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謀婚 帝国編  作者: 樫本 紗樹
一章 皇太子妃アナスタシア
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新たなる目標

 ミハイルと別れ、アナスタシアは植木鉢を窓辺に置いた。植木鉢をひっくり返す事自体に抵抗はないが、部屋が土で汚れると不審に思われてしまう。彼女はどうやって確認しようかと悩んでいると、女官が慌てて彼女の部屋に入ってきた。

「アナスタシア様、大変です。ナタリー様が地下室に連れていかれました」

 アナスタシアは女官の言葉で、部屋で待っているように言いつけたナタリーがいない事に気付いた。何故地下室に連れていかれたのか意味がわからず、彼女は急ぎシャルルの元へと向かう。原因は皇帝であろうと思っても、彼女は皇帝に直接会う事が出来ない。抗議をするならば夫に言って貰うしかないのである。

 シャルルは安らかな午後を邪魔されて、非情に不愉快そうな表情をしていた。ナタリーが地下室に連れていかれた事は他の者から既に連絡が届いていたのである。

「ナタリーが地下室に入れられたのは事実だ」

 シャルルは部屋に尋ねてきたアナスタシアに椅子を勧める。彼女は一礼をしてそこに腰掛けると、話の続きを促すような視線を送った。

「ナタリーがルイを連れて森へ侵入したそうだ。あの森は厳重に警備されているが、子供が入れる隙間があったのだろう。大人しく出てこればいいものを、道に迷った挙句ルイが泣き喚いて露見したらしい。ちなみにナタリーは泣いていなかったそうだ」

 ナタリーはアナスタシアの言う事は守る。昔、あの森では静かにしなければならないと聞いたから守ったのだろう。まだ幼いのに、恐怖に負けず声を上げなかった娘を褒めたいと彼女は思った。

「ルイはナタリーが無理矢理森へ自分を連れて行った、悪いのはナタリーだと父に説明をしたので、ナタリーが地下室に入れられたという経緯だ」

 アナスタシアは眉を顰める。ルイは皇帝になるように教育されているはずなのに、何故そのような嘘を吐けるのか理解が出来なかった。部屋で待つように言われたナタリーが、森へ行きたいと言い出すとは思えない。しかもナタリーはルイが普段どこで生活をしているのか知らないので、一人で会いに行く事が難しい。

「その話は真実ではないでしょう。ナタリーは決してあの森へは近付きません」

「だろうな。私もそう思う。だが神聖なる森へ足を踏み入れた事に対し、罰しないわけにはいかない。どちらを見せしめにするかなど考えるまでもない」

「そのような嘘などマリー様ならお見通しです」

「もし本当にお見通しなら地下室にいるのはルイのはずだが、残念ながらルイには何の罰も与えられていない。将来皇帝になるのだから問題ないとの事だ。もし私ならこれ幸いと皇太子を剥奪すると思うと、笑うしかないな」

「笑い事ではありません」

 窘めるアナスタシアの言葉には力がない。彼女は今にも倒れそうなほど顔面蒼白である。ナタリーを失っては生きていく希望が無くなってしまう。

「まだ沙汰は決まっていない。だがあの森へ侵入したからには最悪死刑だ。それを回避したければ何か考えろ。いい案なら伝えてやる」

「随分と冷たいのですね」

「伝えてやると言っているだろう。勘違いをするな。私達はあくまでも宗教上の夫婦というだけで、本当の夫婦とは違うのだから甘えられても困る」

 淡々としたシャルルの言葉でアナスタシアは冷静さを取り戻した。彼にとって娘と言えばシルヴィとデネブであり、ナタリーには興味を持っていない。所詮政略結婚の駒に使えるくらいである。そう思い至った時、彼女の中で一つの案が浮かんだ。

「ナタリーは政略結婚の駒になります。レヴィ王国へ嫁がせる事はシェッド帝国の為になります」

「それだけでは父を説得出来ないと思うが」

 シャルルは冷めた目をアナスタシアに向ける。彼女は強気な視線で受け止めた。

「ナタリーを通じてレヴィ王国を乗っ取ろうと言えばいいのです。ナタリーに男児を産ませ、その子が立太子された後でレヴィ国王を殺害させる。そうすればレヴィ王国は傀儡出来ましょう」

「ふむ。父が興味を持ちそうな話だ。だが、それでいいのか? レヴィ王国は一夫多妻制だ」

「構いません。私はシャルル殿下の横にジャンヌ様が居る事に対して、むしろ安心感を抱いています。ナタリーが正妻ならばそれでいいのです」

「わかった。その案を父に話してこよう。ナーシャは部屋に戻るといい。ここに長くいるのはよくない。この案はあくまで私が考えた、そうしないと都合が悪い」

 シャルルの言葉にアナスタシアは頷いた。彼女は皇帝に好まれていない。彼女が考えたとなると皇帝もいい顔をしない可能性が高い。だが、彼ならば帝国の将来を考えるような内容でもあるから、まだ耳を傾けてくれるだろう。

 アナスタシアはお願いしますとシャルルに一礼をして、ふらつく足を叱咤しながら部屋へと戻った。



 シャルルの案に皇帝は心を動かされた。レヴィ王国は一夫多妻制の国で、ローレンツ公国の公女が国王の側室として嫁いでいた。シェッド帝国としては、レヴィ王国とローレンツ公国が仲良くなるのは面白くない。その仲を裂き、上手くいけばレヴィ王国までもが手に入るなら、ナタリーを生かしておく価値はあると思った。

 しかし、森へ侵入した罪を問わないわけにはいかない。一人許せば今後も出てくるかもしれないのだ。誰にも森へ足を踏み入れさせない為に見せしめは必要であった。それ故にナタリーへの沙汰は、暫く地下室で反省をさせるに決まった。まだ子供である事、森の奥深くまで侵入していなかった事、妹思いのルイが減刑を願った事を理由に死刑は免れたとの事だった。

 だが、政略結婚の駒として生かされただけだとアナスタシアにはわかる。罪を擦り付けたルイが減刑を願うはずがない。多分ルイを持ち上げたい皇帝が勝手に作った話だと思うと、彼女の心にはもやもやとしたものが渦巻いた。

 しかもナタリーへの教育が正しくなかった責任を取るという形で、アナスタシアも幽閉される事になってしまった。流石に地下室ではなく自室ではあったが、部屋から自由に出歩く事が出来なくなる。どこへ向かうにも必ず見張りがつくようになったのだ。当然、ナタリーに会いに行く事は出来ない。

 アナスタシアはあの日の行動を悔いた。ナタリーを父に会わせたいと強引に連れていけばこのような事にはならなかった。だがそう思っても時は戻らない。彼女は窓辺に置いた植木鉢に視線をやると、思い出したかのようにその植木鉢の土の中に手を入れた。汚れたとしても構わない、娘を奪われて乱心したと思われればいいと、気にせず土の中で手を動かした。

 土の中に硬い物があり、アナスタシアは掴んで取り出す。それは北方語が彫り込んである石だった。白い石の掘られた部分に土が詰まり、図らずも文字が読める。そこにはルイの元へガレス公爵家の娘を嫁がせる。この結婚が成立後、帝国解体へと動くのでそれまで耐えるべしとあった。

 アナスタシアの率直な感想は長すぎる、である。公爵家の娘の年齢はわからないが十年前後はかかるだろう。それまでこの生活に耐えきれるか自信が持てない。ナタリーが先に嫁いでしまうかもしれない。だがジャンヌが妊娠しない以上は他に縋る案もない。十二年かけて父が約束を取り付けた苦労を水の泡にするのも忍びない。ここは父を信じて何としてでもナタリーを守り切り、このシェッド帝国を解体して正しいルジョン教の国を建国する。彼女の新たな戦いはこの日から始まった。

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