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謀婚 帝国編  作者: 樫本 紗樹
四章 それぞれの願う道

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子供との交流

 シルヴィはレヴィ王宮の地下室で生活していた。食事は以前の侍女時代と変わらない。だが出歩く自由は奪われている。彼女は置かれていた聖書を読み、疲れたと思うと室内で身体を動かしていた。あれほど嫌だった鍛錬だが、四年の苦労が泡となって消える方が嫌だったのだ。それにシェッド帝国に帰ろうとした時に馬車が使えるかはわからない。歩くしかないならば体力を失いたくなかった。

 シルヴィの部屋に食事を運んでくる者達は決まっていない。そして皆が帝国語を理解しなかった。彼女は言われた事を理解出来るのに、話す帝国語は伝わらない。一体いつまでここに居なければいけないのかと苛立ち始めた時、やっと帝国語を理解出来る者が部屋を訪れた。

 アデルと名乗ったその女性は五十歳前後に見え、人のよさそうな笑顔を浮かべていた。それから一週間シルヴィの専属になったのか毎日食事を運ぶようになり、彼女が暇を持て余しているだろうと身の上話を始めた。夫に先立たれて今は長男夫婦と暮らしている事、その長男は仕事が忙しくてあまり帰ってこないが嫁がいい娘なので問題ない事、孫が可愛くて仕方がない事。

「孫はそれ程可愛いの?」

「可愛いよ。目に入れても痛くないというのは大げさではないと思う」

 アデルはシルヴィに対して敬語を使わない。そもそも地下室に居て賓客扱いをされる方がおかしいのでシルヴィも気にしていない。むしろ敬語を使わないので、アデルを身近に感じていた。

「父も孫を見たいと思っているかしら」

 デネブには子供がいなかった。シャルルにはナタリーが出産した孫がいるのだが、隣国の王家まで会いに来るはずもない。シャルルが孫を抱きたいと思っているなら、それを叶えられるのは自分しかいないのかと彼女はぼんやり考えた。

「子を持つ親なら孫を見たいと思うのは自然だと思うよ。男性を紹介しようか?」

「そこまで世話になる気はないわ」

 シルヴィは曖昧に微笑んだ。彼女はまだ答えを出せていない。シェッド帝国に帰る気はあるのでシャルル宛の手紙にもそう書いた。しかし、彼女が決意をしない限りレヴィ王宮からは出られない。エドワードの要求を受け入れるのはまだ抵抗があった。

「それなら子供を見てみるといいよ。今なら丁度いい時間だから」

「何で子供を見ないといけないのよ」

「子供が欲しいと思えるかもしれないよ。そうしたら迷いが消えるかもしれないし」

 アデルは笑顔だ。シルヴィはアデルの話を聞いているだけで、自分の身の上を話した事はない。それでも何か迷っているのは伝わっていたのかもしれない。

「ずっとここにいるのも辛気臭いし、気分転換に外を歩くのもいいよ」

「勝手にここを出てもいいの?」

「わからないけど、後で適当に誤魔化しておくから大丈夫。さぁ、行きましょう」

 アデルは立ち上がるとシルヴィの腕を引っ張った。シルヴィは何かあったらアデルのせいにしようと思いながら立ち上がり、彼女についていった。



 シルヴィは王宮内の庭で困惑していた。彼女の前には子供が三人いる。

「アリス、リチャード、ウォルターよ」

 笑顔で自分の子供を紹介するナタリーにシルヴィは呆れ顔を向ける。アリスとリチャードは名前を呼ばれて一礼をした。ウォルターはじっとシルヴィの顔を見上げている。

「何のつもり?」

「ごめんなさい。シルヴィも子供に触れ合ったら少しは気持ちが動くかと思って、アデルにお願いしていたの」

 シルヴィは後ろに下がっていたアデルの方を振り返る。アデルは人のよさそうな笑顔を浮かべているだけだ。シルヴィは視線をナタリーに戻す。

「あの女性はナタリーの差し金なの?」

「陛下の采配よ。帝国語を話す人材がここにはあまりいないの」

 レヴィ王国は大国である。母国語さえ話せれば生活に困らない。貴族でさえ帝国語を扱える人間は少数だ。この王宮内で帝国語を話せるのは、ナタリーの侍女イネスのように親が帝国人か、アデルのように帝国人と親交のある国境の町で育ったか、くらいである。

「あんたは本当に陛下の言いなりなのね」

「言いなりではなくて、陛下が気を遣って下さったの」

 シルヴィはナタリーの言わんとしている事がわからず、不機嫌そうに睨む。

「シェッド帝国では各領主と主要聖職者を集めた会議が開かれるそうよ。その内容によっては帝国がなくなるかもしれない。シルヴィが迷っている時間はあまり残っていないの」

「何でそんな大事な話を他国の陛下が知っているのよ」

「陛下はレヴィ王国の事は勿論、この大陸にある全ての国の事情に通じているわ。武力をもって他国を侵略する気はないけれど、情報をもって自国を守りレヴィ王国を大陸一の大国にする気なの」

「それにはシェッドが邪魔という事?」

「シェッド帝国が崩壊すると影響を免れない。それを避けたいだけ。シルヴィの出産はその最善策よ」

『お母様、私達はここにいてもいいの?』

 ナタリーとシルヴィが真剣な表情で話している所をアリスが不安そうに声を掛けた。アリスは帝国語がわからないので、何を話しているのかは理解出来ないが、雰囲気が穏やかではない事を察したらしい。ナタリーはアリスに微笑むとレヴィ語に切り替える。

『ごめんね、アリス。難しい話はもう終わりよ。シルヴィ伯母様と遊びましょうね』

『シルヴィおばさま?』

『アリスが幼い頃はレヴィ王宮で暮らしていたけれど、流石に覚えていないわよね』

 アリスはシルヴィの顔をじっと見つめる。そして残念そうにナタリーを見る。

『ごめんなさい、わからない』

『アリスが今のウォルターくらいの頃の話だもの。覚えていなくて当然よ』

「そう、この子があの煩かった子供」

「アリスは大人しい方よ」

 大人しいと言われてもシルヴィの記憶にあるアリスは幼過ぎて、泣いている印象しか残っていない。そもそも生後それほど経たないうちから煩いと言って避けていたのもある。当時のシルヴィはまだ気持ちがエドワードにあり、彼とナタリーの娘を可愛いと思う余裕はなかったのだ。

「前から思っていたのだけど、どういう経緯があってこの子が生まれたの?」

「それはシルヴィには関係ないわ」

「当時の陛下はナタリーの子供を望んでいなかったでしょう? 明らかにおかしいわよ。寝込みでも襲ったの?」

 シルヴィの言葉にナタリーは明らかに動揺した。

「な、当時の私がそのような態度を取れると思う?」

「思わないから気になるのよ。女神マリーに祈っていたら妊娠したとでも言いたいの?」

「流石にマリー様もそのような願いは聞いてくれないわよ。夫婦には夫婦の事情があるの。子供達の前でおかしな事を言わないで」

「息子二人と娘では妊娠した背景が違うから言えないの?」

 シルヴィの表情は真剣だった。揶揄っているような雰囲気ではない。ナタリーは少し視線を彷徨わせた後、シルヴィをまっすぐ見つめた。

「私は陛下の役に立ちたかったの。昔シルヴィが私に言った言葉は的を射ていたわ」

 ナタリーの言葉にシルヴィが眉を顰めた。シルヴィも当時何をナタリーに言ったかを覚えている。誰でもいいから抱きたい気分だっただけで、好きで抱いた訳ではないと。あれは完全に八つ当たりの言葉だった。自分が全く相手にされないのに、ナタリーは相手にされた事実がとても悔しかったのだ。しかしシルヴィが今苛立っている相手は逆だった。

「あの男、最低じゃない。よくそれで今も呑気に夫婦生活を続けていられるわね」

「誤解しないで。当時は私が男児を出産し、ある程度育ったら陛下を殺す計画があったのよ? シェッド帝国の人間が陛下を責めるのは間違っているわ」

 珍しくナタリーが怒りを孕んだ口調でシルヴィに話しかけたので、ウォルターが泣き出した。リチャードもどうしていいか狼狽えて姉であるアリスの腕を握っている。ナタリーは瞬時に母親の顔に戻り、屈んで子供達と視線を合わせて微笑む。

『ごめんね。遊ぶと言っておきながら難しい話を続けてしまって』

 ナタリーはそう言って泣き出したウォルターを抱きかかえる。そして立ち上がるとシルヴィに笑いかけた。

「経緯はどうあれ私はとても幸せなの。だからシルヴィも幸せになる事を考えて。それと子供は可愛いわよ」

 ナタリーに抱きかかえられウォルターは泣き止んだ。シルヴィは自虐的に笑う。

「私が母親になれると思う?」

「なれるわよ。甥を抱いてみる?」

 笑顔で問いかけてくるナタリーに、シルヴィは首を横に振る。今まで子供とは無縁で生きてきたシルヴィは、急に抱けと言われてもどう抱いていいのか見当もつかなかった。

「何かあったら怖いから結構よ」

『アリス、シルヴィ伯母様にお庭を案内してあげて』

「いいわよ、この子達は帝国語がわからないでしょう?」

『シルヴィおばさま、きれいなお花の所へ案内します』

 アリスはにっこりと笑いながらシルヴィを見上げる。リチャードは未だにアリスの手をしっかりと握っている。シルヴィは子供との接し方がわからず、ぎこちなく笑顔を浮かべた。それを察したかのようにアリスは笑顔でシルヴィの手を握る。

『こちらです。そのお花を見たら笑顔になれますよ』

 シルヴィは幼い子供に励まされたようで複雑な気持ちになった。それでも手を振り払う事は出来ず、仕方なくアリスに案内されるがまま庭を散歩して花を観賞した。その様子をナタリーとアデルは微笑ましく見守っていた。

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