊の攻撃を躱した後、
一度体制を整えるためまきびしをまいて柊の足を止める。
「チッ・・・小賢しい」
コンマ数秒足を止めたのを気配で確認し距離を取る。
さあて、打てる手を考えなければ。
柊の斬撃は奏と同様で予備動作が必要。
先ほどの構えを警戒すれば喰らう事はないだろう。
完全に目が潰されてる・・・普通ならかなりやばいが
魔力クラスの担任は優秀な治癒魔法の使い手。
この学園は決闘でも実験でも、死ななければ何をしても許される、
理由は優秀なサポーターがいるからだ。
まあ、僕の場合勝手に治るんだが。
逆にこれは好機かもしれない。
奇襲が成功し、相手の視覚を奪った柊は
多少なりとも安堵しているだろう。
という事は、油断している可能性もある。
もしこれが奏なら柊は一切油断せず慎重に攻めるだろう。
だが、雑魚と下に見てる僕なら後は煮るなり焼くなり
好きにできると思ってる筈・・・うん、筈。
気配はバッチリ感知できる。
距離を詰めてきたら死角からあの忍具を・・・。
「が・・・あ、ああああああ!」
何だ、目が、クソ。い、痛い。
熱した鉄板を押しつけられる様な激痛が眼球を襲う。
「やっと効いたか」
効いた?まさか魔力による攻撃を・・・でも斬撃は鋭い空気の塊が対象を切り裂くもの。
柊は武力クラス、魔力は全く無く、魔力系の攻撃はできない。
「・・・あ、察し」
「靴に薬品を仕込んどいたんだ。さっきの斬撃に乗せたんだよ」
そういえば靴をトントンしてたな。あれが先端に薬品を抽出する動作だったのか。
けれども解せない。毒の耐性を付けるために微量の毒を
定期的に摂取して抗体を付けるする修行で、
傷を修復する筈の治癒能力が毒を打ち消した。
その他の薬品にも対応できるのか軽く実験したけど、
全ての薬品の効果を打ち消した。
「これ、随分と珍しい薬品だね」
「ほう、分かるのか」
とりあえずで鎌をかけてみたらベラベラと教えてくれた。
「この薬品には腐乱花って花が使われてんだと」
「・・・腐乱花・・・あの魔力植物の!?」
魔力を帯びているのは本来人間か魔獣、魔力を込められた魔具などの物質。
しかし世界には極希に魔力を持つ植物が存在する。
魔力を持って咲くのか、咲いた植物に魔力が宿るのか。
わからない事だけわかっているのが現状。
複製はできず、もし見つけたら政府が高額で引き取るため
魔力植物を見つけるのに心血を注ぐ連中もいる。
腐乱花は花から抽出した液体が生物に触れる事で効果を発揮する。
液体に触れた箇所は腐敗し、ある研究所が腐敗期間はどれくらいか
500年前に計測を始めたが今も腐敗し続けている。
止めるには魔力A以上の回復術を施す他無い。
なるほど、薬師丸先生なら治せるからこの手を
使ってきた訳か。
・・・だがそんな貴重品をどうして奴が。
“使われてんだと”確かに言ったな。
「雑魚と罵ってた割に、そんなレアモノがないと
勝てないと判断した訳か」
「お前は眼中に無いが、安心院の忍具は厄介だ。
少しは気配で俺の動きを予測できるみたいだが、
見えなきゃ正確に反撃する事はできないだろ」
「そうだな、だけど良いのか。お前が魔力植物使ったなんて
知れば幻滅する奴が出るだろ」
「心配ねえよ。腐敗を初めて10年経過しないと魔力を発しない。
お前が叫いたところで負け惜しみにしか聞こえないしな」
「治療する薬師丸先生は流石にわかるぞ」
「あの人が問題事にすると思うか」
「・・・思わない」
生徒の治療以外、一切学園に関与しようとしない人。
酒が大好きで、高額給料より酒コレクターの校長の酒蔵を狙って赴任した酒豪。
未成年は飲酒禁止だから、あまり興味を示さない。
「話は終わりだ。公開処刑をして楽しい夜を過ごす」
「へ~彼女とランデ・ブーですかい」
「ああ。シャロとな」
「なんだ。あんたら付き合ってたのか」
「悔しいだろ。お前が負ければシャロは俺のもんだ」
話は終わった筈が柊はベラベラと話し始めた。
どうやら試合を承諾する代わりに、僕が負ければ先輩は
柊と寝るらしい。僕の実力を把握してる先輩が何故にそんな
無茶な条件飲んだんだか。
思い返せば試合前に先輩と奏がやたらと焦ってたけど理由はそれか。
目の激痛に加え、知らずに負わされた責任に頭を悩まされながら
とりあえず反撃の手を考える。




