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11.お嬢様は酔っ払う(1)

「なんだ、せっかく2人きりなのにそのヤル気の無いスタイルか」


寝所に入ってきたエイレンの姿を一瞥し、皇帝陛下はガッカリした顔をした。ここのところ毎晩、寝所に召す度に彼女が着てくるのは軍服である。


「あらダナエはこれで良いと言ったわよ」


「そのどこに萌え要素があるのかが理解できん」


強いて言えば、すっきりとまとめた髪の下から見え隠れするうなじだろうか。ドレスにアップで肩から丸出しにするより禁欲的な美しさの方がそそる、とか?いや余ならば絶対に後者が良い。


いつかダナエに意見してやろう、と思いながら皇帝は話題を変える。


「キルケは?」


「夕方頃だったかしら、これはもう命に関わる問題だ、どうしてもスティラちゃんに会いに行かねばと青い顔をしていたから、今頃は歓楽街ではないの」


「しょうのないヤツだな」


毎晩、寝所に召してはいるが顔を付き合わせてしているのは、少年にとっては少々残念なことにマジメなお話がメインであった。時にキルケも交えて帝国と聖王国の歴史・文化比較だの政策だのを語り合う。


それはそれで得ることも多いが、もう少しドギマギしたりワクワクしたりする要素が欲しいものである。


しかし聖王国神殿の姫曰く「あなたは嫌がり方が足りないわ。ちっとも面白くないからヤル気が出ないの」だそうだ。


だって相手がきれいなお姉さんだから、生半可なことでは嫌がったりできないのだが。そう言うと「そのネタは飽きたわ」と鼻で笑われた―――


そして姫は、今宵も色気なくばっさりと言い放つ。


「あの無駄な作業、やめさせてちょうだい。ちっとも進まない進捗を聞かされるだけでイライラするわ」


無駄な作業、とはエイレンを襲撃した刺客の黒幕探しのことである。本来なら死んだ刺客1人に罪を着せる形で処分したかったところだが、遺留品の刃物から禁止されている毒物が検出されたことでそうもいかなくなったのだ。


ヒマの毒は、この帝国においてはたかだか一市民が気安く入手できるものではない。


帝国(うち)は法治国家だ。法に反するものを権力で握り潰すワケにはいかぬ」


皇帝の地位より法は更に重い。真の黒幕までたどり着くことはまずないし、たどり着かれても困るのだが、体裁だけは整える必要があるのだ……いやホント面倒だけど。


エイレンはほんの少し、眉間を狭める。


「身に覚えのない罪を着せられる者が気の毒でしょう」


基本的に下々には優しいところは彼女の唯一の美点だ、と思う皇帝陛下。心配いらぬだろう、と宣った。


「多くの場合は基本、それらしい容疑者の余罪を少々増やすだけだ」


「法治国家が聞いて呆れるわね」


「まぁ問題が全く無いワケではないが……同じ罪を犯してもその時々で処罰が変わるよりは良いだろう」


「そうかしらね」


それはそれで、そこそこ上手く行っていたのだけれど、と首をかしげるエイレン。法による支配に関しては、常に水掛け論である。


「ところで工場はどうだった」


再び話題を変えると、珍しく嬉しそうな笑顔が返ってきた。


「とても興味深かったわ。貴族が領地を持つ代わりに工場経営しているなんて」


「フラーミニウス家はラールス朝開闢時に領地を全て皇帝に寄進したからな」


返礼として得た大量の金貨で工場を建設し貧民たちを雇い入れたのがその始まりだが、もともと経営の才でもあったのか、フラーミニウス家は今や帝国有数の実業家となっているのだ。


「貧民を雇い入れるだけでなく、住居まで提供しているのも参考になったわ。貧民全てを移動させることができれば、貧民街は燃やしても構わないものね」


嬉しそうな笑顔がますます深まった。きれいだが、言ったら多分殴られる。


「確かにあそこは燃やしてしまいたいよな」


少年皇帝は天井を仰ぎ、ぽつりと言った。


「撤去しようが燃やそうがいつの間にかまた生えてくるが」


「そうよね」


しみじみと頷くエイレン。


「しかし聖王国では民が飢えで死ぬことはないと聞く。羨ましい限りだ」


たとえ貧民であれ、ギリギリ食っていける。畑からの収穫量は同面積で比べれば帝国の3倍だ。


「あら帝国だってパンの無料配布はしているではないの」


「一昨年は飢饉で、備蓄が貧民にまで回らなかった。余は即位したてだったが……何もできなかったな」


ただ毎日、死者の数を聞くだけで。


当時、宰相は力強く「死んでいるのはほぼ貧民で、農民も職人もまだ無事です。この程度なら大したことはない」と言明した。


その通りであり、皇帝としてすべきは生産し税を納める者を守ることであったが、後悔はずっと残っているのだ。


「神に守られている国が羨ましい」


聖王国(うち)の神は過保護なのよ。帝国にも神はいるでしょう?」


「神々の神殿は各所にあるが、守られていると思ったことは1度も無いな」


「それならきっと、信頼されているのね。守らなくても進んでいけると」


聖王国の巫女とは不思議なことを言うものだ。


「少し工場を見ただけでも、帝国の技術水準が聖王国(うち)より断然高いのは分かるわ。神の庇護の元で満足していたら、こうはならなかったでしょうね」


「しかし飢饉は起こるぞ」


「それは、これからあなたが解決に力を注げば良いことよ。亡くなる時の2つ名は『胃袋の(ヴェントリス)』帝で決まりね」


「悪くないな」


励ましなのか嫌がらせなのか冗談なのか分からない巫女の言葉に、少年は久々に腹の底から笑ったのだった。

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