『第1節:朝起きたら何を見たいですか?私は・・・桃ですかね』
声が聞こえる。遠くの方から僕を呼んでいる。
それは妖精の様に可憐で、優しく、癒やしを与える声。
誰・・・?
「兄上」
目を開くと、カーテンの隙間から差す僅かな光でも純白の肌が照らし出され、美しい顔が露わになる。
表情は和やかで、目が合えば表情は笑みを増し黒目は輝き始める。
僕のお下がりの黒いスウェットを着た大切な弟、安心院 楓が僕を起こしに来てくれた。
「おはようございます、兄上!」
「んー、おはよう。今何時だ」
「4時です、早く修行に行きましょう」
「やーだー」
早すぎだろ、あと1時間は寝られるじゃねーか。
家では毎朝5時に起きて3時間ほど体術修行・忍術修行をこなした後、朝食を済ませて門下生と家の掃除をしたら日にち別の修行をする。
忍びの才能を失った後でもそれなりに修行はしてるつもり。
高校に入ってから朝の修行はしなくなった。
(そのかわり先輩に追い回される生活となった)
授業内ではまあ、一応、やって・・・る!うん、やってるやってるー。
「また一緒に兄上と修行したいです」
身体を揺さぶってくるけど何で4時なの?
5時ならわかるけど4時はさすがにはえーぜ、楓さんよ。
「はぁ、あと1時間だけですよ」
何故か僕が駄々をこねたみたいになったが寝られるなら文句は無い。
「おう、時間になったら起こしてくれ」
「では、ぼくも一緒に寝るので隣失礼します」
「待て待て待て」
「どうしました?」
キョトンて顔をするな、我が弟ながら可愛いと思っちまうじゃねーか。
いくら兄弟でも高校生になって一緒にベットで寝るか?
確か僕が小学3年になる頃1人の空間が欲しくて、1人部屋を親に頼んだらそれまで一緒の部屋で寝てた楓が1番猛反対した。
結局全寮制のこの学園に来るまで1人部屋は叶わなかったけど、楓はそこまでして僕に拘る理由は何だ?
「あのだな、それなら修行に行こう」
「遠慮しないでください。さあ、寝れるのはあと1時間だけですよ」
「だからって何で一緒の布団で寝るんだよ」
「一緒に寝るのと、ぼくに寝顔を見られるのどっちがいいですか?」
んー、なら一緒に寝る方かな。とはならねーから!
寝顔見られだけなら無害だしそっちで。ともならねーから!
もう目が覚めちまったし楓を納得させるには・・・。
「あ」
「どうしました?」
「せっかくだし楓のご飯食べたい」
「良いですけど、冷蔵庫に材料はまったくありませんが」
「食堂が開いてる。ここの食堂は職員の料理が出るのは、朝6時から夜の8時までだけど自分で作るぶんには24時間使用可能なんだ」
「良いですね!早速行きましょう」
大食堂。
長方形の机と椅子がいくつも並んでいて両端には
食事と飲み物が並んでおり、時間以内なら好きな時に物を好きなだけ飲み食いできる。料理の種類は和・洋・中やエスニックなど、種類が豊富でありどれも絶品。
広い敷地を有するこの学園は人気チェーン店や娯楽施設など充実しているが、美味し物を好きなだけみんなと一緒に食べながら過ごせる空間として、常に多くの人がたむろしてる。
中には自分で栄養管理したいから自炊する人のために、冷蔵庫には大量の食材が揃っている。
「わー、食材がありすぎて何を作るか迷いますね。」
午前4時半。生徒用の厨房にはさすがに人はいないだろうと思ったら3人程いる。
しかも全員女子で1人は寝間着姿で海苔をハートの形に切ってる。
きっと彼氏に弁当を作ってるのだろう(リア充ファック!)。
もう1人は料理服を着ていて何やら創作料理をしてるみたいだ。
[料理研究会]の人かな、珍しいな。研究会用の棟でやる人が大半なのに。
あとは・・・。
「ひひひ、これを飲ませればメロメロに」
わー、恋のおまじないかな?叶うといいね!
なんか異臭がするけど特別なハーブを使ってるのだろう。
大人の味なんだね。
「兄上、お好きな物をお作りします」
「コーヒーに合うやつがいいかな」
「おまかせを!」
楓は紺色のエプロンを着て僕に座って待つように言うと、冷蔵庫から食材を取り出し調理器具を揃えて調理を始める。
肉の焼ける匂い、野菜を切る音、それを女の子の様な顔つきの楓がやると、何故か新妻が旦那のために料理してるみたいだ。
今度はコーヒーのほろ苦い匂いと卵をかき混ぜて焼く音が聞こえる。
「もう少しです」
良かった。匂いと音で食欲が湧いて待ち遠しい。
楓が作ったのはホットサンドとオムレツ。それにコーヒー。
「いただきます」
「召し上がれ!」
カリカリに焼かれたベーコンとトマトにレタスが挟まれたホットサンドは、こんがり焼き目のついた食パンと見た目も匂いも相性抜群。
ツヤツヤでバターの利いた香りを漂わせるオムレツにナイフを入れると、綺麗な層が更に食欲をそそる。
午前4時45分。かなり早めの朝食。しかしいつもは人が多いこの食堂で、静かに食事がとれるのは滅多にないからたまには良いもんだ。
「美味しい」
「本当ですか!」
楓との時間は奏とは別の心地よさがある。
家族だからか弟だからか、僕が卒業するまで残り2年。
こうやって過ごす機会が増えるのは悪くない。
午前5時。片付けを終えた僕たちは食後の軽い運動に向かおうとしたら、入り口からよく見知った人が眠そうに歩いてくるのが見える。
「あ~、香織君に楓君だ、おはよー」
堂々と黒文字で[私は地球人]と書かれた白いTシャツを着て紺色の短パンを履いた先輩が寝起き顔で挨拶してきた。
女性というのは異性の前ではあまり無防備な姿は見せないと聞く。
今まで先輩は毎朝5時に僕に電話をしてきては、特訓するぞと呼び出しが絶えなかった。
昨日は1日中学園の修理を行っていたからか電話が無かったけど、気づけば今日も無かった。
おそらく一昨日、僕の実力を知って特訓の無理強いを止めてくれたのだろう。
それにしてもあのTシャツどこで買ったんだろ、僕も欲しい。
だって・・・地球人だし。