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謀婚 帝国編  作者: 樫本 紗樹
三章 王妃ナタリー

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母からの手紙

 シルヴィと話してから四日後、王妃の執務室に手紙が届けられた。それは正式な使者が携えてきたアナスタシアからの手紙である。シルヴィ達よりも到着が遅れたのは、皇宮が襲撃されてから三日後に差し出されたからだ。

 手紙には何も心配しなくていい事、帝国として国を維持していくのは難しいだろう事、それでもルジョン教を守り最善の手を尽くすつもりという事、そしてナタリーの立場がシェッド帝国の皇女でなくなったとしても、エドワードとの結婚は無効にならないよう話が済んでいるので安心してほしい事が書かれていた。

 手紙に目を通してナタリーは微笑んだ。エドワードは彼女のシェッド帝国皇女という肩書を邪魔だと思っているだろう。むしろ彼は帝国解体を望んでいるのではないかとさえ彼女は思っている。レヴィ王国の国王として国の安全を守るならば、周辺諸国は穏やかな方がいい。長い歴史の中でレヴィ王国が他国に戦争を仕掛けた事はあっても、戦争を仕掛けてきたのはシェッド帝国だけなのだ。もし現実がわかっていないルイが次期皇帝になれば、また戦争を始めるかもしれない。それだけは絶対に避けたいと彼女も思っていた。

 そしてナタリーの手紙の中にもう一通手紙が入っていた。宛先はシルヴィである。アナスタシアはシルヴィがレヴィ王宮にいる事を知っているのだ。もしかしたらジェロームがレヴィの人間と知っているのかもしれない。だが、その事について手紙には何も触れていなかった。ただ、手紙を渡してほしいとだけ書かれていた。



 ナタリーは午前中の執務を終え、午後の交流会に参加した後でシルヴィが生活している地下室へと向かった。手紙を直接渡したかったのだ。

『シルヴィ、少しだけいいかしら』

 ノックしてから声を掛けると、中から返事がありナタリーは扉を開ける。シルヴィは地下室にある椅子に腰掛けたまま遠くを見つめていた。ナタリーはシルヴィが以前とてもソファーを気に入っていたのを知っているので、ソファーのある部屋へ移動を提案したのだがシルヴィに断られていた。

『まだ答えは出ていないわよ』

『今日は母からの手紙を持ってきたの』

『ナーシャ様から?』

 シルヴィの視線がナタリーに向けられる。ナタリーは空いている椅子に腰掛けてから手紙をシルヴィに差し出した。シルヴィは受け取った手紙の宛名を見ながら首を傾げる。

『何故私がここにいるとナーシャ様が知っているの?』

『私宛の手紙には何も書かれていなかったわ。ただ、ジェロームが皇宮を出る前に母に挨拶をしたと言っていたから、その時に話を聞いたのかもしれないわね』

 ジェロームという名前に反応してシルヴィの表情が歪む。エドワードがジェロームに対して地下室へ近付くなと命令しているので、ジェロームは王宮内のどこかで大人しくしているはずなのだが、何かあったのだろうかとナタリーは訝しんだ。

『ジェロームと何かあったの?』

『毎日顔を合わせていたのに、この地下室へ連れてこられて以降一切顔を見せない薄情者に興味なんかないわよ』

 シルヴィの言葉にナタリーは少しの期待を胸に膨らませる。

『陛下がジェロームにここへの立ち入りを許可していないの。会いたいのなら陛下にその許可を貰ってくるわ』

『余計な事はしないで』

 シルヴィはナタリーを睨むと、封を切った。そして手紙に視線を落とす。ナタリーはシルヴィが言葉を発するまでじっと待った。

『ねぇ、ナタリーにとって私やデネブ、そして母上はどのような存在?』

 ナタリーは思いがけない言葉に一瞬戸惑った。だがシルヴィの眼差しは真剣そのもの。ナタリーは迷いながらも、素直に答えようと思った。

『正直ジャンヌ様は話した事もないからわからない。ただルジョン教徒として妾という存在を私は受け入れられないけれど、母は否定していなかったから悪い人ではないのだと思う』

『ナーシャ様が誰かの悪口を言っているのを聞いた事がないわ』

『そうね。でも兄の事は好んでいないような気がする』

『それはそうよ。ナタリーの皇女としての生活を剥奪したのはルイだから』

『当時は私も思う所があったけれど、今はこれでよかったと思っているの。あの一件がなければここに嫁いでいなかった可能性もある。それに嫁いでからの生活に耐えられなかったかもしれない』

 ナタリーは視線を伏せた。彼女は皇宮での扱いが酷かったからこそ、結婚当初エドワードから見向きもされない事に耐えられたと思っている。大切に育てられていたら、失礼だと喚いていたかもしれない。そしてそのような態度を取っていたら、彼とは向き合えなかっただろうとさえ思う。

『あんたは何を考えているのかがわかり難いのよ。何事も我慢すればいいというものではないから』

『えぇ。それは陛下に教わったわ』

『惚気は要らないわよ。それで私とデネブは?』

『デネブはシルヴィの真似をしているだけで深く物事を考えていない感じが苦手だわ。シルヴィは正直わからない』

 ナタリーの答えにシルヴィは眉根を寄せる。ナタリーは真剣な表情を向けた。

『図々しい態度の時もあれば、助言もくれた。それに、私の夫である陛下を本気で好きだったでしょう?』

『いいように踊らされていただけよ。本当にあの男は色々な意味で賢いからナタリーも気を付けなさい』

 シルヴィの言葉にナタリーは首を傾げた。自分の狙い通りに人を動かそうとする所がエドワードにある事はナタリーも承知している。だが、それを自分に向けられた事はないとナタリーは思っている。実際はエドワードの思惑とは違う方向へ判断するナタリーが、彼を惑わせていると彼女は思い至るはずもない。

『私はとても幸せよ』

『だから惚気は要らないのよ。ナタリーにとって私は何かって聞いているの!』

『いい表現が見つからないの。ただ、幸せになってほしいと心から思っているわ。デネブもきっとシルヴィの幸せを願っているはず』

『デネブなら息を引き取ったそうよ』

 神妙な表情のシルヴィにナタリーは目を見開く。アナスタシアの手紙にはそのような事は書かれていなかった。シェッド帝国で起こっている事の続報もナタリーにはまだ届いていなかったのだ。

『襲撃があった時、夫である護衛騎士は戦ったらしいのだけれど数の暴力に勝てなかったと。ナーシャ様は丁重に二人を埋葬してくれたみたい』

 シルヴィは何かに耐えるかのように言い終わると口を引き結んだ。

『二人は仲が良かったもの。泣くのを我慢する必要はないわ』

『煩いわね』

『ジェロームと二人でここまで来る間も泣けなかったのでしょう? 家族であるジャンヌ様とデネブを思って泣いても誰も責めないわ』

 ナタリーの声色は柔らかかった。シルヴィは堪えきれずに涙を零した。一度溢れてしまえばそれはもう止まらず、シルヴィは暫く顔を歪めて泣き続けた。ナタリーはシルヴィの横へ椅子を持って移動すると、シルヴィが落ち着くまで彼女の手を握っていた。

『私が皇宮へ戻って、受け入れられるのかしら』

 シルヴィは落ち着いた後で呟いた。ナタリーは握っている手に少し力を入れる。

『皇帝と皇妃に歯向かえる帝国人はいないわ。今回の襲撃も父と母の姿を見て、民衆は落ち着きを取り戻したそうよ』

『ナーシャ様は清貧を貫いていたわ。私は何も知ろうともしないでナタリーよりいい暮らしをしていたの。恨まれこそすれ、味方になる人なんていない』

『シルヴィは聖書をしっかり読むべきだわ。マリー様は罪を犯した人を絶対に許さないわけではないの。過ちに気付いて反省をしたならば機会をくれる。シルヴィなら大丈夫』

 ナタリーは微笑んだ。シルヴィも暫く視線をさまよわせた後、ナタリーを見つめて微笑む。

『ナタリーに励まされる日が来るとは思わなかったわ』

『そう言われると不思議な感じね』

 二人は視線を合わせ、同時に笑みを零す。ナタリーは初めてシルヴィを家族なのだと心から思えた。

『結論は急がないけれど、無事な事だけ手紙で伝えてくれないかしら。今日手紙を持ってきた使者は明日シェッドへ帰国してしまうから』

『えぇ。ナーシャ様だけではなく、父上にも手紙を書いていい?』

『勿論よ。すぐに筆記具を用意させるわね』

 ナタリーは立ち上がると部屋を出て、女官の一人に地下室へ筆記具を持っていくように依頼をした。自分が居ては書き難いだろうと、ナタリーは地下室へは戻らず、自室で母への手紙をしたためた。


 翌日、ナタリーとシルヴィの手紙を携えた使者はシェッド帝国へと向かって出立した。使者は他にも手紙の返信を持っていた為、急いで戻っていった。

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