『第11節:私の最長睡眠時間は15時間です』
「兄上!起きてください」
楓君が身体を揺さぶり声をかけても、目覚めることはない。
見た様子では意識が無い感じだけど、先ほどの白い箱のような中で何をされたの。
「あいつが何もできないままやられただと」
「終局って何、魔力系の奥義とか?」
「いえ、正確にはA+の人間に与えられた最後の砦。ですかね」
「えーっと、どゆこと?」
「終局とは武力、知力、魔力のいずれか1つがA+の人間が、命を懸けてでも
現状を覆したいと思ったときに発動できる技です」
「なら私も使えるの?」
「理論上では可能です。ただ、知力系の人が発動した例は無いんです」
「なる・・ほど。つまり、時君はそこまでして、香織君を倒したかったんだ」
「でも終局は、発動すると命を落とすのが基本。良くて重い後遺症が残ります」
私が自分以外のA+に会ったのは3人。それまで終局を見たことも聞いたこともなかったのは、
それだけリスクが高いんだ。って事は。
「そんな危険な技をあんな簡単に使ったの」
「な、舐めないでもらおうか」
時君は片腕で頭を押さえながら、ゆっくりと生まれたての子鹿の様に立ち上がる。
「馬鹿な、終局を使ってその程度で済むはずがない」
健全とまでは言えないが五体満足、意識もあり普通に会話ができている。
一体どういう技なの。
「だから俺をそこらの天才面したやつらと一緒にするな」
「香織君に何したの」
「なあに、100年ばかり閉じ込めただけだよ」
「ひゃ、100年?」
閉じ込められた時間は1分の筈が、何故100年という数字に変わるのことに対して疑問が絶えない。
「俺の終局は、自分と相手を箱に1分間閉じ込める。だけど問題はその体感時間だよ」
「まさか、閉じ込められた人間は、箱の中で100年の時を過ごしたと感じる」
「人間は感覚を遮断されると、まともな精神状態を維持できなくなる。
体感とはいえ、100年も遮断された空間に閉じ込められたら、精神どころか肉体への影響だっ て・・・」
何も無い白い世界に閉じ込められる。
誰の声も聞こえず、己の声も届かず、いつ解放されるのかもわからない。
ひとりで1人で独り。
そんな地獄を強いられるこの技の恐ろしさは計り知れない。
「でも、一緒に閉じ込められたのに貴方は何で平気なんですか。
100年も閉じ込められるなんて、どんなに訓練しても耐性をつけられる筈が無い」
問いに対してクスクスと笑いながら返答する。
まるでその言葉を待っていたと言わんばかりに。
「個人スキルを終局適正用に変えただけだ」
「スキルの改変、そんなことが可能なのか」
後天的にスキルを習得するのは極めて希であり、ましてやスキル改変なんて内臓を作り替えるのと同等の所業。これまで多くの知力系の人間がなし得なかったのに。
まさか、魔力A+はそんな事まで可能なの。
「俺は【集中力】と【体内時計】を組み合わせて【時間耐性】を作り出した。
だから終局を受けても通常の終局ほどデメリットが無い。
最も、このスキルは終局以外に使い道はないけどな」
「でも兄う・・・あいつが抵抗できないままやられる筈が無い」
「箱の中ではいかなる魔法も発動できず、たとえA+の攻撃でも破壊できないのさ」
「す、凄すぎない」
「終局はそれだけの力があり、だからこそ反動も大きいのですが
まさか個人スキルを、終局のために改変する人がいるなんて」
「さて、ようやく邪魔者を排除したことだし、そろそろシャロさんを殺すとしますか」
全快ではないにしても、おそらく私を殺すのに支障はない。
逃げたところで時君を止める術は無い。なら・・・・。
「楓君、終局の発動方法知ってる?」
「・・・知りません」
僅かな間と細い声、どんなに鈍い人間でも嘘とわかる。
「嘘下手だな~。私を死なせたくないって考えてるなら状況を考えて。
このままじゃ私のせいで、大勢の人が死んじゃう。その方がずっと嫌だよ」
楓君からの返答は、どうしても私に終局を使って欲しくない特別な理由があったからだった。
「シャロ先輩に死なれては困ります」
「困る?」
「あ、兄上が悲しむので」
先刻、大好きな兄に好きな人がいたことに、ショックを受けた人の発言とは思えない。
でも、彼の気持ちは理解できる。
大好きな人のために行動したい。
複雑な心情を抱えながらも、それが自分の得に直結しなくても大好きな人のために行動してしまう。
愛に捕らわれた人間の苦労は絶えない。なあんてね。
「へー、こいつもシャロさんが好きなのか」
「言っとくけど香織君を傷つけたら本気で怒るよ。
私が本気で怒ったら怖いのは知らないでしょ」
横たわったままの香織君を見下しながら侮辱しようとする。そしたら。
「ふぁ~、お、出られたか」
昼寝から目覚めたように。身体を伸ばし中年オヤジのように起き上がる。
「・・・は」
時君の表情は、今までにないほど動揺が浮き彫りとなっている。
私も終局の恐ろしさを聞いて、呑気にあくびをした香織君を見て、彼を思い出す。
ただ、よこにいる実弟の楓君は、「やはり」そう言いたげな表情で見つめている。